名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2018年04月


**************** 名歌鑑賞 ****************


早生りの 津軽のりんご かたく酸し 噛みて亡き吾娘の
ごとしと思ふ
                  五島茂

(はやなりの つがるのりんご かたくすゆし かみて
 なきあこの ごとしとおもう)

意味・・秋を待って成熟するりんごではなく、早生り種
    の津軽りんごは硬く酸っぱい。このりんごを噛
    んで食べていると、この味は、早く亡くなった
    我が娘が思い出されてくる。一人の人間として
    人生的にも未熟であったのが、父として傷まし
    い。せめて一人前になるまで、生きていてほし
    かった。

    東大在学中に亡くなった娘が亡くなって半年後
    に詠んだ歌です。

 注・・早生りの津軽のりんご=8月下旬から9月中旬に収
     穫される。硬い味と少し酸い味がある。

作者・・五島茂=ごとしげる。1900~2003。東大経済学
     部卒。明大教授。経済学博士。

出典・・五島茂歌集(窪田章一郎編「現代短歌鑑賞辞典」)。



**************** 名歌鑑賞 ****************


そのかみの 神童の名の
かなしさよ
ふるさとに来て 泣くはそのこと
                     石川啄木

(そのかみの しんどうのなの かなしさよ ふるさと
 にきて なくはそのこと)

意味・・昔、私がまだ子どもだった頃、人からは神童など
    と呼ばれ将来を期待されたものだったが、貧しさ
    のため辛い日々を送っている今のこの我が身を思
    うと、神童などという呼び名の、何と切なく空し
    く響くことだろう。ふるさとに帰ってきて涙する
    のは、ただそれを思ってのことだ。

 注・・そのかみ=昔、その当時。
    神童=才能が非常にすぐれている子供。

作者・・石川啄木=いしかわたくぼく。1886~1912。26
     歳。盛岡尋常中学校中退。与謝野夫妻に師事する
    ために上京。新聞の校正係などの職につく。


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時ありて 花ももみぢも ひとさかり あはれに月の
いつもかはらぬ
                  藤原為子
 
(ときありて はなももみじも ひとさかり あわれに 
 つきの いつもかわらぬ)

意味・・花も紅葉もそれぞれに決まった時期があって盛り
    を見せるのに、あわれ深い月はいつも変わらぬ姿
    で空にあることです。

    春の花、秋の紅葉、それぞれ、一年の内の短い時
    期だけれど、思い切り美しい姿を見せる。
    それに比べて「月」はいつも変わらぬ存在である。
    そうした不変のものの「あはれ」の情趣がしみじ
    み心に沁(し)みるのであるが、それは、盛りの時
    を経てはかなくなってゆく花、紅葉、そして人生
    への愛惜でもある。為子の生きた時代、必ずしも
    華やいだ平安な日々ではなかった。北条氏全盛の
    時、為子が仕えていた宮廷は揺れ、為子の兄弟で
    ある京極為兼は幕府によって流されたりもした。
    様々に咲き、散る人生を思う時、ひとり「月」の
    不変はいとしいのだ。
 
 注・・あはれ=しみじみと心をうつさま。いとしいさま。

作者・・藤原為子=ふじわらのためこ。生没年未詳。京極
     為兼の姉。伏見天皇の中宮(永福門院)に仕える。
 
出典・・風雅和歌集・1683。


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いづくにか しるしの糸は つけぬらむ 年々来鳴く
つばくらめかな
                   樋口一葉

(いずくにか しるしのいとは つけぬらん としどし
 きなく つばくらめかな)

意味・・どこかにきっと、目印になる糸をつけてある
    のでしょう。燕は毎年毎年、春が来ると決ま
    って自分の巣に帰って来ては鳴いている。

 注・・つばくらめ。=ツバメ。

作者・・樋口一葉=ひぐちいちよう。1872~1896。
    24才。小説家。

出典・・インターネット・「中学受験学習資料・短歌」。


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ここをまた われ住み憂くて 浮かれなば 松は独りに
ならんとすらん
                    西行

(ここをまた われすみうくて うかれなば まつは
 ひとりに ならんとすらん)

意味・・こうした淋しい所なので、もし住むのがうと
    ましくなって、心を他に移して旅にでも出る
    ような事になったら、庵の前に生えている松
    よ、お前はひとりぼっちになってしまうんだ
    ね。

