名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2018年11月


*************** 名歌鑑賞 ****************


大方の 秋の別れも 悲しきに 鳴く音な添えそ
野辺の松虫
               六条御息所
               
(おおかたの あきのわかれも かなしきに なくね
 なそえそ のべのまつむし)

意味・・一般的に秋との別れも悲しいのに、そのうえ
    私はあなたと別れねばならない。野辺の松虫
    よ、鳴き声を加えていっそう悲しませないで
    ほしい。

    光源氏が情が冷めて別れる時に六条御息所が
    詠んだ歌です。

 注・・大方=一般的に、だいたい。
 
作者・・六条御息所=ろくじょうおんそくしょ。源氏
    物語・賢木の巻きに出て来る光源氏のかって
    の恋人。
 
出典・・風葉和歌集。


************** 名歌鑑賞 ****************


雁なきて 菊の花さく 秋はあれど 春の海辺に 
住吉の浜
                 在原業平

(かりなきて きくのはなさく あきはあれど はるの
 うみべに すみよしのはま)

意味・・雁が鳴き菊の花が咲きかおる秋もよいが、この
    住吉の浜の春の海辺は実に住み良いすてきな浜
    だ。

 注・・秋はあれど=秋は面白くあれど、の意
    住吉の浜=大阪市住吉区の浜。地名に「住み良
     い浜辺」を掛けている。

作者・・在原業平=ありわらのなりひら。825~880。
    美濃権守・従四位上。六歌仙の一人。

出典・・伊勢物語・68段。


*************** 名歌鑑賞 ****************


道野辺に 阿波の遍路の 墓あはれ                                                                                                     高浜虚子
              
(みちのべに あわのへんろの はかあわれ)

意味・・成し遂げたい願いを秘めての阿波巡礼に旅立った
    お遍路さんだが、途中で病に倒れ身元不明のまま
    土葬され墓が建てられたのだろう。どんな願いを
    持っていたのであろうか。全く願いがかなえられ
    ずに無念の気持で死んでいったのであろう。あわ
    れに思われることだ。

 注・・道野辺=道ばた。
    阿波=今の徳島県。
    遍路=祈願のため四国八十八箇所を巡ること。巡礼。

作者・・高浜虚子=1874~1959。小説家。正岡子規と交際。


*************** 名歌鑑賞 ***************


桐の葉の 積もるがうへに うちそそぐ あしたの雨ぞ
秋の声なる
                   橘千蔭

(きりのはの つもるがうえに うちそそぐ あしたの
 あめぞ あきのこえなる)

意味・・桐の落ち葉が積もった上に降り注ぐ朝の雨の
    音は、まさに秋の声というのにふさわしい。

    桐の葉が一枚また一枚と散ることで秋の風情
    を知るというのが一般的だが、散り敷く桐の
    葉に雨が落ちる音に、秋の情緒を感じていま
    す。

作者・・橘千蔭=たちばなちかげ。1735~1808。賀
    茂真淵に師事。田沼意次(おきつぐ)の側用人。

出典・・歌集「うけらが花」(小学館「近世和歌集」)


*************** 名歌鑑賞 ****************


春といひ 夏と過ぐして 秋風の 吹きあげの浜に
冬は来にけり
                源実朝
              
(はるといい なつとすぐして あきかぜの ふきあげの
 はまに ふゆはきにけり)

意味・・春だといい、夏だといって過ごしているうちに、
    秋風が吹く吹き上げの浜に冬が来てしまった。

    一首のなかに春・夏・秋・冬を入れて詠んでい
    ます。

    参考歌です。
    昨日といひ今日と暮らして明日香川流れて早き
    月日なりけり  (意味は下記参照)

 注・・吹きあげの浜=和歌山県紀ノ川の河口一帯。

作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~1219。
    28歳。12歳で三代将軍になる。鶴岡八幡宮で
    暗殺された。
 
出典・・金槐和歌集・316。

参考歌です。

昨日といひ 今日と暮らして あすか川 流れてはやき
月日なりけり      
                   春道別樹
               
意味・・昨日といっては暮らし、今日といっては暮らして、
    また明日になる。飛鳥川の流れのように早い月日
    の流れであったことだ。

    「あすか川」は流れが早く、流路の定まらない
    飛鳥川のこと。「明日」を掛けている。歳末に
    一年を振り返っての感慨を詠んでいます。
 
作者・・春道別樹=はるみちのつらき。~920年没。壱岐守。
 
出典・・古今和歌集・341。


****************** 名歌鑑賞 ****************


落ちて行く 身と知りながら もみぢ葉の 人なつかしく
こがれこそすれ
                    皇女和宮

(おちてゆく みとしりながら もみじばの ひとり
 なつかしく こがれこそすれ)

