名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2018年08月


**************** 名歌鑑賞 ****************


ふそくをば となふる家は おそろしく なかなかもって
寄りつけぬなり 

(ふそくをば となうるいえは おそろしく なかなか
 もって よりつけぬなり)

意味・・福の神としては、不足ばかり言っている家には、
    いくら福を運んでいったところで、入ったとた
    に、「何だそんな程度の福しか持って来ていな
    いのか」と文句を言われそうで、恐ろしくて近
    寄れない。だから、いつまでも福の神は入って
    いかないのだ。

    福の神の立場で詠んだ歌です。

 注・・なかなか=中途半端だ。かえってそうしない方
     がましだ。なまじっか。
    もって=原因・理由を表す。・・のせいで。

出典・・山本健治著「三十一文字に学ぶビジネスと人生
    の極意」。


*************** 名歌鑑賞 ****************


ことば否 声のたゆたひ 惑ひいる 君がこころを
われは味はふ
                 河野裕子

(ことばいな こえのたゆたい まどいいる きみが
 こころを われはあじわう)

意味・・あなたの言葉、いいえあなたの声が揺れて
    います。その揺らぎの中に、迷っているあ
    なたの心を感じて、私はじっと味わってい
    ます。

    話しかけるともなく、独り言のように何か
    を言っている夫の言葉。仕事や会社関係な
    どのため、妻に関係がなく話しに乗っても
    らえない。それでぶつぶつ独り言のように
    言っている。夫はどんなことで悩んでいる
    のだろうか。

 注・・たゆたひ=揺れ動く、ためらう、心がさだ
     まらない。

作者・・河野裕子=かわのゆうこ。1946~2010。
    京都女子大学文学部卒。宮柊二に師事。

出典・・歌集「はやりを」(栗本京子著「短歌を楽し
    む」)


*************** 名歌鑑賞 ***************


更えなずむ 寝汗の衣に この真夜を 恋へば遥けし
ははそはの母は
                  明石海人

(かえなずむ ねあせのきぬに このまよを こえば
 はるけし ははそはのははは)

意味・・寝汗で濡れた衣類を着替えようにも思うように
    ならない深夜、母がいたらなあと、恋ても遠い
    ふるさとの母よ。

    癩病を患い、視力が完全に失われる頃に詠んだ
    歌です。この頃になると三十九度の熱が出る事
    も珍しくなかった。そうした時は寝汗に悩まさ
    れた。腋の下からにじみ出る汗が、背中から首
    筋のあたりまで広がり、どうにも我慢出来なく
    なる。それで、着替えをと思うのだが、視力は
    失われつつある上に、神経をおかされた指先の
    感覚も乏しく、思うようにままならない。唇に
    触れ、舌で探って、シャツのそでを探しあぐね
    ているうちに熱のある体は、じきに疲れてくる。
    しかも寒い。泣きたいほどのみじめさ。
    こんな姿をふるさとの母が見たらど思うだろう
    か。そんな事を思って、つい、くり返し、くり
    返し、声を呑みつつ母の名を呼ぶのであった。
    
 注・・なずむ=泥む。はかばかしく進まない。
    ははそはの=母にかかる枕詞。

作者・・明石海人=1901~1939。ハンセン病を患い岡
    山県の愛生園で療養。手指の欠損、失明、喉に
    吸気管を付けた状態で歌集「白描」を出版。

出典・・歌集「白描」。


*************** 名歌鑑賞 ****************


をみなにて 又も来む世ぞ 生まれまし 花もなつかし
月もなつかし 
                   山川登美子

(おみなにて またもこんよぞ うまれまし はなも
 なつかし つきもなつかし)

意味・・また来ん世には、再び女として生まれて来た
    い。今日まで生き長らえて来た思い出の中に
    は、花もなつかしいし、月もなつかしい。や
    はり来世も女に生まれて来よう。

    27才の時、肺結核で長い療養中に詠んだ歌で
    す。花鳥風月を詠んでいたあの頃の元気な頃
    が思いだされて懐かしい。
   「又来む世ぞ」と詠んでいる心の底には死を思
    っていたのだろう。なんとも言えない悲哀さ
    と、あきらめ切れない苦痛さが籠められてい
    る

