名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2018年06月


************** 名歌鑑賞 ****************


ふと思ふ ふるさとにゐて 日毎聴きし 雀の鳴くを
三年聴かざり
                   石川啄木

(ふとおもう ふるさとにいて ひごとききし すずめの
なくを みとせきかざり)

意味・・ふと思った。自然豊かなふるさとにいた頃には
    毎日のように耳にしていた雀の鳴き声だったが、
    ふるさとを遠く離れて暮らす今、もう三年もの
    間耳にすることがないことだ。

作者・・石川啄木=いしかわたくぼく。1886~1912。
      26歳。盛岡尋常中学校中退。与謝野夫妻に師事
    するために上京。新聞の校正係などの職につく。

出典・・一握の砂。


*************** 名歌鑑賞 ***************


もて遊ぶ 道を重んじ 嗜みの あらば冥加も
有らむ世の中
                                               荒木田守武

(もてあそぶ みちをおもんじ たしなみの あらば
 みょうがも あらんよのなか)

意味・・自分の楽しみとする芸道を重んじ、それに心得が
    あるならば、自然とそれに対する褒美もどこから
    か来るであろう。世の中は。

    この歌に添えられた作者の解説文です。 
    文武の諸道だけでなく、何においても自分の携わ
    る技術に努力する人は、必ず天の恵みに預かり、
    自然と褒美がもらえるであろう。『論語』にも、
   「(食うことを目的としないで学問をしていても)
    禄がおのずからそれに伴って来る事もある」。と
    ある。天の恵みが訪れるのも、他でもない、自分
    が努力して得たそれぞれの分野での心得のおかげ
    であるという(のが、この歌の)意味である。

 注・・もてあそぶ=心の慰みとして愛する。賞翫する。
      嗜み=芸事などに関する心得。
      冥加=気がつかないうちに授かっている神仏
      の加護・ 恩恵。思いがけない幸せ。

作者・・荒木田守武=あらきだもりたけ。1473~1549。
    伊勢神宮神官。

出典・・世中百首絵鈔。


*************** 名歌鑑賞 ***************


いかならむ 遠きむくいか にくしみか 生れて幸に
折らむ指なき
                   山川登美子

(いかならん とおきむくいか にくしみか うまれて
 さちに おらんゆびなき)

意味・・自らの悲運は、遠い世からの何かの報いなのか、
    それとも憎しみを受けているのだろうか。生ま
    れて今まで、指を折って数えるような幸福はな
    い。不幸ばかりが指折り数えられる。

    与謝野鉄幹に恋をしている時に、親からすすま
    ぬ結婚を強いられたり、その夫も一年半で亡く
    なり、また自らも重い病気を患うなどの悲運が
    重なっていた頃に詠んだ歌です。

 注・・幸に折らなむ指なき=指を折って数えられる幸
     せがない。不幸ばかりが指折り数えられる。

作者・・山川登美子=やまかわとみこ。1879~1909。
    30歳。大阪梅花女学校卒。晶子と共に鉄幹との
    恋愛関係にあった。肺結核を患う。

出典・・歌集「恋衣」。


*************** 名歌鑑賞 ***************


病む我に 会ひたき吾子を 詮ながる 母が便りは
老い給ひけり
                  明石海人

(やむわれに あいたきあがこを せんながる ははが
 たよりは おいたまいけり)

意味・・この頃我が子が、しきりに自分に会いたがると
    言う。その子の不憫を伝える母の手紙からも、
    母が気弱に老いてゆく姿が垣間見えて来る。

    家族と別れて長い療養生活を送っている時に詠
    んだ歌です。

 注・・詮ながる=甲斐が無い、益がない、不憫だ。

作者・・明石海人=1901~1939。ハンセン病を患い
    岡山県の愛生園で療養。手指の欠損、失明、
    喉に吸気管を付けた状態で歌集「白描」を出
    版。

出典・・松田範祐著「瀬戸の潮鳴」。


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逢坂の 関にわが宿 なかりせば 別るる人は
頼まざらまし
                藤原兼輔

(おうさかの せきにわがやど なかりせば わかるる
 ひとは たのまざらまし)

意味・・逢坂の関近くに私が住んでいなかったならば、
    旅立って別れて行くあなたとの再会は期待し
    ないでしょう。しかし、逢坂ですから、また
    お逢い出来ますね。

    遠い所に旅立つ人に餞別として詠んだ歌です。

 注・・逢坂の関=滋賀県大津市逢坂山にあった関。
    頼まざらまし=(また逢えると)あてにしない
     であろうに。「頼む」はあてにする・期待
     するの意。

