名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2019年03月


*************** 名歌鑑賞 ****************


いかばかり うれしからまし 面影に 見ゆるばかりの
あふ夜なりせば    
                  藤原忠家

(いかばかり うれしからまし おもかげに みゆる
 ばかりの あうよなりせば)

意味・・恋しい人の面影をいつも思い浮かべているが、
    面影に見るほど度々現実に逢う夜であったら
    どんなに嬉しいことであろうか。

作者・・藤原忠家=ふじわらのただいえ。1033~1091。
    大納言正二位。

出典・・後拾遺和歌集・736。


*************** 名歌鑑賞 ****************


いとけなし 老いてはよわりぬ 盛りには まぎらはしくて
ついにくらしつ       
                    明恵上人

(いとけなし おいてはよわりぬ さかりには まぎらわ
 しくて ついにくらしつ)
              
詞書・・人寿百歳七十稀ナリ、一分衰老一分痴、中心二十
    年事、幾多嘆キ咲キ幾多悲シム。この詩の心を詠
    める。

意味・・年老いて心は幼稚(痴呆)になり、身も弱ってしま
    った。盛りの時には心が他に紛れて最後までうか
    うか過ごしてしまったことだ。

    人生の意気盛んなときは20年ほどの間。その時期
    に恋や人との交わりなどでつまらない事に悩んで
    しまい、大事な時を充実せずに過ごしてしまった。
    悲しいことである。

    詞書は次の詩の心を詠む、です。

    人寿百歳 七十稀なり
    一分衰老 一分痴となる
    中心 二十余年の事
    幾多歓楽し(幾多嘆キ咲キ) 幾多悲しむ

    寿命百とは言いながら七十稀(まれ)よ
    たとえ古希まで生きたとしても
    一部は老いぼれ 一部はぼける
    人の盛りのわずかな年は
    喜びと悲しみの 繰り返し。

 注・・いとけなし=幼けなし。幼い。
    人寿百歳七十稀=出典未詳。「人生百歳七十稀」は
     白楽天の詩。
    一分衰老一分痴=一部分は老衰し、一部分は痴呆し
     てしまった。
    幾多嘆キ咲キ幾多悲シム=多く嘆いたり笑ったり悲
     しんだりしてきた。
    
作者・・明恵上人=みょうえしょうにん。1173~1232。8歳
    で母を失い、続いて父が戦死して孤児となる。伯父
    に頼って神護寺に入り16歳で出家。鎌倉時代の僧。 
    
出典・・明恵上人歌集(岩波書店「中世和歌集「鎌倉篇」)


*************** 名歌鑑賞 ****************


花を見て 花を見こりし 花もなし 花見こりしは 
今日の花のみ 
                 橘曙覧

(はなをみて はなをみこりし はなもなし はなみ
 こりしは きょうのはなのみ)

意味・・花を見て美しいので、また見に来ようと思って
    も次に来た時はもう美しい花はないものだ。

    美しい花を見て楽しめるのは今日のこの日の花
    だけである。一期一会と、只今現在のこの美し
    い花を存分にたんのうしょう。

    「花」の繰り返しの面白さもあります。

 注・・こり=凝り。深く思い込む、熱中する。
    一期一会=一生に一度の出会いのことで、人と
     の出会いは大切にすべきとの戒め。ここでは
     もともと茶道の心得を説いた言葉で、今日と
     いう日、そして今いる時というものは二度と
     再び訪れるものではない。その事を肝に銘じ
     て茶道を行うべきである、の意。
    たんのう=十分に満足する、心行くまで味あう。

作者・・橘曙覧=1812~1868。紙商の家業を異母弟に
    譲り隠棲。福井藩の重臣と親交。

出典・・岩波文庫「橘曙覧全家集」。


*************** 名歌鑑賞 ****************


春は花 秋には月と ちぎりつつ けふを別れと 
おもはざりけり
                藤原家経

(はるははな あきにはつきと ちぎりつつ けふを
 わかれと おもわざりけり)

意味・・春は花見に、秋は月見にというように、あなた
    と親交を結んで来ましたが、まさか今日の日が
    別れの日だとは思いもしませんでした。

    能因法師が伊予に下向する時に別れを惜しんで
    詠んだ歌です。

 注・・ちぎり=契り。約束、言い交わすこと。

作者・・藤原家経=ふじわらのいえつね。1001~1058。
    讃岐守・正四位下。

出典・・後拾遺和歌集・482。


*************** 名歌鑑賞 ****************


ももしきの 大宮人は いとまあれや 桜かざして
今日も暮らしつ
                  山部赤人

(ももしきの おおみやびとは いとまあれや さくら
 かざして きょうもくらしつ)

意味・・世の中は平和で、大宮人は暇があることだ。
    昨日も今日も一日中、桜の花を折りかざして
    遊び暮らしている。

    山部赤人は万葉時代の人で750年頃の人。
    一方、新古今和歌集は1205年に成立してい
    る。450前に詠まれた歌を撰んでいる。新古
    今の撰者は桜の元で遊べるほどの平和を望ん
    でいたのであろうか。

 注・・ももしきの=「大宮」の枕詞。
    大宮人=宮中に仕える人。
    あれや=あるのかなあ。「や」は詠嘆を表す。
    桜かざして=桜の花を髪や冠(かんむり)に挿
     して飾った。

作者・・山部赤人=やまべのあかひと。生没年未詳。
    奈良時代の歌人。

出典・・新古今和歌集・104。

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