名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2018年05月


**************** 名歌鑑賞 ***************


師の君の 目を病みませる 庵の庭へ うつしまいらす
白菊の花
                  与謝野晶子

(しのきみの めをやみませる いおのにわへ うつし
 まいらす しらぎくのはな)

意味・・師の君、私の先生は、お気の毒にも近頃目を
    患っていらして、視力が十分でなく遠出など
    もままならぬ身。そこで私は、その御目の慰
    みになることかと思って、我が家より先生の
    草庵のお庭に、みごとに咲いた白菊を根ごと
    移し植えてさしあげました。

 注・・師の君=藤間流の舞の師匠。
    ませる=いらっしゃる。「います」の
     尊敬語。
    まいらす=さしあげる、の謙遜語。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。堺
            女学校卒。与謝野鉄幹と結婚。「明星」の花形
    となる。

出典・・歌集「みだれ髪」。


************** 名歌鑑賞 ****************


いつにても 我玉の緒を 断つすべを 知れる身をもて 
何のなげきぞ
                  柳原白蓮

(いつにても われたまのおを たつすべを しれる
 みをもて なんのなげきぞ)

意味・・私はいつでもわが生命を自ら断つすべを知って
    いるつもりなのに、なにを嘆くのであろうか。

    白蓮は三度結婚している。16歳の時北小路資武
    と結婚して暴力沙汰が絶えず21歳で離婚。28歳
    の時富豪伊藤伝衛門と結婚。父と子ほどの年齢
    差の上に教養のなさ、伯爵の父をもつ白蓮との
    身分の不釣り合い。その上妾を持つ夫。38歳で
    離婚。この間、何度か自殺を図ったという。そ
    の後、社会運動家と結婚した。
    人間的な真実の愛情に生きたいと、思い悩んで
    いた頃に詠んだ歌です。

 注・・玉の緒=命。

作者・・柳原白蓮=やなぎはらびゃくれん。1885~1967。
    東洋英和女学校卒。父は伯爵。三度結婚。佐々木
    信綱に師事。

出典・・歌集「幻の華」(東京堂出版「現代短歌鑑賞事典」)


*************** 名歌鑑賞 ****************


見渡せば 西も東も 霞むなり 君はかへらず
又春やこし
               九条武子

(みわたせば にしもひがしも かすむなり きみは
 かえらず またはるやこし)

意味・・家から一歩出て、外を見渡すと、ここ京の都は、
    西を見ても東を見ても、ボーと春霞に霞んでお
    り、柔らかく捉えどころもない。君は留学した
    まままだ帰らない。ああ、また一年が過ぎ、春
    がやって来たのであろうか。自分の内部にとら
    われて、一人寂しくこもり暮らしていた間に。

    夫である君は今、留学してロンドンにいる。
    作者も始め一年ほど同伴してロンドンにいたが、
    一人帰朝した。別れの際に三年過ぎたら必ず帰
    ると約束したにもかかわらず、音信のないまま
    むなしく三年は過ぎ去った。その頃詠んだ歌で
    す。

 注・・君=夫・公爵の九条良致(よしむね)。

作者・・九条武子=きゅうじょうたけこ。1887~1928。
    西本願寺の法主の次女。公爵の九条良致(よしむ
    ね)と結婚。京都女子大学を設立。佐々木信綱に
    師事。

出典・・新万葉集。


*************** 名歌鑑賞 ***************


恋しさは 海一ぱいに はてしなく 空一ぱいに
ひろがる朝かな 
                 近藤元

(こいしさは うみいっぱいに はてしなく そら
 いっぱいに ひろがるあしたかな)

意味・・恋しさは、のどかに広がる春の海一ぱいに
    果てしもなく、また、その海とわが頭上に
    広がる空一ぱいに果てしもなく、広がって
    ゆく、そんな楽しい朝である。

作者・・近藤元=伝未詳。

出典・・新万葉集・巻三(荻野恭茂著「新万葉愛歌
    鑑賞」)


**************** 名歌鑑賞 ***************


寝ても見ゆ ねでも見えけり おほかたは 空蝉の世ぞ
夢にありける
                    紀友則

(ねてもみゆ ねでもみえけり おおかたは うつせみの
 よぞ ゆめにはありける)

詞書・・藤原敏行が死んだ時その家族に詠んだ歌。

意味・・亡くなられたご主人のお姿が、寝ても夢に見え、
    寝ないでも幻に浮かんでまいります。考えて見
    ると、このはかない現世は夢なんでしょう。

 注・・寝ても見ゆ=死んだ敏行が夢に見える。
    ねでも見えけり=寝ないでも幻となって見える。
    おほかた=全般に、一般に。
    空蝉の世=はかない現世。
    藤原敏行=901年没。「秋来ぬと目にはさやか
     にみえねども風の音にぞおどろかれぬる」と
     詠んだ人。

