名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2018年10月


*************** 名歌鑑賞 ***************


山かひの 秋のふかきに 驚きぬ 田をすでに刈りて 
乏しき川音
                中村憲吉
              
(やまかいの あきのふかきに おどろきぬ たを
 すでにかりて とぼしきかわおと)

意味・・山峡の小村に訪れた秋の深さ・・ものの活気
    が衰え、元の力や姿が失われる秋・・に驚か
    される。一面に刈り尽くされた田の面の寂し
    さ、水のやせた川音の乏しさに。

作者・・中村憲吉=なかむらけんきち。1889~1934。
    東京大学経済学科卒。斉藤茂吉・土屋文明ら
    と親交を結ぶ。

出典・・歌集「しがらみ」(藤森明夫著「近代秀歌」)


*************** 名歌鑑賞 ****************


逢坂の 嵐の風は 寒けれど ゆくへ知らねば
わびつつぞふる
              詠み人知らず

(おうさかの あらしのかぜは さむけれど ゆくえ
 しらねば わびつつぞふる)

意味・・この逢坂に吹きすさぶ激しい風は寒いけれど
    も、私はどこに行くあてもないので、わびし
    く思いながらも、ここで暮らしているのです。

     この歌には、湯浅常山の「常山紀談」に逸話
     が載っています。
           細川幽斎の子の忠興(ただおき)が何事によらず
     諸事厳正に過ぎて家臣の面々やりにくく、多少
     の不服もあると、これを幽斎に告げる者がいた。
     幽斎は忠興の長臣を呼び、古歌二首を書き与え
    た。
   「逢坂の 嵐の風は 寒けれど ゆくへ知らねば 
    わびつつぞふる」
    この歌の心を察せよ。
    次の一首が
        「真菰草 つのぐみわたる 沢辺には つながぬ
    駒もはなれざりけり」の歌。
   「馬が沢辺を離れないように、人の心もまた同じ。
    情愛深い主人のもとでは、つなぎとめることなく
    人は落ち着くものである。去れといっても去るも
    のではない」
    この歌の心を思慮せよと忠興にいえと教訓した。

 注・・逢坂=山城国(京都府)と近江国(滋賀県)との
     境。逢坂の関で名高い。
    ゆくへ=行くべき方。
    わびつつ=気落ちする、途方にくれて困る。わ
     びしく思う。
    ふる=経る。月日を送る、過ごす。
     真菰草=水辺に生えるイネ科の多年草。
     つのぐみ=角ぐみ。角のような状態。
 
出典・・古今和歌集・988。


*************** 名歌鑑賞 ****************


1. 水まさる をちの里人 いかならむ 晴れぬながめに
  かきくらすころ
                   薫大将
  返し
2. 里の名を 我が身に知れば 山城の 宇治のわたりぞ
  いとど住み憂き
                   浮舟

 (みずまさる おちのさとびと いかならん はれぬ
  ながめに かきくらすころ)
 (さとのなを わがみにしれば やましろの うじの
  わたりぞ いとどすみうき)

1の詞書・・長雨のころ、浮舟の君に

1の意味・・川水が増える遠くの「をち」(宇治市の地名)
     の里人(浮舟をさす)はどうしていることだろ
     うか。晴れぬ長雨に心も暗くなって、空を眺
     めるこの頃ですが。

  注・・をち=「遠」と宇治市にある地名とを掛ける。
     里人=ここでは浮舟をさす。
     かきくらす=掻き暗す。心が暗くなる、悲し
      みに沈む。

2の意味・・私の住む里の名「憂し」(つらい)を身をも
      もって知っていますので、山城国の宇治の
      あたりは本当に住みにくく感ぜられます。

      源氏物語では、浮舟は薫と匂宮との三角関係
      となっている。

作者・・薫大将・浮舟=源氏物語の浮舟の巻の登場人物。

出典・・源氏物語浮舟の巻(樋口芳麻呂著「王朝物語秀歌
    選」)


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浮草の ひと葉なりとも 磯隠れ 思ひなかけそ
沖つ白波
                詠み人知らず

(うきくさの ひとはなりとも いそがくれ おもい
 なかけそ おきつしらなみ)

詞書・・不偸盗戒(ふちゅうとうかい)

意味・・浮き草の一葉でも、磯に隠れて欲しいと思う
    な、沖の白波よ。

    たとえ浮草の葉一枚といったわずかな物でも、
    こっそり隠れて人の物をかすめ取ろうといっ
    た考えを起こしてはならないよ、盗人よ。

 注・・浮草のひと葉=わずかな物でも、という意を
     暗示。
    磯隠れ=こっそりと、という意味を暗示。
    思ひなかけそ=「思ひかけ」はここでは欲し
     いと思うこと。「な・・そ」は禁止の表現。
    沖つ白波=盗賊のこと。中国の「後漢書」に、
     白波谷に賊がこもっていたという故事から
     山賊や海賊を「白波」という。
    不偸盗戒(ふちゅうとうかい)=盗みをしない、と
     いう戒め。

出典・・新古今和歌集・1963。


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白露は 消なば消ななむ 消えずとて 玉にぬくべき
人もあらじを            
                  詠み人知らず

