名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2018年10月


*************** 名歌鑑賞 ****************


山がつと いひなくたしそ よにふれば たれも嘆きを
こる身なりけり
                   村田晴海
                
(やまがつと いいなくたしそ よにふれば たれも
 なげきを こるみなりけり)

意味・・山住まいの下賎な者と見下して、けなさないで
    ください。、投木を樵(こ)る身の上なのですか
    ら、長くこの世で生きていると私だってこの世
    の嘆きくらい知っていますよ。

    「嘆きを知る」は風流な心をもつということで、
    和歌も詠めることを言っています。
    
 注・・山がつ=山賎。木こりなど、山里に住む身分の
     低い人。
    いひなくたしそ=言ひな腐しそ。「くたし」は
     物を腐らす、気持を損なう、けなす。「な・
     ・・そ」は動作を禁止する意を表す。
    よにふれば=世に経れば。この世に生き続ける。
    嘆き=「投木(薪のこと)」を掛ける。
    こる=伐る、樵る。木を切る。「凝る(熱中する・
     深く思い込む)」を掛ける。

作者・・村田晴海=むらたはるみ。1746~1812。賀茂真
    淵門下。国学者。
 
出典・・琴後集(小学館「近世和歌集」)


**************** 名歌鑑賞 ****************


薄霧の 晴るる朝けの 庭みれば 草に余れる
秋の白露
                永福門院
             
(うすぎりの はるるあさけの にわみれば くさに
 あまれる あきのしらつゆ)

意味・・薄霧が晴れて行く明け方の庭を見ると、
    草にこぼれるほどに置いている秋の白露
    の美しいことだ。

 注・・あさけ=朝明。夜明け。

作者・・永福門院=えいふくもんいん。1271~1342。
    伏見天皇中宮。鎌倉・南北朝期の歌人。
 
出典・・玉葉和歌集。


**************** 名歌鑑賞 ****************


秋の夜の 月の光を 見るごとに 心もしのに 
古へ思ほゆ
                   良寛

(あきのよの つきのひかりを みるごとに こころも
 しのに いにしえおもおゆ)

意味・・秋の夜は、澄み切った月の光を見るたび、その昔、
    身を犠牲にして老人を救おうとした兎のことが
    しみじみと思われることだ。

    「月の兎」の題で詠んだ歌です。

    以下は参考です。(長いので暇の時に見て下さい)

    「月の兎」の話です。
    ずっと昔の時代にあったという。猿と兎と狐とが
    ともに暮らすことの約束をして、朝には一緒に野
    山をかけ回り、夕方には一緒に林へ帰って休んで
    いた。このようにしながら、年月がたったので、
    天帝がそのことをお聞きになって、それが事実で
    あるかどうかを知りたいと思って、老人に姿を変
    えてその所へ、よろめきながら行って言うことに
    は「お前達は種類が違うのに、同じ気持で仲良く
    過ごしているという。本当に聞いた通りである
    ならば、私の空腹をどうか救ってくれ」と言って
    杖を投げ出して座りこんだところ、「それは、た
    やすいことです」と言って、しばらくしてから、
    猿は後ろにある林から、木の実を拾って帰って来
    た。狐は前にある河原から、魚をくわえて来て、
    老人に与えた。兎は、あたりをしきりに飛び回っ
    たが、何も手に入れる事が出来ないまま帰って来
    たので、老人は「兎は気持が他の者と違って、思
    いやりがない」と悪し様に言ったので、かわいそ
    うに兎は心の中で考えて、言った事は「猿は柴を
    刈って来て下さい。狐はそれを燃やして下さい」
    と。二匹は言われた通りにした所、兎は炎の中に
    飛び込んで、親しくもない老人に、自分の肉を与
    えた。老人はこの姿を見るやいなや心もしおれる
    ばかりに、天を仰いで涙を流し、地面にひれ伏し
    ていたが、しばらくして、胸を叩きながら言った
    事は、「お前達三匹の友達は、誰が劣るというの
    ではないが、兎は特に心がやさしい」と言って、
    天帝は、兎のなきがらを抱いて月の世界の宮殿に
    葬ってやった。
    この話は、今の時代にまで語り続けられ、「月の
    兎」と呼ばれている。

