名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2018年06月


*************** 名歌鑑賞 ***************


みな人の 花や蝶やと いそぐ日も わが心をば
君ぞ知りける 
                 中宮定子

(みなひとの はなやちょうやと いそぐひも わが
 こころをば きみぞしりける)

意味・・世間の人が皆、花や蝶やといそいそと美しい
    ものに浮かれる日も、あなただけは私の本当
    の気持ちを知ってくれているのですね。

    落ちぶれた自分を捨てて、皆が、今をときめ
    く人のもとに走り寄る日も、清少納言よ、そ
    なただけは、私の心の底を、誰よりも知りぬ
    いているのですね、と詠んでいます。

    時代の背景。
    平安時代(794~1192)は藤原氏が摂政関白と
    して政権をにぎった時代である。彼等は始め
    他の氏族を政界から追放して一門の繁栄をは
    かったが、それが達成されると、次いで一門
    の中で露骨な政権争奪が行われた。彼等が政
    権獲得のために取った手段は、外戚政策、す
    なわち自分の娘を妃に立てて皇室と親戚関係
    を結ぶことにあった。この政権争奪の最後の
    勝利者は藤原道長である。兄の藤原道隆の勢
    力をくじいて政権をにぎったのである。そし
    てこれに伴い、道隆の娘定子は、一条天皇の
    妃としての幸福な生活から、たちまち悲運の
    皇后としての暗く寂しい境遇におちいった。
    この頃、定子の女房である清少納言のなぐさ
    めの歌に返歌として詠んだ歌です。

作者・・中宮定子=ちゅうぐうていし。975~1000。
    25歳。一条天皇の后。清少納言は定子の女房
    (女官のこと)。

出典・・枕草子・225段。


**************** 名歌鑑賞 ***************


南瓜の 花むらがりて 咲く道に いきぐるしさや
ひとに逢ひつる
                楠田敏郎

(かぼちゃの はなむらがりて さくみちに いき
 ぐるしさや ひとにあいつる)

意味・・南瓜の花が群がって咲く畑の中、人気のない
    細い小径の途中に来た時、ああ、どきどきと
    胸が高鳴って来て息苦しくなってきた。偶然
    にも、向こうから近づいて来るあの人に出会
      ってしまって。

 注・・ひと=ひそかに私が心を魅かれている人。初
     恋の女性。

作者・・楠田敏郎=くすだとしろう。1890~1951。
    京都農林卒。前田夕暮に師事。明治~昭和期
    の歌人

出典・・荻野泰茂著「新万葉愛歌鑑賞」。


*************** 名歌鑑賞 ***************


忘れ草 我が紐に付く 香具山の 古りにし里を
忘れむがため
                大伴旅人

(わすれぐさ わがひもにつく かぐやまの ふりにし
 さとを わすれんがため)

意味・・その花を身につければ、悲しみ、憂いを全て
    忘れるという忘れ草。それを、私は着物の紐
    につけよう。私は、若き日を過ごした天の香
    具山麓の故郷を忘れ得ず、苦しみ続けている
    のだから。

    この歌を詠んだのは旅人の六十代に入ってか
    ら。役職は大宰帥(だざいのそち)。九州全体
    を収める役所の長官である。旅人はこの大宰
    府で、最愛の妻を失っている。故郷を思う事
    は、この妻と過ごした若き日を思う事でもあ
    ったろう。

 注・・忘れ草=萓草(かんぞう)。夏から秋にかけて
     黄赤色の花をつけるユリ科の多年草。憂い
     を忘れさせる草と信じられていた。
    香具山=奈良県桜井市にある山。

作者・・大伴旅人=おおとものたびと。665~731。
    720年大宰帥として下向、同年妻を失う。
    730年従二位大納言。

出典・・万葉集・334。


*************** 名歌鑑賞 ***************


あめつちに 二人がくしき 才もちて あへるを何か
恋をいとはむ
                  与謝野寛

(あめつちに ふたりがくしき さいもちて あえるを
 なにか こいをいとわん)

意味・・この広大な天地間に、われわれ二人は奇(く)し
    き才に恵まれている者同士である。その二人が
    ここにめぐり逢い結ばれて恋をする。この恋は
    どのような障害があろうと、どうして厭(いと)
    おうか。

 注・・くしき=奇しき。不思議た、珍しい、神秘的だ、
     人の智慧でははかり知れない。

作者・・与謝野寛=よさのひろし。1873~1935。
    号は鉄幹。妻の与謝野晶子とともに浪漫主
    義文学運動の中心になる。「明星」を発刊。

出典・・東京堂出版「現代短歌鑑賞事典」。


**************** 名歌鑑賞 ***************


人間五十年 下天の内を 比ぶれば 夢幻の
如くなり
                 織田信長

(にんげんごじゅうねん げてんのうちを くらぶれば
 ゆめまぼろしの ごとくなり)

意味・・人間の命はわずか五十年しかない。下天に
    比べれば、それは夢幻のように一瞬のはか
    ないものである。

    下天は人間世界の一つ上の天道で、一日が
    人間世界の80年とされる。

    どうせ人生は五十年しかないのだから、死ぬ
    気になって思い切ってやっていこう、と言う
    ことです。

作者・・織田信長=おだのぶなが。1534~1582。本能
    寺で明智光秀に殺される。信長が好んで「敦
    盛」のこの歌を口癖にしていたので、信長と
    結びつけられている。

出典・・幸若舞「敦盛」。


**************** 名歌鑑賞 ****************


ありありと 雪もほたるも あつめずば 学ばで消えん
露の間の世
                               観竹

(ありありと ゆきもほたるも あつめずば まなばで
 きえん つゆのまのよ)

