名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2019年09月


 人住まぬ 不破の関屋の 板廂 荒れにし後は
ただ秋の風
               藤原良経
             
(ひとすまぬ ふわのせきやの いたびさし あれにし
 のちは ただあきのかぜ)

意味・・もう関守が住まなくなった不破の関の番小屋の板廂。
    荒れ果ててしまったあとは秋風が吹き抜けるばかりだ。

    かっては威勢がよかったが、荒廃してしまった不破の
    関のありさまに、人の世の無常と歴史の変転をみつめ
    ています。
    
 注・・不破の関屋=岐阜県関ヶ原にあった。675年に開設、
     789年に廃止された。「関屋」は関の番小屋。

作者・・藤原良経=ふじわらのよしつね。1206年没、38歳。
    従一位摂政太政大臣。「新古今集仮名序」を執筆。

出典・・新古今和歌集・1601。
 


 月は秋と 思ふりにし 空ながら  今さらしなに
 おどろかれぬる
                 慈円

(つきはあきと おもいふりにし そらながら いまさら
 しなに おどろかれぬる)

意味・・月はとりわけ秋のものだと、以前から思って
    きた空ではあるものの、今更のように更科の
    山に出た月の明るさに驚いたことだ。

 注・・今さらしなに=「今更」と「更科」を掛ける。
     更科は長野県更級郡で月の名所。

作者・・慈円=じえん。1155~ 1225。天台座主。

出典・・岩波書店「中世和歌集・鎌倉篇」


行く末の 月をば知らず 過ぎ来つる 秋またかかる 
影はなかりき            
                                            西行

(ゆくすえの つきおばしらず すぎきつる あきまた
 かかる かげはなかりき)

意味・・これから先、どんな明月とめぐり合うかどうかは
    分からない。過ぎ去った秋を振り返ってみても、
    このような美しい月をまたと見ることがなかった。

    今夜の月は一期一会と、明月の名月たらんとする
    事を、只今現在を存分に観賞しょう、という気持
    で詠んだ歌です。
    
 注・・一期一会=一生一度きりの出会いのことで、人と
     の出会いは大切にすべきという戒め。もともと
     は、茶道の心得の言葉(今日という日、そして
     今いる時というものは二度と再び訪れるもので
     はない。そのことを肝に銘じて茶会を行うべき
     だ)。

作者・・西行=1118~1190。
 


 高松の この嶺も狭に 笠立てて 満ち盛りたる 
秋の香のよさ
                詠人知らず
                 
(たかまつの このみねもせに かさたてて みち
 さかりたる あきのかのよさ)

意味・・高松のこの峰も狭しとばかりに、ぎっしりと
    傘を突き立てて、いっぱいに満ち溢(あふ)れ
    ているきのこの、秋の香りの何とかぐわしい
    ことか。

    峰一面に生えている松茸の香りの良さを讃え
    ています。

 注・・高松の嶺=奈良市東部、春日山の南の山。
    笠立てて=松茸の生えている姿を、傘を地に
     突き立てたと見た表現。
    秋の香=ここでは秋の香りの代表として松茸
     の香り。

出典・・万葉集・2233。


 慰むる 心はなしに 雲隠り 鳴き行く鳥の 
音のみし泣かゆ       
              山上憶良

(なぐさむる こころはなしに くもがくり なきゆく
 とりの ねのみしなかゆ)

意味・・あれこれと思い悩んで気が晴れることもなく、
    雲に隠れて飛んで行く鳥が声高く鳴くように
    私も声をあげて泣きたくなって来る。

    「年老いた身に病気を加え、長年苦しみながら
    子供を思う歌」という題で詠まれたものです。
    この歌の前に状況を説明した長歌があります。

    この世に生きてある限りは無事平穏でありたい
    し、障害も不幸もなく過ごしたいのに、世の中
    の憂鬱で辛い事は、ひどい傷に塩を振り掛ける
    というように、ひどく重い馬荷に上荷をどっさ
    り重ね載せるように、老いたわが身の上に病魔
    まで背負わされている有様なので、昼は昼で嘆
    き暮らし、夜は夜でため息をついて明かし、年
    久しく病み続けたので、幾月も愚痴ったりうめ
    いたりして、いっそうのこと死んでしまいたい
    と思うけれど、真夏の蝿のように騒ぎ廻る子供
    たちを放ったらかして死ぬことも出来ず、じっ
    と子供を見つめていると、逆に生の思いが燃え
    立って来る。こうして、あれやこれやと思い悩
    んで、泣けて泣けて仕方がない。