    讃岐の白峰という所にのある崇徳院のお墓に
    参り、その後その近くで庵を結んで暮らして
    いたが、土佐の方面に旅立ついことになり、
    その時に詠んだ歌です。

    松には保元の乱で敗れて讃岐に流された崇徳
    院を思い偲ばせています。望郷・悔悟・憤怒
    ・怨念の日々を過ごした崇徳院に対する回向
    の呼びかけです。


 注・・浮かれ=さまよい歩く、さすらう、漂泊の旅
     に出る。
    崇徳院=1119~1164。鳥羽天皇の第一皇子。
     保元の乱に敗れ香川県・讃岐に配流された。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。俗名佐藤
    義清。下北面の武士として鳥羽院に仕える。
      
出典・・山家集・1359。


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妹の 小さき歩み いそがせて 千代紙買いに 
行く月夜かな
               木下利玄

(いもうとの ちいさきあゆみ いそがせて ちよがみ
 かいに ゆくつきよかな)

意味・・日はとっぷりと暮れている。千代紙を欲しがった
            幼い妹を、兄が買いに連れて、夜道を二人で歩い
    ている。ついつい兄は、妹がなかなか速く歩けな
    いので、歩みを急かせてしまう。二人の兄妹を、
    ほのぼのと宵の月が照らしている。

 注・・千代紙=色や模様のついた紙。

作者・・木下利玄=きのしたりげん。1886~18861925。
    東大国文科卒。佐々木信綱と交流。


**************** 名歌鑑賞 *****************


たのしみは 田づらに行きし わらは等が 鋤鍬とりて
帰りくる時
                    橘曙覧

(たのしみは たずらにゆきし わらわらが すきくわ
 とりて かえりくるとき)

意味・・夕暮れ時である。夕陽をあびながら妻が野良
    仕事から帰って来た。母親を迎えに行った三
    人の子供たちの姿も見える。けなげなにも、
    小さな肩に大きな鋤や鍬をかついでいる。母
    親の手伝いをしたいのだ。母親思いの子供達、
    微笑ましいなあ。こんな時に幸せな気持ちに
    なるものだ。

 注・・たづら=田、田のほとり。
    わらは=子供。

作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~1868。早
    く父母と死別。家業を異母兄弟に譲り隠棲。
    福井藩の重臣と交流。

出典・・独楽吟。


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幼き日 じいちゃんの膝の 上に乗る 今は私の
膝に乗る壷
                   矢田春江

(おさなきひ じいちゃんのひざの うえにのる いまは
 わたしの ひざにのるつぼ)

意味・・昔、ちっちゃかった時は、おじいちゃの膝の上に
    乗って遊んでいたのだが、今は私の膝にじいちゃ
    の骨壷が乗っている。可愛がってくれた昔が想い
    出されて涙があふれて来る。

作者・・矢田春江=やだはるえ。‘11年当時天理高等学校
    (奈良県)三年。

出典・・同志社女子大学編「31音青春のこころ・2012」。


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とりとめなき 履歴の中に かの山の 隆起のごとき
濃きみどりあり
                  来嶋靖生

(とりとめなき りれきのなかに かのやまの りゅうきの
 ごとき こきみどりあり)

意味・・とりとめのないような長い人生の履歴をながめると、
    重要な意味のあることや不可欠なことがある。それ
    は隆起した山のように濃緑色を呈している。そこに
    は、人生の大きな節目や人生を方向づけるような濃
    密に生きた足跡が残っている。

    誰も皆、独自の大切な人生を歩み築いていることに
    自負を抱かせる歌です。

 注・・とりとめなき=まとまりがない、要領を得ない。
    不可欠=欠くことのできないこと、ぜひ必要なこと。

作者・・来嶋靖生=きじまやすお。1931~ 。早稲田大学卒。
    歌人。

出典・・杉山喜代子著「短歌と人生」。


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嫁がせて夕まぐれともおぼろとも
                    奥名春江

(とつがせて ゆうまぐれとも おぼろとも)

意味・・最愛の娘を嫁がせた母親は、娘がいなくなった
    家で明りもつけず、ぼんやりと座ったままの姿
    でいる。

    結婚式を無事終えた母の安堵感と脱力感、そし
    て寂しさを詠んでいます。

 注・・夕まぐれ=夕方の薄暗い頃。
    おぼろ=うすぼんやりと霞んでいるようす。
   
作者・・奥名春江=おくなはるえ。1940~ 。

出典・黛まどか著「あなたへの一句」。

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