名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2018年08月


**************** 名歌鑑賞 ***************


夏は扇 冬は火桶に 身をなして つれなき人に
寄りも付かばや
                詠み人知らず

(なつはおうぎ ふゆはひおけに みをなして つれなき
 ひとに よりもつかばや)

意味・・夏は扇、冬は火鉢に、我が身を変えて、無情な人
    に寄り添っていたいものだ。

    つれない相手でも好きなので、身の回りの物に変
    身して、どこまでも一緒にいたいものだ。

 注・・夏は扇冬は火桶=どちらもそれぞれの季節の必需
     品で身から放せない物。「火桶」は木製の丸火
     鉢。

出典・・拾遺和歌集・1187。


*************** 名歌鑑賞 ***************


岡崎や わが家の跡の 根葱畑に 瓦のかけを
濡らす霧雨
                与謝野鉄幹

(おかざきや わがやのあとの ねぎばたに かわらの
 かけを ぬらすきりさめ)

意味・・京都の岡崎は生れ育った家の在った所で、父は
    すでに世には亡く、その家もほろび、人手に渡
    った後に屋敷は畑になっていた。根葱畑に家を
    壊した名残の屋根瓦が散っており、折からの霧
    雨に濡れているのが悲しみを誘う。

 注・・岡崎=京都市左京区の南部の地域。鉄幹の故郷。

作者・・与謝野鉄幹=よさのてっかん。1873~1935。
    京都市外の岡崎村に生まれる。落合直文門下。

出典・・東京堂出版「現代短歌鑑賞」。


*************** 名歌鑑賞 ***************


ほっとする 四五日がつづき 新しく 心苦しむ
ことありにけり
                  吉田正俊

(ほっとする しごにちつづき あたらしく こころ
 くるしむ ことありにけり)

意味・・激職にある作者には、絶え間なく心を労する
    日が続く。
    ある事が一段落して、ほっとする四五日が続
    いたと思うと、またしても新しく心を苦しめ
    なくてはならない事が起きてくる。

    公務の上だけでなく、日常生活の中でも、人
    は大小を問わず、塵労の悩み、すなわち俗世
    間のごたごたした苦労があるものです。
    誰しもある事で、自分だけと思うと辛さが増す
    ものです。

作者・・吉田正俊=よしだまさとし。1902~1993。
    東大卒。会社役員。土屋文明に師事。

出典・・東京堂出版「現代短歌事典」。


************** 名歌鑑賞 ***************


江のひかり柱に来たり今朝の秋
                   成田蒼虬

(えのひかり はしらにきたり けさのあき)

意味・・朝起きてみると、いつもと違って、部屋の奥
    まった柱にも日の光がさしている。それもゆ 
    らゆらと揺れながらである。あ、そうか、今
    日は立秋だったのだ。家のすぐ前の川の水面
    から光が反射して、こんなところまで届くの
    か。やはり秋だなあ。

 注・・今朝の秋=立秋の朝。2018年の立秋は八月七
     日。残暑の昼に対する言葉で、気分的にも
     すがすがしい。

作者・・成田蒼虬=なりたそうきゅう。1761~1842。
    頼山陽と交流。月並俳句の作者として名高い。

出典・・句集「蒼虬翁句集」(尾形仂篇「俳句の解釈と
    鑑賞辞典」)


*************** 名歌鑑賞 ***************


契りおく 花とならびの 岡の辺に あはれ幾世の
春を過ごさん
                 兼好法師

(ちぎりおく はなとならびの おかのべに あわれ
 いくよの はるをすごさん)

意味・・自分が死んだなら一緒に過ごそうと、約束し
    て桜の木を植え、それと並んで墓地を作った
    が、この慣れ親しんだ双ヶ岡(ならびがおか)
    に、ああ、これから自分は桜の花とともにど
    れほどの年月(春)を過ごすのであろう。

    隠棲して双ヶ岡に墓所を作り、その傍らに桜
    の木を植えた時の歌です。

 注・・契り=約束。死んだら一緒に過ごそうと約束  
     して。 
    ならび=「並び」と「双ヶ岡」の掛詞。
    ならびの岡=京都市右京区御室仁和寺の南に
     ある岡。
    あはれ=感動詞。ああ。
    幾世=どれほどの年月。

作者・・兼好法師=1283年頃の生まれ。後に二条院に
    仕え、蔵人左兵衛佐(くらうどさひょうのすけ)
    になっていたが出家。「徒然草」で有名。

出典・・岩波文庫「兼好法師歌集・19」。 


************** 名歌鑑賞 ***************


夕立の 雲もとまらぬ 夏の日の かたぶく山に
ひぐらしの声
                式子内親王

(ゆうだちの くももとまらぬ なつのひの かたぶく
 やまに ひぐらしのこえ)