作者・・山上憶良=やまのうえおくら。660~733。
    遣唐使として渡唐。

出典・・万葉集・898。


 いざ歌へ 我立ち舞はむ ひさかたの 今宵の月に
寝ねらるべしや
                  良寛
                 
(いざうたえ われたちまわん ひさかたの こよいの
 つきに いねらるべしや)

意味・・さあ、あなたは歌いなさい。私は立って舞おう。
    今夜の美しい月を見て、寝ることが出来ようか、
    いや寝ることは出来ない。

    仲秋の名月の夜に友が来たので詠んだ歌です。

    童謡「証城寺」を思い出します。
    証 証 証城寺 証城寺の庭は ツ ツ 月夜だ みんな
    出て 来い来い来い おい等の友達ァ ぽんぽこ ぽ
    んの ぽん 負けるな ・・・

 注・・ひさかたの=天、月、光、空などの枕詞。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。

出典・・良寛歌集・1212。


 夕されば 門田の稲葉 おとづれて 芦のまろやに 
秋風ぞ吹く  
                 源経信
 
(ゆうされば かどたのいなば おとずれて あしの
 まろやに あきかぜぞふく)

意味・・夕方になると、家の前の門田の稲の葉にそよそよと
    音をさせて、芦ぶきの山荘に秋風が吹いて来る。

    田園の秋の風景を詠んだものです。
    まだ日中の暑さが残っている夕方、さわやかな風が
    吹いて来る。その秋風は稲葉を波うたせて吹いてお
    り、稲葉のそよぐ音が心地がよく、自分のいる山荘
    にも涼しさを運んでくるということです。

 注・・夕されば=夕方になると。
    門田=家の前の田。
    おとづれて=人を訪ねるの意であるが、本来は音を
       たてるの意。
    芦のまろや=芦で葺(ふ)いた粗末な仮小屋だが、ここ
       では経信の山荘のこと。

作者・・ 源経信=みなもとつねのぶ。1016~1097。大納言。

出典・・金葉和歌集・173、百人一首・71。


 わればかり もの思ふ人は またもあらじと  思へば水の 
下にもありけり
                     詠み人知らず
              
(わればかり ものおもうひとは またもあらじと おもえば  
 みずの したにもありけり)

意味・・私ほど悲しんでいる人はまたとあるまい。と思っていた
    ところ、まあ、この水の中にももう一人いたことでした。
 
    洗面時にたらいに映った顔を見て、恋に破れた女性が詠
    んだ歌です。

 注・・もの思ふ=思い悩む。

出典・・伊勢物語・27段。


 嬉しさや 大豆小豆の 庭の秋 
                     村上鬼城
              
(うれしさや だいずあずきの にわのあき)

意味・・嬉しいことだなあ、秋の収穫である大豆や
    小豆が庭一面に干し並べられているのを
    見ると。

    収穫までの行程は、種まきから草取り、施肥、
    土寄せなどと苦労をします。また、日照りなど
    の自然災害も乗り越えねばなりません。こうし
    た苦労の結果の収穫の喜びを詠んでいます。
    
作者・・村上鬼城=むらかみきじよう。1865~1938。
    耳疾に悩む。正岡子規門下。

出典・・村上鬼城句集。


 山城の 鳥羽田の面を 見わたせば ほのかに今朝ぞ
秋風は吹く
                 曾根好忠
           
(やましろの とばたのおもを みわたせば ほのかに
 けさぞ あきかぜはふく)

意味・・山城国の鳥羽の広々とした田んぼの上を見渡す
    と、ほのかに今朝秋風が稲穂の上を吹き過ぎて
    いくのが感じられる。

 注・・鳥羽=京都市伏見区。

作者・・曾根好忠=そねのよしただ。生没年未詳。1003
    年頃の活躍した人。

出典・・詞花和歌集・82

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