 注・・花もなつかし月もなつかし=花鳥風月を詠ん 
     でいた頃の、元気であった時代の思い出で
     す。

作者・・山川登美子=やまかわとみこ。1879~1909。
    29歳。日本女子大学病気中退。与謝野鉄幹創
    刊の歌誌「明星」の初期を晶子と共に飾る。

出典・・明治39年1月号「明星」(永田義直著「短歌鑑
    賞入門」)


*************** 名歌鑑賞 ***************


死近き 母の心に 遠つ世の 釈迦の御足跡の
石をしぞ擦れ
              吉野秀雄

(しにちかき ははのこころに とおつよの しゃかの
 みあとの いしをしぞさすれ)

意味・・もう死期の近い母を悲しく思いながら、遠い
    世のお釈迦様の足跡を刻んだといわれる仏足
    石を、静かにさすり母の平穏を祈っている。

    「釈迦の御足跡の石」は奈良の薬師寺にある
    仏足石である。釈迦の足跡を石に刻み信仰の
    対象にしたもので753年に建立されている。
    そこには仏足石歌碑があり、仏徳を詠んだ歌
    21首が刻まれている。
    その内の一首です。
    「大御足跡(おおみあと)を見に来る人の去(い)
    にし方千代の罪さへ滅ぶぞと言う除くと聞く」
    (この仏足石を見に来た人の所には、千代の昔
    からの罪さえ除かれると聞いている。なんと有
    難いことでしょう) 

    母が安らかに眠ることを願った歌です。

作者・・吉野秀雄=よしのひでお。1902~1967。慶応
    義塾大病気中退。会津八一に師事。
出典・・岩田正著「短歌のたのしさ」。


**************** 名歌鑑賞 ****************


吹きと吹く 風な恨みそ 花の春 紅葉も残る
秋あらばこそ
                北条氏政

(ふきとふく かぜなうらみそ はなのはる もみじも
 のこる あきあらばこそ)

意味・・桜の花よ、吹きしきる春の風を恨まないでく
    れ。秋になったら美しい紅葉として残る葉も
    あるのだから。

    氏政は小田原城にたてこもり、秀吉の大軍を
    迎え撃ったが、秀吉の兵糧攻めに合い、無条
    件降伏した時に詠んだ辞世の歌です。

    最後まで秀吉と戦った武将として残る名を桜
    の花と紅葉にたとえています。

意味・・桜の花よ、吹きしきる春の風を恨まないでく
    れ。花が残る春や、紅葉が残る秋がある訳が
    ないのだから。

    花が散り、紅葉が散るのは自然の成り行きで
    ある。人間もいつかは死ぬものであり、自分
    もいつかは死ぬものだと、諦観した心境です。

  注・・吹きと吹く=吹きに吹く。「と」は同じ動詞
     の間に用いて、意味を強調する語。
    な・・そ=動作を禁止する語。どうか・・し
     てくれるな。
    あらばこそ=あるのだから。「こそ」は活用
     語の已然形に「ば」を介して理由を強調す
     る語。
    あらばこそ=ありはしない、全くない。

作者・・北条氏政=ほうじょううじまさ。1538~1580。
    戦国時代の相模国の武将。豊臣秀吉の小田原
    征伐に破れ降伏して切腹。

出典・・赤瀬川原平著「辞世のことば」。


***************** 名歌鑑賞 ***************


なべて世の はかなきことを 悲しとは かかる夢みぬ
人やいひけむ
              建礼門院右京大夫

(なべてよの はかなきことを かなしとは かかる
 ゆめみぬ ひとやいいけん)

意味・・世間の人はよく、この世ははかなくて悲しい
    ものだと簡単に言ってしまうが、それは今度
    の私のように恋しい人を死なせてしまうとい
    う恐ろしい目にあったこともなく、またそん
    な悪夢を見たこともないからこそ、そんな気
    楽なことが言えるのではないだろうか。