 注・・しのに=しんみり。
 
作者・・良寛=1758~1831。
 
出典・・谷川敏郎著「良寛全歌集」。


*************** 名歌鑑賞 ***************


世の中は 左様でそうで ご尤も しかと存ぜず
おめでたいこと 
                
(よのなかは さようでそうで ごもっとも しかと
 ぞんぜず おめでたいこと)

意味・・世渡りのうまい人間は、上司や力のある人物
    が言うすべてのことに、「そのとおり」「そ 
    うです」「おっしゃることはごもっとも」と
    相づちを打ち、お上手を言う。微妙なことに
    なると「いやしっかりとは存じません。あの
    人に聞いて下さい」とふる。実にうまく立ち
    振る舞う。これですべてはうまくいき、出世
    するという。

    いつもお上手を言われている上司には、そう
    いう人物を評価して引き立てたりする。不器
    用な人物は、いつでも取り残されてしまう。
    だから、こういう歌が皮肉を込めて詠みつが
    れるわけである。この歌は江戸時代、田沼親
    子が権勢をふるっていた頃に流行ったという。
    もっとも、相手のことを否定してばかりして
    いては人間関係はまずくなる。「そうですね」
    と相づちを打つ効用を詠んでいる。

出典・・山本健治著「三十一文字に学ぶビジネスと人生
    の極意」。


**************** 名歌鑑賞 ****************


君待つと 我が恋ひ居れば 我が屋戸の 簾動かし
秋の風吹く
                              額田王

(きみまつと わがこいおれば わがやどの すだれ
 うごかし あきのかぜふく)

意味・・あの方のおいでを待って恋しく思っていると、
    家の戸口の簾をさやさやと動かして秋の風が
    吹いている。

    夫の来訪を今か今かと待ちわびる身は、かす
    かな簾の音にも心をときめかす。秋の夜長、
    待つ夫は来ず、簾の音は空しい秋風の気配を
    伝えるのみで、期待から失望に思いは沈んで
    行く。
 
    当時の貴族社会は一夫多妻制で、夫は妻の家
    に通っていた。

 注・・屋戸=家、家の戸口。

作者・・額田王=ぬかたのおおきみ。生没年未詳。万
    葉の代表的歌人。

出典・・万葉集・488。


**************** 名歌鑑賞 ****************


胸に刻む 言葉をひとつ 呟きて 佇てり秋風の
石塔の前
                峯村国一

(むねにきざむ ことばをひとつ つぶやきて たてり
 あきかぜの せきとうのまえ)

詞書・・東慶寺墓畔(注・太田水穂の墓がある)。

意味・・さびしさを誘う秋風が吹いている石塔は、それ
    は師太田水穂の墓である。師から教わって胸に
    刻んでいる言葉を、呟きながら佇(たたず)んで、
    師の冥福を祈っている。

    「胸に刻む言葉」は長い師弟の交わりで得た、
    座右の銘のような言葉であろう。経文の一句を
    誦するより、いっそう師の冥福を祈っているこ    
    とになる。

    生前の徳を讃えて冥福を祈る句、参考です。

    「未来までその香おくるや墓の梅」
         (意味は下記参照)

 注・・佇(た)てり=しばらく立ちどまる。
    東慶寺=鎌倉の東慶寺には太田水穂の墓がある。

作者・・峯村国一=みねむらくにいち。1888~1977。
           長野上田中学卒。八十二銀行重役。太田水穂に
    師事。

出典・・歌集「耕余集」(武川忠一篇「現代短歌鑑賞辞典」)

参考句です。

未来までその香おくるや墓の梅      
                   童門冬二

(みらいまで そのかおくるや はかのうめ)

意味・・墓参りに来たら、心地よい梅の香りがする。
    この香りは、墓の中に眠る人の徳であろう。
    しかもその徳は、未来にまで残したい家訓の
    ような徳である。生前の意志を継いで、その
    徳を守っていこう。

