名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2018年10月


*************** 名歌鑑賞 ****************


忘れじな 難波の秋の 夜半の空 こと浦に澄む 
月は見るとも
                宣秋門院丹後
 
(わすれじな なにわのあきの よわのそら ことうらに
 すむ つきはみるとも)

意味・・忘れないつもりです。この難波の浦の秋の夜の空
    のことは。たとえ将来、他の浦に住み、そこに澄
    んだ月を見るようになっても。

 注・・忘れじな=「じ」は打ち消しを表す語。「な」は
     詠嘆の語。忘れまいよ。
    難波の秋=難波の浦の秋。難波の浦は大阪市の海
     辺の古称。
    こと浦=違う浦。他の浦。
    澄む=住むを掛ける。

作者・・宜秋門院丹後=ぎしゅもんいんのたんご。生没年
    未詳。1207年頃の人。後鳥羽院中宮の女房(女官)。
 
出典・・新古今和歌集・400。


*************** 名歌鑑賞 ***************


風の音の 身にしむばかり 聞ゆるは 我が身に秋や
ちかくなるらん           
                  詠み人知らず
                 
(かぜのおとの みにしむばかり きこゆるは わがみに
 あきや ちかくなるらん)

意味・・風の音が身にしむほど冷たく悲しく聞えるのは、
    季節の秋とともに、私の身にあの人の「飽き」
    が近づいてきたからなのだろうか。

    男女の仲が疎遠になった頃詠んだ歌です。

 注・・我が身に秋=「季節の秋」と「あの人の飽き」
     を掛ける。
 
出典・・後拾遺和歌集・708。


*************** 名歌鑑賞 ****************


年をへて かよふ山路は かはらねど 今日はさかゆく
心地こそすれ      
                  良遷法師

(としをへて かようやまじは かわらねど けふは
 さかゆく ここちこそすれ)

意味・・何年にもわたって通っている、この比叡の山路
    は変わらないが、今日のこの坂道を登ることは、
    一層栄えてゆく気持がするものだ。

    比叡山の天台座主になれた喜びを詠んだ歌です。

 注・・さかゆく=「坂行く」と「栄行く」を掛ける。
    天台座主(てんだいざす)=天台宗の頭の僧。
        
作者・・良遷選法師=りょうせんほうし。1064年頃没。
    67歳くらい。比叡山延暦寺の住持。

出典・・金葉和歌集・528。
 


*************** 名歌鑑賞 ****************


ゆく秋の 大和の国の 薬師寺の 塔の上なる
一ひらの雲
                佐々木信綱
             
(ゆくあきの やまとのくにの やくしじの とうの
 うえなる ひとひらのくも)

意味・・秋がもう終わりをつげようとしている頃、
    大和の国の古い御寺、薬師寺を訪ねて来て
    みると、美しい形相を誇って高くそびえる
    宝塔の上には、一片の白雲が静かに浮かん
    でいて、旅愁をいっそう注がれる。
    
    うるわしい大和(奈良)の逝く秋を惜しむ気
    持と、1300年の歴史を刻んだ古典的な味わ
    いのする高塔と、その上にある一片の雲を
    通して感触する旅愁を詠んでいます。
    
 注・・ゆく秋=晩秋。秋の暮れ行くのを惜しむ心
     がこもっている。四季の中で春と秋とは
     過ぎ去るのが惜しい季節なので「行く春」
     「ゆく秋」と詠まれる。
    大和=日本国、ここでは奈良県。
    薬師寺=奈良市西の京にある古寺。730
     年に建造。塔は高さ38m。各階に裳階(も
     こし)があるので六重塔に見えるが三重塔。
     塔の上には相輪が立ち、さらにその上部
     に水煙の飾りがある。

作者・・佐々木信綱=ささきのぶつな。1872~1963。
    国文学者。歌集に「思草」「新月」の他「校
    本万葉集」。

出典・・歌集「新月」(武川忠一編「和歌の解釈と鑑賞
    辞典」)


*************** 名歌鑑賞 ****************


薄霧の 晴るる朝けの 庭みれば 草に余れる
秋の白露
               永福門院
             
(うすぎりの はるるあさけの にわみれば くさに
 あまれる あきのしらつゆ)

意味・・薄霧が晴れて行く明け方の庭を見ると、
    草にこぼれるほどに置いている秋の白露
    の美しいことだ。

 注・・あさけ=朝明。夜明け。

作者・・永福門院=えいふくもんいん。1271~13
    42。伏見天皇中宮。鎌倉・南北朝期の歌人。
 
出典・・玉葉和歌集。


************** 名歌鑑賞 ****************


手を折りて うち数ふれば この秋も すでに半ばを
過ぎにけらしも               
                  良寛

(てをおりて うちかぞうれば このあきも すでに
 なかばを すぎにけらしも)

意味・・(病気になって、人の家にお世話になっていたが)
     指を折って数えて見ると今年の秋も、もう半分
     過ぎてしまったようだ。(早く治って元気にな
     りたいものだ)

