名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2019年09月


海ならず 湛へる水の 底までに 清き心は
月ぞ照らさん     
                菅原道真

(うみならず たたえるみずの そこまでに きよき
 こころは つきぞてらさん)

意味・・海どころでなく、さらに深く満ちている
    水の底までも清いというほどに清い私の
    心は、天の月が照らして、明らかに見て
    くれるだろう。

    菅原道真が右大臣の時に讒言(ざんげん)
    により大宰府に配流されて詠んだ歌です。
    心の奥底までの潔白さが誰にも見て貰え
    ない嘆きを、天に恥じない自負の高揚に
    転じて、自らを慰めたものです。

 注・・讒言=事実をまげ人を悪く言うこと。
    海ならず=海どころでなく。
    湛(たた)へる=満ちる、充満する。

作者・・菅原道真=すがわらのみちざね。903年没、
    59歳。従二位右大臣。当代随一の漢学者。

出典・・新古今和歌集・1699。
 


 夕月夜 心もしのに 白露の 置くこの庭に
こほろぎ鳴くも 
              湯原王
               
(ゆうづくよ こころもしのに しらつゆの おくこの
 にわに こおろぎなくも)

意味・・月の出ている夕暮れ、心がしんみりするほどに、
    白露のおりているこの庭で、秋の虫が鳴いてい
    るよ。

 注・・しのに=しみじみと、しんみりと。
    こほろぎ=当時は今のコオロギ・松虫・鈴虫・
     キリギリスなど秋に鳴く虫を総称した。

作者・・湯原王=ゆはらのおおきみ。生没年未詳。奈良
    時代の人。志貴皇子の子。
 
出典・・ 万葉集・1552。


村雨の 露もまだ干ぬ 槙の葉に 霧立ちのぼる
秋の夕暮れ      
                     寂蓮法師
        
(むらさめの つゆもまだひぬ まきのはに きり
 たちのぼる あきのゆうぐれ)

意味・・ひとしきり降った村雨が通り過ぎ、その雨
    の露もまだ乾かない杉や檜の葉に、早くも
    霧が立ちのぼって、白く湧き上がってくる
    秋の夕暮れよ。

    深山の夕暮れの風景。通り過ぎた村雨の露
    がまだ槙の葉に光っている。それを隠すよ
    うに夕霧が湧いて来て幽寂になった景観を
    詠んでいます。

 注・・村雨=にわか雨。
    露=雨のしずく。
    まだ干ぬ=まだ乾かない。
    槙(まき)=杉、檜、槙などの常緑樹の総称。

作者・・寂蓮法師=じゃくれんほうし。1139~1202。
     俗名は藤原定長。新古今集の撰者の一人。
    従五位上。

出典・・新古今集・491、百人一首・87。
 


時しもあれ 秋やは人の 別るべき あるを見るだに
恋しきものを      
                 壬生忠岑

(ときしもあれ あきやはひとの わかるべき あるを
 みるだに こいしきものを)

意味・・一年の季節もいろいろあるのに、ただでさえ
    もの悲しいこの秋に、人が永の別れを告げて
    いいのだろうか。そうではあるまい。生きて
    元気である友達を見ていても恋しくなるとい
    うのに。

    人の死別した当座のショックに基ずく歌です。

 注・・時しも=時もあろうに。「しも」は上接する
     語を強調する。
    やは=反語の意を表す。・・だろうか、いや
     ・・ではない。
    別る=離別する、死別する。
    ある=生きている、健在である。

作者・・壬生忠岑=みぶのただみね。生没年未詳。
    従五位下。古今集の撰者の一人。

出典・・古今和歌集・839。
 
 


 いつとても 恋しからずは あらねども 秋の夕べは
あやしかりけり
                   詠人知らず
              
(いつとても こいしからずは あらねども あきの
 ゆうべは あやしかりけり)

意味・・いつといって恋しくない時はないけれど、特に
    秋の夕暮れというのは不思議に人恋しいもので
    ある。

 注・・あやしかり=不思議なものだ。

出典・・古今和歌集・546。

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