名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2018年11月


*************** 名歌鑑賞 ****************


むかしたれ かかる狂歌の たねをまきて よしのの花も
らりになしけん
                    四方赤良

(むかしたれ かかるきょうかの たねをまきて よしのの
 はなも らりになしけん)

意味・・いったい昔、誰が狂歌の種などを蒔いてこんなに
    狂歌をはやらせ、吉野の花をもその題材にして、
    乱暴な詠みぶりで、目茶目茶にしてしまったのか。

    本歌、参考です。

   「昔たれ かかる桜の たねをうえて よしのを春    
    の 山となしけむ」          (意味は下記参照)

 注・・らり=乱離骨灰(らりこつばい)の略。目茶目茶に
     なること。

作者・・四方赤良=よものあから。1749~1823。支配勘
    定となった幕臣。江戸時代の狂歌師。

出典・・狂歌集「後万載」(小学館「日本古典文学・狂歌」)

本歌です。
 
昔たれ かかる桜の 花を植えて 吉野を春の
山となしけん
                藤原良経
 
(むかしたれ かかるさくらの はなをうえて よしのを
 はるの やまとなしけん)

意味・・桜といえば吉野というように、吉野は桜で有名な
    山になっているが、昔々この桜を植えて有名にし
    たのは一体誰なのだろうか。

作者・・藤原良経=ふじわらのよしつね。1169~1206。従
    一位太政大臣。新古今集の仮名序作者。

出典・・新勅撰和歌集・58。


*************** 名歌鑑賞 ***************


不吉なる ものの如くに 鈴懸の 葉はひるがへる
この曇日に 
                長沢一作

(ふきつなる もののごとくに すずかけの はは
 ひるがえる このくもりびに)

意味・・うっとうしい曇り日の午後湿ったような風が
    吹いている。街路樹の鈴懸の葉は風に騒ぎ立
    ち、ひるがえり葉裏の白い波が広がっている。
    見て居るとなんだか不吉なものに見えて来る。

    不吉なもの、すなわち何らかのの悪い兆候を
    感じ取った作者です。緊張感をもって、身の
    回りを眺め何か落ち度がないかと点検してい
    る作者が感じられます。

    古事記に出て来る歌、参考です。

    狭井河よ 雲立ち渡り 畝傍山 木の葉さやぎぬ
    風吹かむとす    (意味は下記参照)

 注・・鈴懸=プラタナス。高木落葉樹。街路樹や公園
     によく植えられる。葉は紅葉の形をしている。

作者・・長沢一作=なかさわいっさく。1926~2003。
    慶応義塾商業卒。佐藤佐太郎に師事。

出典・・長沢一作著「自解100歌選・長沢一作集」。
参考歌です。

狭井河よ 雲立ち渡り 畝傍山 木の葉さやぎぬ
風吹かむとす         
               伊須気余理比売
 
(さいがわよ くもたちわたり うねびやま このは
 さやぎぬ かぜふかんとす)

意味・・狭井河の方から雨雲が立ち広がり、畝傍山では
    木の葉がざわめいている。今にも嵐が吹いて来
    ようとしている。

    危険が押し寄せているので警戒してあたる事を
     促(うなが)した歌です。
    神武天皇の死後、皇位継承争いが起こり、継子
    (ままこ)が后の皇子を殺そうと計ったので、叙
    景に託して危急を知らせた歌です。

 注・・狭井河=奈良県桜井市を流れる川。


**************** 名歌鑑賞 ***************


朝まだき 嵐の山の 寒ければ 紅葉の錦
着ぬ人ぞなき
               藤原公任

(あさまだき あらしのやまの さむければ もみじの
 にしき きぬひとぞなき)

意味・・朝がまだ早く嵐山のあたりは寒いので、山から
    吹き降ろす風のために紅葉が散りかかり、錦の
    衣を着ない人はいない。

    紅葉の名所の嵐山の晩秋の景観を詠んでいます。

 注・・嵐の山=京都市右京区にある嵐山。嵐に山風を
     掛ける。

作者・・藤原公任=ふじわらのきんとう。966~1041。
    権大納言・従五位。漢詩文・和歌・管弦の三才
    を兼ねる。清少納言や紫式部らと親交。和漢朗
    詠集の編者。

出典・・拾遺和歌集・210


*************** 名歌鑑賞 ****************


世の中の うきをも知らで すむ月の かげはわが身の
心地こそすれ            
                  西行

(よのなかの うきをもしらで すむつきの かげは
 わがみの ここちこそすれ)

意味・・世間の辛い姿も知らずに空に澄みわたっている
    月は、我が身がそうありたいと思っている境地
    と同じような気持ちがする。
    
    理想とする像を澄み渡る月に求めた歌です。    
    西行の気持・理想像を考えて見ました。

    森鴎外の小説「高瀬舟」の一節です。

    「人は病があると、この病が無かったらと思う。
    その日その日が食えないと、食って行けたらと思う。
    万一の時に備える蓄えがないと少しでも蓄えがあった
    らと思う。
    蓄えがあっても、その蓄えがもっと多かったらと思う。
    斯くの如くに先から先に考えて見れば、人はどこまで
    行っても踏み留まる事が出来るものやら分からない」

    西行は、求めても求めても得られない苦しみ、この
          苦しみから逃れる事が出来たらと、思ったのだろうか。

 注・・うき=憂き、つらいこと。
 
作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。
 
出典・・歌集「山家集・401」。
 


*************** 名歌鑑賞 ****************


咳をしても一人    
                尾崎放栽
(せきをしても ひとり)

意味・・この庵に吹きつける冬の北風は想像以上に
    寒く、病気で衰弱した身体にはことさらに
    こたえる。今も激しい咳の発作に襲われて
    苦しんだが、咳をしてもここには看病して
    くれる人もいない。改めて全く一人である
    ことを痛感させられたことだ。
 