     病気になって人のお世話になっている時に詠ん
     だ歌です。
 
 注・・けらしも=「けり」と言い切ってよいところを婉
     曲(えんきょく)に表現したり、詠嘆的に軽く推
     量する意を表す。・・したのだったなあ。
 
作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。
 
出典・・谷川敏郎著「良寛全歌集」。


*************** 名歌鑑賞 ***************


白玉か なにぞとひとの 問ひしとき 露とこたへて
消なましものを
                  在原業平

(しらたまか なにぞとひとの といしとき つゆと
 こたえて けなましものを)

意味・・草の上にきらきらと光るあれはなんですか、
    真珠ですかと、あの人が問うた時、あれが
    はかない露ですよと答えて、その露の消え
    るように死んでしまったらよかったであろ
    うに。

    伊勢物語六段(下記参照)に出てくる歌です。
    はかない死を遂げた女性の、草の露を見て
    「白玉かなにぞ」と問いかけたいじらしさ
    と、死ぬと分っていたら、自分の方が露と
    消えて死にたかった、もっと何かしてあげ
    ていればよかったと嘆く作者です。

 注・・白玉=真珠。
    露=はかなく消えるものとしていっている。
    消なまし=「消」は「消え」の約音。伊勢
     物語では「消え」となっている。

作者・・在原業平=ありわらのなりひら。824~880。
    従四位上・左近近衛権中将。

出典・・新古今和歌集・851、伊勢物語六段。

伊勢物語六段、参考です。
昔、ある男がいた。その男は、容易に我が物に出来そ
うもなかった女を、幾年にもわたって求婚し続けてい
たが、やっとのことで、その女を連れ出して、夜の闇
にまぎれて逃げて行った。芥川という川のあたりを連
れて逃げて行ったところが、草の上に置いている露を
見て、女は「あれは何ですの」と男に尋ねた。
行く先遠く、夜も更けてしまったので、その上雷まで
もたいそうひどく鳴り、雨も激しく降って来たので、
鬼の住んでいる所とも知らずに、荒れ果てた蔵に、先
ず女を奥におし入れて、男は、矢を持ち戸口で番をし
ている。早く夜が明ければよいが、と思い続けて見張
っているうちに、鬼が、あっという間に女を一口に食
ってしまった。「あれえ」と女は叫んだけれども、雷
鳴にかき消されて、男は、その悲鳴を聞きつけること
が出来なかった。次第に夜も開けてきたので、あたり
を見ると、連れてきた女もいない。男は地団駄踏んで
泣くけれども、何の甲斐もない。その時詠んだ歌です。
「白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなまし
ものを」
(昨夜、あの光るのは白玉かしら何かしら、とあの人が
尋ねた時、あれは露ですよと答えて、私もその露のよ
うに消えてしまったらよかったものを)


*************** 名歌鑑賞 ***************


筑波嶺の 峰のもみじ葉 落ち積り 知るも知らぬも
なべてかなしも          
                 詠人知らず

(つくばねの みねのもみじば おちつもり しるも
 しらぬも なべてかなしも)

意味・・筑波山の峰のもみじ葉が沢山散り重なっている
    ように、美しい女性が大勢集まっており、すで
    に知っている女性も、まだ知らない女性もすべ
    て愛(いと)しく思われます。

    春秋の二回、男女が集まって舞う行事で詠まれ
    た歌です。
    
 注・・筑波嶺=茨城県筑波山。
    知るも知らぬも=私が知っている人も知らない
     人も。
    なべて=すべて。
    かなし=愛し。いとおしい。

出典・・古今和歌集・1096。


************** 名歌鑑賞 ***************


霧たちて 雁ぞなくなる 片岡の 朝の原は 
もみぢしぬらむ
                詠み人しらず

(きりたちて かりぞなくなる かたおかの あしたの
 はらは もみじしぬらむ)

意味・・空には霧が立ち込め、雁の鳴き声が聞こえて来る。
    秋も深くなったから片岡の朝(あした)の原の木々
    はきれいに紅葉したことであろう。

    霧の立ち込めた朝の静けさ。こんな雰囲気で見る
    美しい紅葉です。

 注・・片岡=奈良県北葛城郡王寺町の一部。
    朝の原=場所不明。
 
出典・・古今和歌集・252。


*************** 名歌鑑賞 ****************


我が恋は 松を時雨の 染めかねて 真葛が原に
風さわぐなり
                 慈円

(わがこいは まつをしぐれの そめかねて まくずが
 はらに かぜさわぐなり)

意味・・私の恋は、松を時雨が紅葉させることが出来ない
    でいるように、思う人をなびかせることが出来ず、
    真葛が原に、葛の葉の裏を白々と見せながら風が
    騒いでいるように、私はそれを恨んで心が乱れて
    いる。

 注・・松を時雨の染めかねて=松は常緑木で時雨も染め
     て紅葉出来ない「松」に、なびかせることの出
     来ない恋人を暗示し「時雨」を自分に暗示。
    真葛=真は美称の語、葛はマメ科の植物で裏は白
      っぽい。風が吹いて葛が白っぽい裏を見せる
      ので、恨み(裏見)で心の落ち着かない状態を
      暗示。

作者・・慈円=じえん。1155~1225。天台座主。

出典・・新古今和歌集・1030。 

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