名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2018年02月


***************** 名歌鑑賞 ****************


うつせみの 世やも二行く 何すとか 妹にも逢はずて
我がひとり寝む
                  大伴家持

(うつせみの よやもふたゆく なにすとか いもにも
 あわずて あがひとりねん)

意味・・この現実の世がもう一度繰り返される事があろ
    うか。それなのに、このかけがえのない夜を、
    あなたに逢わないで、寂しく、ひとり寝が出来
    ようか。
    出来ない、あなたに是非逢いたい。

    大伴家持が恋人の大伴坂上大嬢(おおとものさか
    のうえのいらつめ)にあてた恋の歌です。

    人は死に、二度とは生き返らない。人生は一度き
    り、二度と再生はきかない。このかけがえのない
    人生。あなたと楽しい人生を送りたい。

    兼好法師の言葉、参考です。
    「存命の喜び、日々楽しまざるべけんや 」

    (いのち長らえている事の喜びを、日々かみしめて
    楽しく生きていこう。そうしないでいいものか。) 
     
 注・・うつせみの=世にかかる枕詞。現世。現実の。
    やも=反語。
    二行(ふたゆ)く=繰り返される事。
    うつせみの世やも二行く=この現実の世の中がも
     う一度繰り返される事があろうか。人生は二度
     あるわけではない。
    何すとか=どうして。反語の意を表す。

作者・・大伴家持=おおとものやかもち。718~785。大
            伴旅人の長男。少納言。万葉集の編纂をする。

出典・・万葉集・733。


**************** 名歌鑑賞 ***************


流れての 世をもたのまず 水の上の 泡に消えぬる
うき身と思へば
                  大江千里

(ながれての よをもたのまず みずのうえの あわに
 きえぬる うきみとおもえば)

詞書・・この人生、心のままにならぬ事が多いなどと
    申しあげましたところ、行き先頼もしい人が
    そのようなことはありますまい、と人が申し
    たので詠んだ歌。

意味・・長生きしてよい事があるなんて期待しません。
    流れる水の上の泡のように、はかなく消える
    つらい我が身だと思っていますので。

 注・・流れての世=「流れ」に「永らえて」が掛か
     って、永くあるべき世の意になる。
    たのむ=期待する、あてにする。

作者・・大江千里=おおえのちさと。883年頃の人。
    文章博士。

出典・・後撰和歌集・1115。


*************** 名歌鑑賞 ***************


薄き濃き  野べの緑の 若草に 跡までみゆる
雪のむら消え
                宮内卿

(うすくこき のべのみどりの わかくさにあとまで
 みゆる ゆきのむらぎえ)

意味・・野辺の若草の緑が、ある所では薄く、ある所
    では濃く見える。雪のむらになって消えた跡
    によって。

    待ち遠い春ももうすぐです。

作者・・宮内卿=くないきょう。1202頃~?。20歳
    くらいで死んだ。後鳥羽院に使えた女房。

出典・・新古今和歌集・76。


*************** 名歌鑑賞 ***************


家妻と 茶を汲みおれば 年を経て 帰り来たりし
我が家ともなき
                 明石海人

(いえづまと ちゃをくみおれば としをへて かえり
 きたりし わがいえともなき)

意味・・妻と一緒にお茶を飲んでいると、何年もたって
    から帰って来た我が家という感じがしない。

    長年病気で療養中、治る見込みがないので体力
    が残っているうちに、両親と妻子に会いに帰っ
    た時に詠んだ歌です。
    ふるさとの我が家で、妻とすするお茶のおいし
    さ。そして懐かしさ。長かった別離の日々がな
    かったように、かっての日々の翌日のごとく、
    ごく自然に今日という日を迎えているような気
    がした。
    が、すぐにやって来る別離の日々は否(こば)み
    ようもない、この日が続いて欲しい!

作者・・明石海人=あかしかいじん。1901~1939。ハン
    セン病を患い岡山県の愛生園で療養。手指の欠
    損、失明、喉に吸気管を付けた状態で歌集「白
    描」を出版。

出典・・歌集「白描」。


*************** 名歌鑑賞 ****************


跡見れば 心なぐさの 浜千鳥 今は声こそ
聞かまほしけれ
               詠み人知らず

(あとみれば こころなぐさの はまちどり いまは
 こえこそ きかまほしけれ)

意味・・筆跡を見れば、心が慰みます。名草の浜の千鳥で
    はないが、今後は声を聞きたいものです。

    返事をしてくれなかった女の手紙をかろうじて貰
    うことができた時に詠んだ歌です。あなたの筆跡
    を見ると、心が慰められます。今後は直接お逢い
    して、あなたの声が聞きたいものです。

 注・・跡見れば=「千鳥の足跡」と「筆の跡」を掛ける。
    心なぐさの=「心慰む」と「名草の浜」を掛ける。
    名草の浜=和歌山市の南海岸。

出典・・後撰和歌集・635.