意味・・夕立を降らせた雲はもう消えてなくなり、夏の
    夕日が沈んでいく山にはひぐらしが鳴いている。
            
    日中はまだ暑いが、日暮れになるとひぐらし
    が鳴きだして秋の涼味を感じさせてくれる。

 注・・ひぐらし=蝉の一種。かなかな蝉ともいう。夏
     から秋にかけて、日暮れや明け方に高い声
     で鳴く。

作者・・式子内親王=しきしないしんのう。「しょくし」
    とも読む。後白河天皇の皇女。1201年没。50歳
    くらい。

出典・・新古今集・268。


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たち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば
今帰り来む
                  在原行平

(たちわかれ いなばのやまの みねにおうる まつとし
 きかば いまかえりこん)

意味・・別れて因幡国へ去ったとしても、因幡の稲葉山の
    の峰に生えている松ではないが、あなたが待って
    いると聞いたならば、すぐに帰って来ましょう。

    作者が因幡国(鳥取県)の地方官として赴任する時
    に、都の人々と別れを惜しんだ歌です。
    人々の別れを意味する「たち別れいなば」の言葉
    を赴任先の因幡国の「稲葉山」を掛けながら、そ
    の山に「生ふる松」と続け「待つ」を掛けて都の
    人々と断ちがたい思いが強調されている。

 注・・たち別れ=「たち」は接頭語。赴任のため都の人
     と別れるのである。
    いなばの山=因幡国(今の鳥取)にある稲葉山。
    まつ=「松」と「待つ」を掛ける。
    まつとし=「し」は強調の語。

作者・・在原行平=ありわらのゆきひら。818~893。因
    幡国(鳥取県)守。須磨に配流された。

出典・・古今和歌集・365、百人一首・16。


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思ひしみて ふたりが胸に 醸みし酒 ふたりが酔ふに
誰しとがめむ
                  与謝野鉄幹

(おもいしみて ふたりがむねに かみしさけ ふたりが
 ように だれしとがめん)

意味・・恋しい思いが互いの胸に沁みわたり、長い時間を
    かけて二人の胸に醸(か)もしたこの美酒なのだ。
    二人してこの酒に酔う今、世の中の誰が咎めよう
    か。

    晶子との恋の成就の歌です。結婚するまで鉄幹の
    身辺には曲折があり、妻と離別しなくてはならな
    かった。「誰しとがめむ」は咎める者の眼を意識
    しています。

 注・・醸みし=こうじに水を加え、発酵作用により、酒
     などを作る。気分を作り出す。

作者・・与謝野鉄幹=よさのてっかん。1873~1935。本
    名寛。落合直文に師事。与謝野晶子は妻。

出典・・東京堂出版「現代短歌鑑賞事典」。


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とや心 朝の小琴の 四つの緒の ひとつを永久に
神きりすてし
                与謝野晶子

(とやこころ あさのおことの よっつのおの ひとつを
 とわに かみきりすてし)

意味・・私は今、鳥屋ごころ、つまり脱落感でいっぱいの
    淋しい心持です。毎朝楽しんで弾いていた四弦の
    琵琶の、その一弦を突然、神様が永久に切り落と
    してしまわれたのですから・・。

    晶子の境時代に親密だった四人の兄弟の長兄・秀
    太郎(後、東大教授、鉄幹との恋愛に反対)との永
    遠の兄弟縁が切られ、人間的な悲愁を暗示した歌
    です。

 注・・とや=鳥屋。鳥の羽根が季節によって抜け変わる
     こと。
    とや心=羽毛が抜け落ち気力なく淋しい心。
    小琴=四弦の琵琶。
    四つの緒=四弦の意と「四人の数喩」。ここでは
     四人は四兄弟を暗示。
    朝=時の朝と人生の朝の喩。四人の兄弟の幼少期
     を暗示する。
    琴の緒を切る=知己を失う。中国の故事で、琴の
     名手伯牙(はくが)が、自分の琴を唯一解し得た
     友人の鐘子期(しょうしき)の死に逢い、琴の弦
     を断って二度と琴を手にしなかったという故事
     から親し友人に死別する事。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。堺女
    学校卒。与謝野鉄幹と結婚。「明星」の花形と
    なる。

出典・・みだれ髪


*************** 名歌鑑賞 ***************


わびぬれば しひて忘れむと 思へども 夢といふものぞ
人頼めなる 
                   藤原興風

(わびぬれば しいてわすれんと おもえども ゆめという
 ものぞ ひとたのめなる)

意味・・恋の苦しみに嘆いているので、むりに忘れようと
    思うのだが、夢にあの人が出て来て、夢というの
    がむなしい期待を抱かせるものだ。

 注・・わびぬれば=気落ちしているので。悲しみにくれ
     ているので。
    人頼めなる=人に期待をさせることだ。

作者・・藤原興風=ふじわらのおきかぜ。生没年未詳。914
    年頃活躍した歌人。

出典・・古今和歌集・569。

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