作者・・藤原兼輔=ふじわらのかねすけ。877~933。
    従三位中納言。877紫式部の曽祖父。

出典・・新古今和歌集・862。


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学びたきに 学べざりにし わが父母を 心につれて
講義受けいる 
                   飯田有子

(まなびたきに まなべざりにし わがふぼを こころに
 つれて こうぎうけいる)

意味・・自分の幸せは父母の与えてくれた幸せ。その父母は
    学びたい希望を持っていながら果たせなかったので
    ある。その父母の思いを胸にたたんで今授業を受け
    ている。

    多くの学生の中にはさまざまな境遇の人がいる。親
    許を離れて学校に通う人、家から通える人、アルバ
    イトに頼らなければやっていけない人等々。その置
    かれている立場は人によってみな違う。だが、多か
    れ少なかれ親の助けなしではやっていけないのであ
    る。その親への思いを作者は感謝と至福の気持ちを
    こめて詠んでいます。

作者・・飯田有子=いいだゆうこ。’88年当時東京女子大学
    一年生。

出典・・短歌青春(大滝貞一編「東洋大学現代百人一首」)


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塵泥の 数にもあらぬ 我ゆえに 思ひわぶらむ
妹がかなしさ
                中臣宅守

(ちりひじの かずにもあらぬ われゆえに おもい
 わぶらん いもがかなしさ)

意味・・塵や泥のようにつまらない、物の数にも入ら
    ない私のために、辛い思いをしているあなた
    が愛しいことだ。

    越前の国(福井県)に流罪される途中で詠んだ
    歌です。自分が上手く立ち回らないばかりに
    罪を被って流罪になってしまった。自分の為
    にこのような辛い思いをさせるのがすまない
    と若妻に詠んだ歌です。

 注・・思いわぶらむ=気力を失い打ち沈んでいるだ
     ろうの意。
    かなしさ=愛しさ。いとおしい。

作者・・中臣宅守=なかとみのやかもり。生没年未詳。
    740年越前の国に流罪された(罪状不明)。

出典・・万葉集・3727。


下手ぞとて 我とゆるすな 稽古だに つもらばちりも
やまとことの葉
                  島津忠良

(へたぞとて われとゆるすな けいこだに つもらば
 ちりも やまとことのは)

意味・・いくら下手でも稽古をおろそかにするものでは
    ない。毎日少しずつ稽古を積み重ねれば必ず上
    達する。「塵も積もれば山となる」の譬えどお
    りである。

作者・・島津忠良=しまづただよし。1492~1568。薩
    摩藩の戦国武将。

出典・・高城書房篇「島津日新公いろは歌」。


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この世には この世の時間が あるばかり 風花に濡れて
治療より帰る
                    河野裕子

(このよには このよのじかんが あるばかり ふうかに
 ぬれて ちりょうよりかえる)

意味・・病気を病み、苦悩の中に過ごしていても時間は
    どんどん進んでゆく。治療のため一人脇に置き
    去りにされて、この世の時間とは異なる時を生
    きているような気持ちを抱きながら侘びしく帰
    り道を歩いている。

    病気のこの痛み、この苦しみが無ければどんな
    に幸せであろうか、と思いながら療養を続けて
    いる。短い人生を病魔との苦闘だけの別世界で
    終わらせたくない。もっと有意義に時間を過ご
    したい。世間人として一人前に過ごしたいもの
    だ・・。

 風花=晴天にちらつく雪。

作者・・河野裕子=かわのゆうこ。1946~2010。京都
    女子大卒。宮柊二に師事。乳癌で苦しむ。

出典・・歌集「歩く」(杉山喜代子著「短歌と人生」)


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たのしみは つねに好める 焼豆腐 うまく烹たてて
食わせけるとき
                 橘曙覧

(たのしみは つねにこのめる やきどうふ うまく
 にたてて くわせけるとき)

意味・・焼き豆腐は私の好物である。今夜は妻が焼き豆腐
    を味付けして、美味しく煮込んで私に食べさせて
    くれた。うまい、こんな時は楽しい気分になり、
    幸せに感じるものだ。

    自分の好きな料理を妻が作ってくれた。当たり前
    だと思うのではなく、こんな美味い料理が食べら
    れるなんて、なんと幸せなことだろうか、と小さ
    な喜びや楽しみを発見しては、ああ生きていて良
    かったと感動しています。

 注・・烹(に)る=調味して煮る。「煮る」は炊く、沸か
     すの意。

作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~1868。早
    く父母と死別。家業を異母兄弟に譲り隠棲。
    福井藩の重臣と交流。

出典・・独楽吟。

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