名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2019年07月


*************** 名歌鑑賞 ****************


忘れ草 しげれる宿を 来て見れば 思ひのきより
生ふるなりけり      
                 源俊頼

(わすれぐさ しげれるやどを きてみれば おもい
 のきより おうるなりけり)

意味・・あなたが私を忘れるという名の忘れ草が茂って
    いるあなたの宿を尋ねて来て見ると、あなたの
    「思い退き」という軒から生えているのだった。

    かっての恋人から忘れられるようになったが、
    気持が遠のいている事が確認できたので自分も
    諦めがついた、という事を詠んだ歌です。

 注・・忘れ草=萱草、忍草、恋人を忘れる比喩。
    思ひのき=思ひ退き(気持が遠ざかる)の意に
     軒を掛ける。

作者・・源俊頼=みなもとのとしより。1055~1129。
    金葉和歌集の撰者。

出典・・金葉和歌集・439。



生ける者 遂にも死ぬる ものにあれば この世にある間は
楽しくをあらな      
                   大伴旅人

(いけるひと ついにもしぬる ものにあれば このよに
 あるまは たのしくをあらな)

意味・・生きる者はいずれ死ぬのだから、この世
    に生きている間は酒を飲んで楽しく過ご
    したいものだ。

    題意は「酒を讃(ほ)める歌」です。
    作歌動機は大宰府に伴った妻と死別して
    悲嘆と失望にあり、酒でまぎらわせよう
    としたものです。
    楽しむには、楽しみの方向に常に向いて
    おくのが大切。楽しみや喜びには苦労が
    伴っているのも事実なので、苦労は買っ
    てでもすることに通じます。

作者・・大伴旅人=おおとものたびと。665~731。
    太宰帥(そち)を経て大納言。

出典・・万葉集・349。


*************** 名歌鑑賞 ****************


いつはりの なき世なりせば いかばかり 人の言の葉
うれしからまし             
                    詠人知らず

(いつはりの なきよなりせば いかばかり ひとの
 ことのは うれしからまし)

意味・・この世にもし虚偽(きょぎ)というものが
    なかったならば、人がささやく優しい言
    葉がどんなに嬉しく感じられるだろうか。

    恋人の嬉しい言葉も、手放しには信じら
    れないのが悲しい、という気持を詠んで
    います。

 注・・世=男女の仲。

出典・・古今和歌集・712。


*************** 名歌鑑賞 ****************


稚ければ 道行き知らじ まひはせむ したへの使
負ひて通らせ
                   山上憶良
            
(わかければ みちゆきしらじ まいはせん したえの
 つかい おいてとおらせ)
意味・・私のかわいいかわいい子は突然死にました。あの
    子はまだ幼い子供ですから、冥土へ行く道の行き
    方を知りますまい。冥土からお迎えに来られた
    お役人さんよ、私は貴方にどっさり贈り物をいた
    しますから、どうか脚の弱いあの子を負んぶして
    冥土へおつれ下さいませ。
    
    長歌の一部です。
    明星の輝く朝になると、寝床のあたりを離れず、
    立つにつけ座るにつけ、まつわりついてはしゃぎ
    まわり、夕星の出る夕方になると「さあ寝よう」
    と手にすがりつき、「父さんも母さんも離れない
    で真ん中に寝る」とかわいらしく言うので、早く
    一人前になってほしい・・。
    長歌では憶良がひたすらわが子の成長を楽しんで
    いる様子が描かれ、その後に急死した悲しさが詠
    まれています。
    人が死ぬと冥土から迎えの使いが来ると信じられ
    ていた時代の歌です。
 注・・まひ=幣。謝礼として神に捧げたり、人に贈る物。
    はせむ=馳せむ。急いで・・する。
    したへ=下方。死者の行く世界、黄泉の国。
    通らせ=「せ」は尊敬の語。
作者・・山上憶良=やまのうえのおくら。660~733。遣唐
    使として3年渡唐。筑前守。大伴旅人と親交。
 
出典・・万葉集・905。



*************** 名歌鑑賞 ****************


我が背子は いづく行くらむ 沖つ藻の 名張の山を
今日か越ゆらむ  
                当麻真人麻呂の妻

(わがせこは いずくゆくらん おきつもの なばりの
 やまを きょうかこゆらん)

意味・・夫はどのあたりを旅しているのであろう。
    名張の山を今日あたり越えていることで
    あろうか。

    伊勢行幸に従事した夫を思う妻の歌。名
    張を取り上げたのは、名張が畿内の限界
    で、この地の山を越えると異郷の伊賀の
    国だったため。

 注・・背子=妻が夫を女性が恋人を呼ぶ語。
    沖つ藻=「名張」の枕詞。
    名張=三重県名張市。

作者・・当麻真人麻呂の妻=たぎまのまひとまろのめ。
    伝未承。四位の官人。

出典・・万葉集・43。
 


薮入りや 何も言わずに 泣き笑い   
                   
(やぶいりや なにもいわずに なきわらい)