    家訓のような徳、例えば徳川家康の家訓。
   「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し
    急ぐべからず、不自由を常と思えば不足なし」

   (人間の一生は重い荷物を背負って遠い道を歩い
    ているのと似ている。従って、人生は忍耐し努
    力して一歩一歩着実に歩いていかなければなら
    ない。・・・・)


**************** 名歌鑑賞 ****************


憂きことを 思ひつらねて かりがねの 鳴きこそわたれ
秋の夜な夜な    
                   凡河内躬恒
          
(うきことを おもいつらねて かりがねの なきこそ
 わたれ あきのよなよな)

意味・・つらいことを一つ一つ思い連ねるように、
    雁が連なって鳴きながら秋の夜空を飛び
    渡って行く、毎夜のように。  
   
    雁を通して作者の人生苦が歌われている。
   「憂きこと」は恋の思いだけとは限らない。

 注・・憂きことを思ひつらねて=悲しい事を並べ
     たてて陳情し。「つらね」は「連らね」
     と「陳らね(述べ訴える意)」の意味を掛
     けている。
    かりがね=雁。
    夜な夜な= 毎夜毎夜。

作者・・凡河内躬恒=おうしこうちのみつね。生没年
    未詳、900年前後の人。古今和歌集の撰者の
    一人。
 
出典・・古今和歌集・213 。


**************** 名歌鑑賞 ****************


濁り江の すまむことこそ 難からめ いかでほのかに
影をだに見む
                  詠み人知らず

(にごりえの すまんことこそ かたからめ いかで
 ほのかに かげだにみん)

意味・・濁り江が澄まないように、あなたと一緒に住む
    ことは難しいでしょう。けれども、せめて水に
    映るあなたの仄(ほの)かな姿だけでも見ていた
    いのです。

 注・・濁り江=濁っている入り江。
    すまむ=「澄まむ」と「住まむ」を掛ける。
    ほのかに=仄かに。かすかに、ちょっとでも。

出典・・新古今和歌集・1053。


*************** 名歌鑑賞 ***************


国こぞり 力のもとに 靡くとは 過ぎし歴史の
ことにはあらず
                柴生田稔

(くにこぞり ちからのもとに なびくとは すぎし
 れきしの ことにはあらず)

意味・・国民が皆こぞって、権力をもって号令を掛け
    る側になびき従うというのは、決して過去の
    歴史のことではない。

    昭和10年に詠んだ歌です。「過去の歴史のこ
    とではない」と言い切って「現に日本人は皆
    従っているではないか」という心を言外に漂
    わしている。昭和10年は軍部が大陸に出兵し、
    軍国主義に従う風潮が日々に強まっていた時
    代です。

 注・・国こぞり=国内の者がこぞって。

出典・・歌集「青山」(本林勝夫篇「現代短歌鑑賞辞典」)
 


************** 名歌鑑賞 ***************


終宵秋風聞くやうらの山     
                  曾良

(よもすがら あきかぜきくや うらのやま)

意味・・旅で病み師と別れ、一人でこの寺に泊まったが
    一晩中ちっとも眠られず、裏山に吹く秋風の音
    を聞いたことだ。
    
    師である芭蕉と奥の細道を四ヶ月共に旅をして
    来たが、病状の身になり師と別れ全昌寺に泊ま
    った時に詠んだ句です。

    一人旅の不安と、師である芭蕉の身を案じ、眠
    られない想いを詠んでいます。
    芭蕉も一日遅れてここに泊まった時、一夜を隔
    てているだけであるが、寂しさのため、まるで千
    里も隔たっているように思われると言っています。
 
    全昌寺境内にこの句の句碑が建っています。
 
 注・・全昌寺=石川県大聖寺町にある禅寺。
 
作者・・曾良=そら。河合曾良。1649~1710。芭蕉に
    師事。「奥の細道」の旅に随伴した。
 
出典・・奥の細道。

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