意味・・燃えるような彩りの紅葉は、しかし、よく見ると
    風に舞って落ちてゆく。その身の不運を知りなが
    らも、その不運を嘆くだけでなく、その一葉一葉
    にも生命があり、それを燃やし尽くしている。

    私は、政略結婚でこれから嫁いで行くのだが、不運
    を嘆くのでなく、相手の心に打ち解け、いちずに
    恋慕い尽してゆかねばと思う。

    徳川将軍家茂(いえもち)に16歳で嫁いで行く道中
    で詠んだ歌です
 注・・なつかしく=心にひかれる。
    こがれ=焦がれ。いちずに恋したう。思い焦がれ
     る。

作者・・皇女和宮=こうじょかずのみや。1846~1877。
    31歳。政略結婚で14代徳川将軍家茂(いえもち)に
    嫁ぐ。
 
出典・・松崎哲久著「名歌で読む日本の歴史」。


*************** 名歌鑑賞 ***************


いつの間に 空のけしきの 変るらん はげしき今朝の
木枯しの風       
                  津守国基

(いつのまに そらのけしきの かわるらん はげしき
 けさの こがらしのかぜ)

意味・・いつの間に空の様子が変わったのであろうか。
    目覚めると、昨日とはうって変って激しく吹い
    ている、今朝の木枯しの風よ。

    季節感の変化に新鮮な驚きを感じて詠んでいま
    す。
    
 注・・木枯らし=初冬にかけて吹く、荒く冷たい風。

作者・・津守国基=つもりのくにもと。1102年没。80
    歳。従五位下、住吉神社の神主。
 
出典・・新古今和歌集・569。


*************** 名歌鑑賞 ***************


夕月夜 をぐらの山に 鳴く鹿の 声のうちにや 
秋は暮るらむ  
                紀貫之

(ゆうづきよ おぐらのやまに なくしかの こえの
 うちにや あきはくるらん)

意味・・夕月夜を思わせるなんとなく暗い小倉山で鹿が
    寂しそうに鳴いている。あの声とともに秋は暮
    れて行くのだろうか。

    秋の終わりの寂しさを鹿の声で表わしています。

 注・・夕月夜=夕方西の空に見えるかすかな月の意味
     で、ここは小倉山の枕詞。
    小倉山=京都大堰川の北にあり嵐山と対をなす。
    声のうちにや=声のしているうちに。
 
作者・・紀貫之=きのつらゆき。868~945。従五位・
    土佐守。古今和歌集の撰者。古今集の仮名序を
    著す。
 
出典・・古今和歌集・312。
 


*************** 名歌鑑賞 ***************


蛤の ふたみにわかれ 行く秋ぞ  
                    芭蕉

(はまぐりの ふたみにわかれ ゆくあきぞ)

意味・・これから行く桑名や伊勢は蛤の名産地だが、
    離れがたい蛤の蓋と身とが別れるように、今
    私は、見送りの人々と別れがたい名残り惜し
    さを感じながら、しかし、ここで懐かしい人
    人と別れて、伊勢の二見が浦を見に行くので
    ある。折から季節は秋も終わろうとしている
    晩秋の候で、別れの寂しさが一層身にしみて
    感じられることだ。
 
    伊勢の二見に行く時、見送りの人々に対して
    詠んだ歌です。
    
 注・・蛤=二見の枕詞。蛤は二見の名産。
    ふたみ=「蓋と身」に「二見が浦を見る」を
     掛ける。
    わかれ行く=「行く秋(晩秋)」を掛ける。
 
作者・・芭蕉=ばしょう。松尾芭蕉。1644~1694。
 
出典・・奥の細道。


唇の さむきのみかは 秋のかぜ 聞けば骨にも
徹る一こと
                橘曙覧

(くちびるの さむきのみかは あきのかぜ きけば
 ほねにも とおるひとこと)

物いへば 唇さむし 秋の風     芭蕉

意味(俳句)・・秋風の身にしみる今日このごろ、物を
      言うとその寒さが唇にこたえることだ。

      口はつぐんでいることにこしたことはない。
      人の短所や自分の長所をあれこれ言うと、
      後悔して唇に秋風の冷たさを感じさせる
      ことだ。
      転じて、余計なことを言えば災いを受け
      たり、対人関係がまずくなったりしがち
      だから口を慎めということ。

意味(和歌)・・芭蕉の「物いえば・・」の俳句は秋風
      の寒さが唇にこたえるというだけではなく、
      よくよく噛締めて味わうと骨にまで染み渡
      る味わいのある言葉である。人生において
      対人関係ほど大切なものはない。
 
作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~1868。家業
    を異母弟に譲り隠棲。本居宣長の高弟田中大秀
    に師事。福井藩主に厚遇される。
 
出典・・岩波文庫「橘曙覧全歌集」。

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