*************** 名歌鑑賞 ***************


年頃の 除目にもれて 老いしれし 博士が家の
鶯の声
                 服部躬治

(としごろの じもくにもれて おいしれし はくしが
 いえの うぐいすのこえ)

意味・・その年毎に行われる除目にも、この数年は
    洩れた。もうすっかり年をとった博士の、
    侘びしい住居にも、季節はやはりめぐって
    来て春になった。そして、美しい声で鶯の
    鳴く声がする。

    この歌は王朝時代を想定して詠んでいます。
    「除目」は王朝時代に、諸官職を任命する
    儀式で、秋には京官を任じ、春には地方官
    を任じた。博士は学者の事で、上の階級か
    ら、文章博士、明経博士、明法博士、書博
    士、算博士と多くの階級があった。
    除目に洩れ、不遇な老いぼれた博士とその
    侘び住居の姿。学者なので権門にも媚(こ)
    びず、ついに忘れられてしまって、年毎の
    除目に洩れていくその境遇に、作者は同情
    しいます。
    不遇の侘び住居にも、季節だけはめぐって
    きて鶯も鳴くという詩情を詠んでいますが
    作者の心境でもあります。

作者・・服部躬治=はっとりもとはる。1875~19
    25。落合直文の「浅香社」に参加。
    
出典・・歌集「迦具土・かぐつち」(永田義直編著「
    短歌鑑賞入門」)


*************** 名歌鑑賞 **************


熱燗の 夫にも捨てし 夢あらん
                   西村和子

(あつかんの つまにもすてし ゆめあらん)

意味・・晩酌をしながらくつろいでいる夫の横顔を
    見ていると、ふいにさまざまな思いが胸を
    よぎって来る。この人にも、実はもっと他
    に夢があったのではないだろうか、と思う。
    白髪も目立ち始め、よき父、良き夫でいて
    くれる彼だが、もしかすると家族のために
    秘めたまま捨てた夢があったのではないだ
    ろうか。

    横顔の中にあどけなさを見て、ふとそんな
    事を思ったのでしょう。ありがとう、とい
    う夫への感謝の思いが句の中に感じます。

作者・・西村和子=にしむらかずこ。1948~ 。慶
    應義塾大学卒。俳人。


**************** 名歌鑑賞 ****************


いかにあらむ 日の時にかも 声知らむ 人の膝の上
我が枕かむ
                   大伴旅人

(いかにあらん ひのときにかも こえしらん ひとの
 ひざのえ わがまくらかん)

詞書・・琴が娘子(おとめ)となって歌った歌。

意味・・どういう日のどんな時になったら、この声を聞き
    分けて下さる立派なお方の膝の上を、私は枕にす
    る事が出来るのでしょうか。

    旅人が藤原房前に桐製の琴を書状を添えて贈った
    時の歌です。
    書状です。
    この琴が娘子となって夢になって現れて言いまし
    た。
   「私は、遠い対馬の高山に根を下ろし、果てもない
    大空の美しい光に幹をさらしていました。長らく
    雲や霞に包まれて山川の陰に遊び暮らし、遥かに
    風や波を眺めて、物の役に立てるかどうかの状態
    でいました。たったひとつの心配は、天命の寿命
    を全うして、谷底深く朽ち果てる事でした。所が、
    幸いにも立派な工匠(たくみ)に出会い、細工され
    て小さな琴になりました。音質は荒く音量も乏し
    い事を顧みず、徳の高いお方のお側に置かれる事
    をずっと願っております」と。
    書状のなかに「雁木に出入りす」という言葉が入
    っています。荘子の言葉で、使い道のない大木は
    伐られずに天命である寿命を全う出来るが、役立
    つ木は伐られて天命を全う出来ない、という意味
    で、あなたはどちらの木を選びますか、と尋ねた
    歌となっています。

 注・・声知らむ=音を聞きわける。「知音・ちいん」の
     故事による。琴の名手伯牙がよく琴を弾き、鐘
     子期(しようしき)はよくその音を聞いたという。
     鐘子期が死に、伯牙は自分の琴の音をよく理解
     してくれる者がいなくなったと嘆き、琴の糸を
     切って二度と弾かなくなった。そこから、自分
     を知ってくれる人や、親友を知音というように
     なった。
    枕か=動詞「枕く」の未然形。枕にしょう。
    桐製の琴=膝に乗せて弾く六絃の日本琴。
    藤原房前=ふじわらのふささき。681~737。正
     三位太政大臣。

作者・・大伴旅人=おおとものたびと。665~731。大宰
    帥(そち)として九州に下向、その後従二位大納
    言に昇進。 
  
出典・・万葉集・810。


************** 名歌鑑賞 **************


雪催ふ琴になる木となれぬ木と
                 神尾久美子

(ゆきもよう ことになるきと なれぬきと)

意味・・今にも雪が降ってきそうな寂しい林を
    歩いててる。木々が目に入る。ふと思
    う。この中には琴の材料になる木とな
    れない木があると。

    どちらの木がいいのだろう。
    利用に適しない木は伐られないので天寿
    を全うする事が出来るが、人に役立つ木
    は伐られ早く寿命が尽きる。どちらの木
    が幸せなんだろう。
    寂寥(せきりよう)感に苛(さいな)まされ
    ながら、木の運命を考えさせられる。

    うだつの上がらない私だが、何が幸いす
    るのか分からない。それでくよくよしな
    いようにしよう。

作者・・神尾久美子=かみおくみこ。1923~ 。
    京都女子高卒。野見山朱鳥(あすか)に
    師事。

出典・・メールマガジン・黛じゅん「愛の歳時記」。


******************* 名歌鑑賞 *******************


馬鹿無力 病者述懐 わやく者 引っ込み思案
油断不根気
               細川幽斎

(ばかむりょく びょうじゃじゅつかい わやくもの ひっこみ
 じあん ゆだんぶこんき)

意味・・馬鹿な人、知識もなく金もなく指導力もない人、いつも
    病気をしている人、過去のことにいつまでも思い煩(わず
    ら)っている人、無理を重ねる人、積極的になれない人、
    気を引き締めていない人、根気のない人、これらの人達
    は物にならない者である。

    失敗しても躓(つまず)いても、その数は勲章だと思い、
    めけずに、たくましく生きる人は物になる。

 注・・わやく=無茶、無理。

作者・・細川幽斎=ほそかわゆうさい。1534~1610。戦国武将。

出典・・桑田忠親著「細川幽斎」。

このページのトップヘ