    孤独と言う事を、言うべき事のみ言った短
    律句で、死ぬ数ヶ月前に詠まれています。
    咳をした後の余韻がいつまでも残ります。

作者・・尾崎放栽=おざきほうさい。1885~1926。
    東大法学部卒。喉頭結核で死去。

出典・・句集「大空」(尾形仂篇「俳句の解釈と鑑賞
    辞典)


**************** 名歌鑑賞 ****************


今日も事なし凩に酒量るのみ
                山頭火

(きょうもことなし こがらしに さけはかるのみ)

意味・・今日も何事も無かったなあと、木枯らしの音を
    聞きながら、静かに酒を量っている。

    なんとなく不満であり、充足しない気分の今日
    この頃である。何かいい事が無いかなあ、胸が
    ときめくような事が無いかなあと期待しつつ、
    今日も普通の日と変わらずに過ぎた。寒い木枯
    らしが吹く中、細々と酒を量って売っている、
    平々凡々の一日であった。

    ありふれた何でも無い様な状態が、実は、いか
    に「幸福」な状態かを詠んだ句です。
    ある日突然の、大きな病気や怪我・仕事の失敗・
    リストラ・地震や火事・・、この様な不幸事を
    経験すると、平々凡々と過ごせたあの頃に戻っ
    てほしい・・。

 注・・酒量る=この歌の時期は、酒造業を営んでいた
    ので、酒を量って売るの意。

作者・・山頭火=さんとうか。1882~1940。本名種田
    正一。大地主の家に生れる。酒造業を継ぐ。父
    が放蕩して母が投身自殺。その後、種田家は破
    産。1925年出家して行乞流転。

出典・・金子兜太著「放浪行乞 山頭火120句」。


*************** 名歌鑑賞 ****************


見る人も なくて散りぬる 奥山の 紅葉は夜の
錦なりけり
                 紀貫之
                
(みるひとも なくてちりぬる おくやまの もみじは
 よるの にしきなりけり)

意味・・はやす人もいないままに散ってしまう山深い
    紅葉は、まったく夜の錦である。

    この奥山の紅葉は誰にも見てもらえないで、
    自然に散ってしまうが、それは人にたとえ
    れば、都で立身出世したにもかかわらず、い
    っこうに故郷に帰って人々に知らせないよう
    なもので、はなはだ物足りない。

 注・・夜の錦=「史記」の「富貴にして故郷に帰ら
     ざるは錦を着て夜行くが如し」を紅葉を惜
     しむ意に転じる。
     (いくら立身出世しても、故郷に帰って人々
     に知ってもらわなければ、人の目に見えな
     い夜の闇の中を錦を着て歩くようなもので
     つまらない)

作者・・紀貫之=きのつらゆき。866~945。土佐守・
    従五位。「古今集」の中心的撰者。
 
出典・・古今和歌集・297。


*************** 名歌鑑賞 ****************


み山辺に 時雨れてわたる 数ごとに かごとがましき
玉柏かな
                  源国信

(みやまべに しぐれてわたる かずごとに かごと
 がましき たまかしわかな)

意味・・山辺に時雨が降って通り過ぎるその度ごとに、
    愚痴を言っているかのような音をたてる柏の
    広葉であることだ。

    自分の気に食わないことがあったら、すぐに
    愚痴をいうお方だ。そんな事ではいけないの
    だぞ。

 注・・かごと=言い訳、愚痴。
    玉柏=柏木の美称。柏の広葉は枯れてもすぐ
     には落葉しない。

作者・・源国信=みなもとののぶくに。1111年没。43
    歳。正二位権中納言。
 
出典・千載和歌集・411。


*************** 名歌鑑賞 ****************


名にしおはば いざ尋ねみん 逢坂の 関路ににほふ
花はありやと
                  源実朝
             
(なにしおわば いざたずねみん おうさかの せきじに
 におう はなはありやと)

意味・・逢うという名を持っているならば、さあ、尋ねて
    みよう。逢坂の関の山路に美しく咲いている花に
    逢えるだろうか、と。

    同じ人が同じ花を見ても、心の状態により、同じ
    ように見えないものです。悲しい時に見る花は心
    を癒されるかも知れません。思い悩んでいる時は
    花は目に入らないかも知れません。嬉しい時は花
    を見て美しいと思うことでしょう。

    今自分が歩んでいるこの道は、いつか喜びをかみ
    しめて美しく花を見る事が出来るかどうか、尋ね
    て見たい。

 注・・逢坂=山城国(京都府)と近江国(滋賀県)の境。古
     く関所があった。
    関路=関所近くの路。
    にほふ=美しく色づく。
    ありやと=健在であるか。花は健在でそれに逢え
     るかの意。

作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~1219。28
    歳。12歳で三代将軍になる。鶴岡八幡宮で暗殺さ
    れた。

出典・・金槐和歌集。


*************** 名歌鑑賞 ***************


春雨の あやをりかけし 水のおもに 秋はもみぢの
錦をぞ敷く
                  道命法師
             
(はるさめの あやおりかけし みずのおもに あきは
 もみじの にしきをぞしく)

意味・・春雨が綾を織り懸けていた水面に、秋には
    紅葉が錦を敷いており、これまた美しい。
 
    春雨の綾織物と紅葉の錦との見立ての対比
    の面白さを詠んでいます。

 注・・春雨のあや=雨の降りそそぐ波紋を綾織物
     の文様に見立てた。
    錦=川面の紅葉を錦に見立てること。

作者・・道命法師=どうみょうほうし。974~1020。
    比叡山天王寺別当。中古三十六歌仙。

出典・・詞花和歌集・134。

このページのトップヘ