(しらつゆは けなばけななん きえずとて たまに
 ぬくべき ひともあらじを)

意味・・白露なんか消えるなら消えてしまうがよい。
    消えずに残っていたとしても、玉に貫き通
    して大事にしそうな人もないでしょうから。

    ある男が、「こんなありさまでは、恋死に
    そうです」と女に言ってやったら、「死ぬ
    のなら死になさい。生きていたって甲斐の
    ないお方なんだから」と言って女がこの歌
    を詠んだもの。男はひどく失礼な、と思っ
    たけれども、恋心はいっそう募ったのであ
    った。

 注・・白露=男にたとえている。
    消(け)ななむ=消えてしまう方がいい
     でしょう。「なむ」は未然形に接続
     して願望を表す、・・してほしい。
    玉にぬく=玉として緒に貫き通す。
    人もあらじを=だれもあなたを相手に
     する人はあるまいから、の意。
 
出典・・伊勢物語・105段。


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杖さきに かかぐりあゆむ 我姿 見すまじきかも
母にも妻にも
                明石海人

(つえさきに かかぐりあゆむ わがすがた みす
 まじきかも ははにもつまにも)

意味・・杖にすがって歩く私のこんな姿は。母にも
    妻にも決して見せたくないものだ。

    療養所にいる時、病状が悪化して失明した
    頃、杖を頼りに初めて出かけた時に詠んだ
    歌です。

 注・・かかぐり=手探りで探し求める。
        見すまじき=見せるべきでない。
    かも=詠嘆の意を表す。・・だなあ。

作者・・明石海人=かあかしかいじん。1901~19
    39。ハンセン病を患い岡山県の愛生園で
    療養。手指の欠損、失明、喉に吸気管を付
    けた状態で歌集「白描」を出版。

出典・・歌集「白描」。


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秋の灯や ゆかしき奈良の 道具市    
                      蕪村

(あきのひや ゆかしきならの どうぐいち)

意味・・古都奈良の、とある路傍に油灯をかかげる古道具
    の市が出ている。さすがに仏都にふさわしく、仏像
    やさまざまな仏具も混じっていて、これらの品々に
    は年輪を得た古趣が感じられ、立ち去りがたい奥ゆ
    かしさがあるものだ。
 
作者・・蕪村=ぶそん。与謝蕪村。1716~1783。

出典・・あうふ社「蕪村全句集」。  


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今朝の朝明 雁が音聞きつ 春日山 もみちにけらし
我が心痛し 
                 穂積皇子

(けさのあさけ かりがねききつ かすがやま もみちに
 けらし わがこころいたし)

意味・・今朝の明け方、雁の鳴く声を聞いた。もう春日山
    は紅葉したらしい。雁の声を聞くにつけても、春
    日の紅葉を思っても、私の胸は痛む。

    もう雁の鳴く季節になり、紅葉する秋になった。
    この時にまで自分の志を成し遂げたいと思ってい
    たのに、それが出来ていない。私の心は痛んでく
    る。
    この歌の場合、但馬皇女(たじまのひめみこ)との
    悲恋といわれている。
    
作者・・穂積皇子=ほずみのみこ。天武天皇の第五皇子。
    715年没。

出典・・万葉集・1513。


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たのしみは 心をおかぬ 友どちと 笑ひかたりて
腹をよるとき
                   橘曙覧

(たのしみは こころをおかぬ ともどちと わらい
 かたりて はらをよるとき)

意味・・私の本当の楽しみは、気兼ねの要らない友達
    と談笑して、おかしさのあまり、腹の底から
    笑い腹の皮がよじれる時です。心を許せる友
    人がいるのは、なんと幸せなことでしょう。

作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~1868。早
    くから父母に死別し、家業を異母弟に譲り隠
    棲。福井藩の重臣と交流。

出典・・独楽吟(岡本信弘篇「独楽吟」)


*************** 名歌鑑賞 ****************


八重葎 しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 
秋は来にけり   
                 恵慶法師
             
(やえむぐら しげれるやどの さびしきに ひとこそ
 みえね あきはきにけり)

意味・・幾重にも葎(むぐら)の生い茂る寂しいこの家に、
    人は誰も訪れて来ないが、秋だけはいつもと変
    わらずにやって来た。

    詞書に「河原院にて、荒れた宿に秋の心を詠む」
    とあります。
    河原院は、源融(とおる)左大臣が建てた雅(みや
    び)やかで豪華な邸宅であったが、融の没後は荒
    れ果ててしまった。
 
    華やかな過去を思い出しながら、時の推移と共に
    現在の荒廃した姿の哀れさを詠んでいます。

 注・・八重葎=幾重にも茂った葎。「葎」はつる性の草。
     荒廃した邸(やしき)などに茂る。
    源融=みなもとのとおる。822~895。陸奥国塩釜
     の風景を模して作庭した六条河原院を造営。

作者・・恵慶法師=えぎょうほうし。生没年・経歴未詳。
    10世紀後半の人。
 
出典・・拾遺和歌集・140、百人一首・47。

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