名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2018年09月


*************** 名歌鑑賞 ****************


すみだ川 舟呼ぶ声も うづもれて 浮霧深し 
秋の夕浪
                 清水浜臣
            
(すみだがわ ふねよぶこえも うずもれて うきぎり
 ふかし あきのゆうなみ)

意味・・舟を呼ぶその声もその中に埋もれてしまうほどに、
    川波の上に一面にかかる霧が深い、隅田川の秋の
    夕暮れの景色は。

 注・・浮霧=空中に浮いているように見える霧。

作者・・清水浜臣=しみずはまおみ。1776~1824。江戸
    の医家に生まれ、医を継ぐ。
 
出典・・泊洦舎集・(さざなみのやしゅう)(福武書店「名歌
    名句鑑賞辞典)


*************** 名歌鑑賞 ****************


逢坂の 関の清水に 影見えて 今やひくらむ
望月の駒  
               紀貫之
                 
(おうさかの せきのしみずに かげみえて いまや
 ひくらん もちづきのこま)

意味・・逢坂の関のあたりの泉の水に秋の明月の光が
    射していて、その澄んだ水に姿を映しながら
    今引かれていることだろうか。あの望月の牧
    の馬よ。

    駒迎えの屏風の絵に添えられた歌です。駒迎
    えは陰暦の8月23日に行われた。

 注・・逢坂の関=京から大津へ出る逢坂越えにある
     関所。
    望月の駒=長野県佐久郡にある放牧場の馬。
     ここの貢馬の駒迎えは8月23日。
    駒迎え=東国から朝廷への貢馬を逢坂の関で
     出迎える年中行事。

作者・・紀貫之=きのつらゆき。866~945。「古今
    和歌集」の中心的な撰者。「土佐日記」の作者。
 
出典・・拾遺和歌集・170。


*************** 名歌鑑賞 ****************


贅沢に なりたる子よと 寂しみて 皿に残しし
もの夫と食ふ
                                        松井阿似子
 
(ぜいたくに なりたるこよと さみしみて さらに
 のこしし ものつまとくらう)

意味・・贅沢になった我が子。好きな物だけは食べて
    嫌いな物は食べ残している。食べ残したおか
    ずは捨てるに捨てられないので、夫と一緒に
    食べている。なんだか寂しくなってくる。

    アメリカの社会学者がかって、日本人を評し
    て「胃袋いっぱい」「魂からっぽ」と言った
    そうです。表記の歌を評した感じです。「米」
    という言葉は、人手を実に八十八回も経て、
    初めて食膳にのるということからその文字が
    作られたと、昔の子供は教えられた。そして、
    一粒の米をこぼしても叱られ、副食が気に入
    らないという顔をしただけで、「いやなら食
    うな」と絶食を強いられて不思議でない時代
    の中を成長していった。しかし、現代っ子は
    あれこれ好きな物だけ食べ散らかし、少しで
    も空腹になれば、冷蔵庫の扉を開け、何かを
    引っ張りだせばすむのである。そうした我が
    子を、自らの手で育ててしまった親は、今更
    のように、「寂しみて」と言うしか仕方がな
    い思いをせずにいられないのだ。それは、自
    分自身の手で育てながら、自分達と余りにも
    価値観の違った者として育ってしまった我が
    子への失望であり、どうにも埋めることの出
    来ない人間的違和感への「寂しみ」を詠んで
    いる。

作者・・松井阿似子=伝未詳。

出典・・昭和万葉集(小野沢実著「昭和は愛し・昭和
    万葉集秀歌鑑賞」)


*************** 名歌鑑賞 ***************


咲きにけり くちなし色の 女郎花 言わねどしるし 
秋のけしきは
                 源縁法師
               
(さきにけり くちなしいろの おみなえし いわねど
 しるし あきのけしきは)

意味・・咲いたことだ。くちなし色の女郎花の花が。口に
    出して言わないけれど、はっきりしてきたものだ。
    秋の気配が。

 注・・くちなし色=赤味がかった濃い黄色。「口無し」
     の意を掛ける。
    しるし=知るし。わかる、感じる。

作者・・源縁法師=げんえんほうし。生没年未詳。比叡山
    の僧。
 
出典・・金葉和歌集・169。
 


*************** 名歌鑑賞 ****************


しののめの 空霧わたり 何時しかに 秋の景色に
世はなりにけり
                  紫式部
              
(しののめの そらきりわたり いつしかに あきの
 けしきに よはなりにけり)

意味・・夏だから暑い暑いと思って過ごしていたある日、
    ふと朝早く起きて外に出てみると、ひんやりと
    秋の気配が感じられる。夜が明けきれば、日差
    しが夏の暑気をよみがえらせる。しかし、朝霧
    が立ち込めているこのひと時、思いがけない秋
    がそこに来ていた。
 
    早い朝の静寂さが余情として残ります。
 
    この歌は寂寥感を持って捉えられてもいます。
    紫式部は1000年頃、平安時代の中期の王朝の
    藤原道長の中宮彰子に仕えた女房(女官)です。
    表記の歌が入っている玉葉和歌集は1300年頃
    の鎌倉時代に撰集されています。王朝の時代か
    ら武士の社会になって、王朝時代を懐かしむ
    「玉葉」の撰集者である京極為兼は王朝時代
    の世が秋の景色になったことの寂しい思いを
    この歌に見い出しています。
 
 注・・しののめ=東雲。明け方のほのかに空が白んで
     くる頃。

作者・・紫式部=むらさきしきぶ。978~1016。「源氏
    物語」「紫式部日記」。
 
出典・・玉葉和歌集。

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