名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2019年03月


*************** 名歌鑑賞 ****************


ほのぼのと 春こそ空に 来にけらし 天の香具山
霞たなびく        
                  後鳥羽院

(ほのぼのと はるこそそらに きにけらし あまの
 かぐやま かすみたなびく)

意味・・ほんのりと春が空に来ているらしい。今、
    天の香具山には、あのように霞が棚びいて
    いる。

    香具山を中心に、天地に広がってきている
    春の気配を詠んでいます。

 注・・ほのぼのと=ほんのりと。
    来にけらし=来たらしい。
    天の香具山=奈良県橿原(かしはら)市にある
    山。「天」は美称。

作者・・後鳥羽院=ごとばいん。1180~1239。82代
    天皇。鎌倉幕府の打倒を企て敗れて隠岐に流
    される「新古今集」の撰集を命じる。

出典・・新古今和歌集・2。




*************** 名歌鑑賞 ****************


忘るなよ たのむの沢を 立つ雁も いなばの風の
秋の夕暮れ        
                 藤原良経

(わするなよ たのむのさわを たつかりも いなばの
 かぜの あきのゆうぐれ)

意味・・田つづきの沢を飛び立って北に帰っていく雁も、
    帰っていったら、稲葉を風の吹き渡る秋の夕暮
    れを忘れないで、また来てくれよ。

 注・・たのむの沢=田の面の沢。田がずっと続いてい
     る田の面。
    いなば=稲葉。「往なば」を掛ける。

作者・・藤原良経=ふじわらのよしつね。1169~1206。
    従一位太政大臣。「新古今集」仮名序を執筆。

出典・・新古今和歌集・61。


*************** 名歌鑑賞 ****************


草枕 旅の宿りに 誰が夫か 国忘れたる
家待たまくに
              柿本人麻呂

(くさまくら たびのやどりに たがつまか くに
 わすれたる いえまたまくに)

詞書・・柿本朝臣人麻呂、香具山の屍を見て、悲しび
    て作る歌。

意味・・草を枕のこの旅先で、いったい誰の夫なので
    あろうか。故郷へ帰るのも忘れて臥せってい
    るのは。妻はさぞ帰りを待っていることであ
    ろうに。

    現在では野垂れ死にする人はいない。それに
    変って交通事故で亡くなる人が多い。夫の死
    を知らない間は、夕食のご馳走を作って待っ
    ているのだろうが。

 注・・草枕=「旅」の枕詞。ここでは、草を編んで
     作った枕で寝ることで、侘しい旅を暗示し
     ている。
    旅の宿り=旅先での仮寝。「宿り」は我が家
     以外で泊ること。
    待たまく=「まく」は推量の助動詞「む」に
     接尾後の「く」がついたもので、「待たむ」
     の未然形。待っていることだろう。

作者・・柿本人麻呂=かきのもとひとまろ。生没年未
    詳。710年頃亡くなった宮廷歌人。

出典・・万葉集・426。


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み吉野は 山もかすみて 白雪の ふりにし里に 
春は来にけり 
                藤原良経

(みよしのは やまもかすみて しらゆきの ふりにし
 さとに はるはきにけり)

意味・・吉野は山も霞むようになり、白雪の降っていた
    この旧里にも春が訪れてきたことだ。

    寂(さび)れた古都だが、雪が融け春のきざしに
    明るさがやって来た事を詠んでいます。

 注・・ふりにし里=ふりは「降り」と「旧り」を掛ける。
    旧りにし里=奈良時代のその昔に、吉野宮滝付近に
     離宮があり、その地を「ふるさと」と言われた。

作者・・藤原良経=ふじわらのよしつね。1169~1206。
    従一位太政大臣。新古今の仮名序を執筆。
 
出典・・新古今和歌集・1。


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ゆく水の ゆきてかへらぬ しわざをば いひてはくゆる
鴨の川岸           
                   橘曙覧

(ゆくみずの ゆきてかえらぬ しわざをば いいてはくゆる
 かものかわぎし)

意味・・流れ去って行く川の水は元に戻らないのに、大水で
    川岸が崩れてしまったと悔い嘆げいている鴨川の岸
    辺であることよ。
  
    師匠が大事にしている急須を借りたのだが、誤って
    割ってしまったことを詫びて詠んだ歌です。

    大切にされていた急須ですが、割ってしまって後悔
    しても元の姿には返りません。私は後悔するよりも
    その後の処置を適切にしてお詫びを申し上げます。
    急須を割った事に対してどうかお許し下さい。

 注・・しわざ=仕業、行為。
    くゆる=「悔ゆる」と「崩ゆる」の掛詞。

作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~ 1868。
    紙商に生れる。家業を異母弟に譲り隠棲。
    福井藩主に厚遇された。

出典・・岩波文庫「橘曙覧全家集」。


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ながれての 末をも何か 頼むべき 飛鳥の川の
あすしらぬよに     
                 永福門院