    恋人の平資盛(すけもり)が源平の戦いで壇の  
    浦で負けて入水したのを伝え聞いて詠んだ歌
    です。つい最近まで元気な姿で会っていたの
    に、この世は本当にはかないものだと悲しさ
    を実感した歌です。

 注・・なべて=並べて。おしなべて、一般に。
    はかなき=無常である、あっけない。

作者・・建礼門院右京大夫=けんれいもんいんうきよ
    うのだいぶ。1157頃~1227頃。高倉天皇の
    中宮平徳子(建礼門院)に仕えた。この間に平
    資盛との恋が始まる。1185年に壇の浦で資盛
    ら平家一門は滅亡した。

出典・・後藤安彦著「短歌で見る日本史群像」。


*************** 名歌鑑賞 *****************


白髪といひ 老いぬるけにや 事しあれば 年のはやくも
おもほゆるかな
                    源実朝

(しらがといい おいぬるけにや ことしあれば としの
 はやくも おもおゆるかな)

意味・・白髪といい(また老いのきざしが他にもあることとい
      い)、老いたゆえか、何事かが起きると年のたつのが
    早いように思われるよ。

    老いのきざしは、
    朝早く目が覚める、立つ時すっと立てない、疲れが中
    々とれない、酒の量が減る、皮膚に張りがなくなり皺
    が目立つ、記憶力が衰えて物忘れする、孫からじいち
    ゃんと呼ばれる・・。
    老いると、
    年功序列から実力主義に移行すると、年下であろうと
    異性であろうと地位のある者のいいなりにならなけれ
    ばならない。お金や地位の無くなった老人は、息子や
    娘からジジイババア扱いを受け冷たくあしらわれる・
    ・・。
    老いてしまうと、実力がなくなって行くのが何事にも
    早く感じられて行くものだ。

 注・・といひ=何か下に並列すべき言葉が来るはずだが、
     省略されている。
    けにや=・・のためだろうか。
    事しあれば=何事かがあれば。「し」は上接語の強
     意を表す。

作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~1219。27歳。
    12歳で征夷大将軍となった。鶴岡八幡宮で暗殺された。

出典・・金槐和歌集。


*************** 名歌鑑賞 ***************


かりに来と 恨みし人の 絶えにしを 草葉につけて
しのぶころかな
                  曽禰好忠

(かりにくと うらみしひとの たえにしを くさばに
 つけて しのぶころかな)

意味・・その時だけのいい加減な気持ちで訪ねて来る
    人だと恨んだものだが、草葉が茂り刈る時期
    になっても、今では全く来なくなって見ると、
    懐かしく思い出されることだ。

    借金や義理だけで訪ねて来ていた人でも、全
    く来なくなって見ると懐かしく思われて来る
    ものだ。

 注・・かりに=「仮に・かりそめに」と「刈り」を
     掛ける。
    絶えにしを=全く来なくなった。
    草葉につけて=草葉の茂るにつけて。「茂る」
     を補って解釈する。

作者・・曽禰好忠=そねのよしただ。生没年未詳。平
    安時代の三六歌仙の一人。

出典・・新古今和歌集・187。


**************** 名歌鑑賞 ***************


梓弓 引き豊国の 鏡山 見ず久さならば 
恋しけむかも      
            鞍作益人
              
(あずさゆみ ひきとよくにの かがみやま みずひさ
 ならば こいしけんかも)

詞書・・住み慣れた任地を離れ京に上る時に詠んだ歌。

意味・・こうして見慣れた豊国の鏡山、この山を久しく
    見ないようになったら、きっと恋しく思うこと
    だろう。

    豊国で無事に過ごせた感謝の気持ちと、これか
    らの旅立ちの無事を祈っています。

 注・・梓弓引き=梓弓を引き響(とよ)もす、の意で、
     「豊国」を起こす序の詞。
    豊国(とよくに)=豊前(ぶぜん)の国。福岡県
     東部と大分県の北部。

作者・・鞍作益人=くらつくりのますひと。伝未詳。
 
出典・・ 万葉集・311。

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