意味・・奉公人が主人から休みをもらって、喜び勇んで
    帰って来た。親と対面したものの、楽しい思い
    出より辛く苦しいことばかり。話せば親を悲し
    ませると思うと何も言えない。只泣き笑いする
    ばかりだ。

    一方、息子の帰りを首を長くして待っている両
    親、特に親父は朝からソワソワ、いえ、前の晩
    から、いやいやそのず~っと前からソワソワ。
    有り金を叩いて、ああしてあげたい、こうして
    あげたい、暖かい飯に、納豆を買ってやって、
    海苔を焼いて、卵を茹でて、汁粉を食わせてや
    りたい。刺身にシャモに、鰻の中串をご飯に混
    ぜて、天麩羅もいいがその場で食べないと旨く
    ないし、寿司にも連れて行きたい。ほうらい豆
    にカステラも買ってやりたい・・。
    そして三年ぶりに息子とのご対面は、「薮入り
    や何も言わずに泣き笑い」・・落語「薮入り」
    の一節です。

 注・・薮入り=商家で住み込んで働いている奉公人が
     年に二度、一月と七月の16日、一日だけ家
      に帰るのが許された。奉公始めは三年間は
      休みを貰えなかった。


*************** 名歌鑑賞 ****************

せきもあへぬ 涙の川は はやけれど 身のうき草は
流れざりけり     
                  源俊頼

(せきもあえぬ なみだのかわは はやけれど みの
 うきくさは ながれざりけり)

意味・・せき止められない我が涙は川となってたぎ
    り流れているが、浮草のような我が身の憂
    さは、ながれずにそのままでいることよ。

    身分の低い人に官位昇進の遅れをとって、
    嘆いた歌です。いくら泣いても憂さの晴れ
    ないくやしさの気持ちを詠んでいます。
       
 注・・あへぬ=敢へぬ、たえる、こらえる。
    身のうき草=「浮草」に「憂き」を掛ける。
    流れざり=憂さの消えないことの比喩。

作者・・源俊頼=みなもとのとしより。1055年頃生。
    75歳。左京権太夫。従四位。

出典・・金葉和歌集・609。


*************** 名歌鑑賞 ****************

我とわが こころのうちに 語らへば ひとりある日も 
友はあるもの        
                  橘曙覧
 
(われとわが こころのうちに かたらえば ひとり
 あるひも ともはあるもの)

意味・・私は自分の心と語り合っているので、私が一人
    でいる日でも語り合う友はいるので寂しくは
    ないものです。

    いつも考え、考えぬく生活をしているという
    ことです。
 
作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~ 1868。
    紙商に生れる。家業を異母弟に譲り隠棲。
    福井藩主に厚遇された。

出典・・岩波書店「橘曙覧全歌集」。


*************** 名歌鑑賞 ****************

老いぬれば さらぬ別れの ありといへば いよいよ見まく
ほしき君かな       
                    伊登内親王
              
(おいぬれば さらぬわかれの ありといえば いよいよ
 みまく ほしききみかな)

意味・・私もこの年になったので、永久の別れがいつ
    あるか分かりません。そのせいで、この頃は
    あなたにますます会いたくなりました。

    60歳の母親が36歳の子供に会いたくて詠んだ
    歌です。

 注・・さらぬ別れ=避らぬ別れ。人間として避けら
     れない別れ。死別。
    いよいよ=ますます。

作者・・伊登内親王=いとないしんのう。生没年未詳。
    桓武天皇の皇女。在原業平の母。

出典・・伊勢物語・84、古今和歌集・900。



*************** 名歌鑑賞 ****************


よの常に 思ふわかれの 旅ならば こころ見えなる 
手向けせましや          
                 藤原長能

(よのつねに おもうわかれの たびならば こころ
 みえなる たむけせましや)

意味・・通り一遍に思う別れの旅であったなら、こんな
    心底見えすいた餞別をしましょうか、大切な人
    との別れと思いますので、粗品(狩衣と扇)なが
    ら再会を期して進呈しました。どうか寸志をお
    受け下さい。

    詞書は田舎に下る人に餞別として、狩衣と扇を
    贈る時に詠んだ歌となっています。当時は送別
    の時に、「狩衣と扇」を餞別として贈り「また
    帰って来て会いましょう」の気持を表わした。
    これが、かえって通りいっぺんの贈り物と取ら
    れそうなので、この歌を添えて贈ったものです。

 注・・よの常の=世間普通の。
    こころ見え=心が見え見え、心底見えすいた。
    手向け=餞別。
    せましや=「や」は反語の助詞、手向けしませ
    んものを。
    狩衣(かりぎぬ)=もと鷹狩の時に用いたが常服
     になった。「帰り来ぬ」の意が掛けられている。
    扇=「逢う」の意を掛けて、再び再会を期する。

作者・・藤原長能=ふじわらのながとう/ながよし。949~
    1009。伊賀守。中古三十六歌仙の一人。
 
出典・・後拾遺和歌集。467。

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