作者・・紀友則=きのとものり。生没年未詳。「古今集」
    撰者の一人。

出典・・古今和歌集・833。


*************** 名歌鑑賞 ***************


かかるよに 影もかはらず 澄む月を 見る我が身さへ
うらめしきかな
                  西行

(かかるよに かげもかわらず すむつきを みる
 わがみさえ うらめしきかな)

詞書・・世の中は大変な事になって、崇徳院は御謀反
    の企てに敗れるというとんでもない事態にな
    り、御出家されて仁和寺にいらっしゃると、
    もれ承(うけたま)って、お見舞いに伺った。
    月の明るい夜であった。

意味・・痛ましくも崇徳院が御出家になるようなこん
    な世の中が恨ましいばかりか、常に変わる事
    のない光を放っている月が、そしてそれを見
    ている我が身までが恨ましく思われる。

    何もかも変わって何を信じていいか分からぬ
    このような世に、いつもと少しも変わらぬ己
    が影をひいて、明るく澄んでいる月を見てい
    る自分という人間は、一体何なのであろうか。

    この歌は崇徳院が御謀反の戦に敗れて何日も
    経っていないまだ物情騒然としていた時期の
    歌です。御謀反の戦いというのは、多年にわ
    たっての崇徳院の皇位継承に関する不満が父
    鳥羽法皇崩御を契機として爆発し、それに藤
    原氏内部の摂関争いが結びついて起こった争
    乱で、世に言う保元の乱です。

 注・・かかるよ=皇位継承の保元の乱が始まった世
     の中であり、崇徳院が破れて出家し、また
     讃岐に流された世の中。
    うらめしき=口惜しく悲しい、残念だ。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。俗名佐藤義
     清。下北面の武士として鳥羽院に仕える。
     1140年23歳で財力がありながら出家。出家後
    京の東山・嵯峨のあたりを転々とする。
     
出典・・家集「山家集・1227」。


**************** 名歌鑑賞 ****************


をさな子の 服のほころびを 汝は縫へり 幾日か後に
死ぬとふものを
                    吉野秀雄

(おさなごの ふくのほころびを なはぬえり いくひか
 のちに しぬとうものを)

意味・・病気の末期にある妻が、我が子の服の綻(ほころ)
    び縫っている。その変わることのない母親の姿
    を見ていると痛ましく思われて来る。

 注・・とふ=「といふ」の転。・・という。

作者・・吉野秀雄=よしのひでお。1902~1967。慶大卒。
    良寛や会津八一の研究者。

出典・・歌集「寒蝉集」(杉山喜代子著「短歌と人生」)


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霧雨の こまかにかかる 猫柳 つくづく見れば
春たけにけり
               北原白秋

(きりさめの こまかにかかる ねこやなぎ つくづく
 みれば はるたけにけり)

意味・・霧雨がしっとりと降りかかる猫柳をよくよく
    見つめると、そのやわらかな芽はすっかり伸
    び立っている。ああ春ももう深くなったこと
    だなあ。

 注・・猫柳=柳科の落葉灌木。葉は長楕円形。花は
     穂をなして、早春に葉より先に咲き、白毛
     を密集させ猫のしっぽに似ている。えのこ
     ろやなぎともいう。

作者・・北原白秋=きたはらはくしゅう。1885~19
    42。早稲田大学中退。詩人。

出典・・歌集「雀の卵」(谷馨著「短歌精講」)


*************** 名歌鑑賞 ****************


夜々を 野分の風に 戻り来る 夫よ切なし
仕事のにおう
               新免君子

(よるよるを のわけのかぜに もどりくる おっとよ
 せつなし しごとのにおう)

意味・・夫は毎日夜になって帰って来る。「会社や世間
    の厳しさ」という野分の風の中を戻って来る。
    毎日、仕事の臭いをさせて疲れて帰って来る勤
    てめ人である夫の姿。その姿に労わりや感謝を
    しているが、切なさを覚えてくる時もある。
    苦境に立ち向かう夫の姿はたくましく思われる
    が、弱々しい時もある。こんな時はやはり辛い
    気持ちになって来る。

作者・・新免君子=しんめんきみこ。歌人。1926~2017。

出典・・歌集「飛花」(杉田喜代子著「短歌と人生」)


*************** 名歌鑑賞 ****************


植えざれば 耕さざれば 生まざれば 見つくすのみの
命もつなり
                  馬場あき子

(うえざれば たがやかさざれば うまざれば みつくす
 のみの いのちもつなり)

意味・・田を植えることもなく、畑を耕すこともなく、
    子を産むこともなかった私。農耕や女性の生に
    関する尊い営みであるが、それをしなかった私。
    それをしなかった自身の生き方を見つめると、
    世の中をひたすら見つめ続けて生きて行きたい。
    歌人として、今、ここに生きています。

 注・・見つくす=見極める。

作者・・馬場あき子=ばばあきこ。1928~ 。昭和女子
    大卒。窪田章一朗に師事。夫は歌人の岩田正。

出典・・歌集「桜花伝承」(杉山喜代子著「短歌と人生」)

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