(ながれての すえをもなにか たのむべき あすかの
 かわの あすしらぬよに)

意味・・生きていく先のことなど、どうしてあてに
    できようか。渕瀬の変りやすい飛鳥川のよ
    うに、明日のことさえもわからない世の中
    なのに。

    明日の事は明日案じよ、明日は明日の風が
    吹くということです。

    参考歌です。

   「世の中は何か常なる飛鳥川昨日の渕ぞ今日
    は瀬になる」   (意味は下記参照)

 注・・ながれての=時がたってゆく。月日が流れる。
    頼む=あてにする、期待する。

作者・・永福門院=えいふくもんいん。1271~1342。
    藤原実兼(さねかね・太政大臣)の娘。伏見天
    皇の中宮。

出典・・永福門院百番歌合(岩波書店「中世和歌・鎌倉
    編」)

参考歌です。

世の中は なにか常なる 飛鳥川 昨日の渕ぞ
今日は瀬になる         
                詠み人しらず

意味・・この世の中は、いったい何が変わらないのか、
    不変のものは何一つない。飛鳥川の流れも昨
    日渕であった所が今日はもう浅瀬に変わって
    いる。

出典・・古今和歌集・933。


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身をしれば うらむることも なけれども 恋しき外に
袖もぬれけり
                    藤原為兼

(みをしれば うらむることも なかれども こいしき
 ほかに そでもぬれけり)

意味・・身のほどを知っているからあの人を恨むことも
    ないけれど、恋しい思い以外のことで、身の程
    を思う悔し涙に袖も濡れてしまいました。

    本歌は
   「身を知れば人の咎とはおもはぬにうらみがお
    にもぬるる袖かな」です。(意味は下記参照)

作者・・藤原為兼=ふしわらのためかね。1254~1332。
    権中納言にまでなるが失脚して佐渡に配流され
    る。
 
出典・・金玉歌合(岩波書店「中世和歌集・鎌倉篇」) 

本歌です。

身をしれば 人の咎とも おもはぬに うらみがほにも 
ぬるる袖かな           
                  西行
(みをしれば ひとのとがとも おもわぬに うらみ
 がおにも ぬるるそでかな)

意味・・身の程を知るゆえ、あの人のつれなさを悪い
    とは思わないのに、まことに恨みがましい様
    子の涙で濡れる私の袖だ。

    取るに足りない身なので、冷淡な仕打ちを受ける
    のも仕方がないと思いつつ、恨まずにいられない
    悔しい気持を詠んでいます。
    
 注・・咎(とが)=欠点、罪。
 
出典・・新古今和歌集。


*************** 名歌鑑賞 ****************


み吉野は 春のけしきに かすめども むすぼほれたる
雪の下草          
                  紫式部

(みよしのは はるのけしきに かすめども むすぼ
 おれたる ゆきのしたぐさ)

意味・・み吉野はすっかり霞んで春景色になっているが、
    降り積もった雪の下の草は固く結ばれたままで、
    まだ芽を出していない。

    雪の下草は、一条天皇の中宮彰子の女房として
    出仕しているが他の女房に嫉妬されている作者
    自身を暗示しています。

 注・・むすぼほれたる=根がもつれてほどけないでい
     る。心がふさいで晴れない。
    雪の下草=雪に覆われて地下に埋まっている草。
    女房=高位の女官。

作者・・紫式部=むらさきしきぶ。生没年未詳。1013以
    降の没。源氏物語の作者。

出典・・樋口芳麻呂校注「王朝秀歌選」。


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草の戸も 住み替はる代ぞ ひなの家    
                    芭蕉

(くさのとも すみかわるよぞ ひなのいえ)

意味・・このみすぼらしい草庵も、人の住み替わる時が
    やって来た。新しく住む人は、世捨て人みたいな
    自分と違って弥生(三月)の節句には雛も飾ること
    であろう。こんな草庵でも移り替わりはあるもの
            だ。
    
    旅立ちに際して芭蕉庵を人に譲った時に詠んだ句
    です。
    
    方丈記の一節、参考です。

    「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水に
    あらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ
    結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の
    中にある人と栖(すみか)と、またかくのごとし」

作者・・芭蕉=ばしょう。1644~1695。

出典・・おくの細道。


*************** 名歌鑑賞 ****************


よる波も 匂ふ入江の 梅柳 いづれのかげに 
舟はとどめむ
              村田晴海

(よるなみも におういりえの うめやなぎ いずれの
 かげに ふねはとどめん)

意味・・波は梅と柳の匂う入江のほとりに打ち寄せて
    いる。そのどちらの木陰に舟を泊めようか。

    梅の咲いてる浜辺に舟を着けようか、それと
    も若葉が薫る柳のある入り江に着けようか。

作者・・村田晴海=むらたはるみ。1746~1811。干
    鰯問屋の家業の没落により歌人・国学者とし
    の生活を送る。

出典・・歌集「琴後集」(小学館「近世和歌集」)

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