意味・・明日があるからと、いま蛍雪の功を積まなかっ
    たら、命はかない世の中だから、ついに学ぶ事
    なく終わってしまうだろう。

 注・・雪もほたるも=蛍雪の功。「蛍雪」は苦労して
     勉学に励むことを意味し「功」は成し遂げた
     仕事や功績を意味する。

作者・・観竹=伝未詳。

出典・・大江戸倭歌集(わかしゅう)。


五月雨は たく藻の煙 うちしめり しほたれまさる
須磨の浦人
                 藤原俊成

(さみだれは たくものけぶり うちしめり しおたれ
 まさる すまのうらびと)

意味・・謫居(たっきょ)の身の須磨の浦人は日頃から涙が
    ちなのに、五月雨の頃は焼いて塩を取る藻も湿め
    りがちで、いちだんと濡れぼそていることだ。

    五月雨が藻塩を湿らせていよいよ焼きにくくし、
    浦人の嘆きを一層つのらせている。

    参考歌です。

   「わくらばに問う人あらば須磨の浦に藻塩たれつつ
    わぶと答へよ」   (意味は下記参照)
    
 注・・五月雨=陰暦の五月に降る長雨。梅雨。
    たく藻の煙=製塩するため、海水を注ぎかけて塩    
     分を含ませた海藻を干して焼く、その煙。この
     灰を水に溶かし、上澄みを煮て塩を取る。
    しおたれまさる=海水に濡れて雫が垂れる。そして
     袖が涙で濡れるほど嘆き沈むことを暗示する。
    須磨の浦人=須磨の浦は摂津国の枕詞。罪を負っ
     て須磨に謫居している都の貴人。
    謫居(たっきょ)=罪によって遠い地方に流されて
     いること。

作者・・藤原俊成=ふじわらのとしなり。1114~1204。
    正三位・皇太后大夫。「千載和歌集」の撰者。

出典・・千載和歌集・183。

参考歌です。

わくらばに 問ふ人あらば 須磨の浦に 藻塩たれつつ
わぶと答へよ
                   在原行平

(わくらばに とうひとあらば すまのうらに もしお
 たれつつ わぶとこたえよ)

意味・・たまたま、私のことを尋ねてくれる人があった
    ならば、須磨の浦で藻塩草に塩水をかけて、涙
    ながらに嘆き暮らしていると答えてください。

    文徳天皇との事件にかかわり須磨に流罪になっ
    た時に親しくしていた人に贈った歌です。

作者・・在原行平=ありわらのゆきひら。818~893。

出典・・古今和歌集・962。 


**************** 名歌鑑賞 *****************


とにかくに あればありける 世にしあれば なしとてもなき
世をもふるかも
                     源実朝

(とにかくに あればありける よにしあれば なしとても
 なき よをもふるかも)

詞書・・落ちぶれた人が世の中に立ちまじり歩いているのを
    見て詠んだ歌。

意味・・(どんな事情があっても)とにもかくにも生きていれ
    ば世を過ごして行けるこの世なのだから、何も無く
    ても、ないままに世を送っている事だなあ。

              大きな欲を出さなければ、何とか生きて行ける世の
    中ということです。
    世の中には、価値のあるもの、立派なものがあり、
    その一方、無価値なもの、つまらないものがあるが、
    すべて相対的なものであり、それに執着するに足り
    ない。落ちぶれて気弱になっていも、「落ちぶれる」
    といっても、これは相対的な事で自分より下の者が
    見れば、羨ましい状態なのかもしれない。だから悲
    観せずに元気を出して生きて行きたいものです。
    
 注・・わび人=気落ち、気弱になった人。みすぼらしく
     落ちぶれた人。
    あればありける=有れば在りける。生きていける。
    ふる=古る。年月がたつ。

作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~1219。28歳。
     源頼朝の次男。鎌倉幕府三代将軍。鶴岡八幡宮
     で暗殺された。歌集「金槐集」。

出典・・金槐和歌集。


*************** 名歌鑑賞 ***************


今行きて 聞くものにもが 明日香川 春雨降りて
たぎつ瀬の音 
                  詠み人知らず

(いまゆきて きくものにもが あすかがわ はるさめ
 ふりて たぎつせのおと)

意味・・今すぐにでも出かけて行って、聞けるものなら
    聞きたいものだ。飛鳥川に春雨が降り続いて、
    激しく流れる瀬の音を。

    作者は飛鳥川の瀬音がとても懐かしいのでしょ
    うね。

 注・・聞くものにもが=「もが」は願望の助詞。
    たぎつ=激つ。水が激しく流れる。
    明日香川=飛鳥川とも書く。奈良県北西部を
     流れる川。流れが速いので、人の世の変わ
     りやすさに譬えられる。
   
出典・・万葉集・1878。


*************** 名歌鑑賞 ****************


賃銭の どれいならざる 誇りもて はたらきしことを
われは謝すべし
                 小名木綱夫

(ちんぎんの どれいならざる ほこりもて はたらき
 しことを われはしゃすべし)

意味・・いくら働いても貧しい生活ではあるが、金のため
    奴隷となって働いては来なかったことを誇りにし
    よう。そして、それが出来たことに感謝しょう。

    死の前日に詠んだ歌です。
    働く事に面白さ価値を見出して働いて来た。賃金
    が高い安いを基準にして働いて来たのではない。
    これが私の誇りであった。そのように自分の思う
    ように働けた事に感謝したい。

作者・・小名木綱夫=おなきつなお。1911~1948。37才。
    府立工芸学校卒。新日本歌人協会の創立に加わる。
    14歳で印刷見習い工として働き始める。持病の喘息
    で工場を辞め、以降たびたび健康を害して働いては
    辞めるという生活を送る。

出典・・歌集「太鼓」(本林勝夫篇「現代短歌鑑賞辞典」)

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