名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2019年11月


 田子の浦ゆ うち出でて 見れば真白にぞ 富士の高嶺に
雪は降りける                
                    山部赤人
             
(たごのうらゆ うちいでて みればましろにぞ ふじの
 たかねに ゆきはふりける)

意味・・田子の浦を通って眺望のきく所へ出て見ると、
    真っ白に富士の高い峰に雪が降り積っている
    ことだ。

    作者の位置を明らかにしつつ、富士の景観を
    嘆美したものです。簡潔でよく形も整い、声
    調も張り満ちた歌になっています。

    「新古今集・675、百人一首・4」では、
    「田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の
    高嶺に 雪は降りつつ」と収められています。

 注・・田子の浦=駿河国(するが・静岡県)の海岸。
    白妙(しろたえ)=こうぞの木の繊維で織った布
     のように真っ白い状態をいう。富士の枕詞。
 
作者・・山部赤人=やまべのあかひと。生没年未詳。
    奈良時代の初期から中期の宮廷歌人。
 
出典・・万葉集・318。


 忘るるやと 物語りして 心遣り 過ぐせど過ぎず
なほ恋にけり
                詠み人知らず

(わするるやと ものがたりして こころやり すぐせど
 すぎず なおこいにけり)

意味・・忘れることもあろうかと、人と世間話などをして
    気を紛らわせて、物思いを消してしまおとしたが、
    一層恋心は募(つの)るばかりである。

    自分一人でじっとしているよりも、人と話してい
    るうちに気が紛れて来ることもあるから、世間話
    をしてやり過ごそうと思ったが、そうやって見て
    も、やはりあの人が恋しい。

    何か別の事に打ち込んでいる間に忘れてしまうと
    いう恋は本当の恋ではないのかも知れない。

 注・・忘るるやと=(恋の苦しみを)忘れる事が出来るか
     なあと。
    物語り=世間話をすること。
    心遣(や)り=心をそちらの方に向ける。

出典・・万葉集・2333。
 


 鏡にぞ 心は似たる しかはあれど 鏡は影を
とどめやはする
                   小沢蘆庵
        
(かがみにぞ こころはにたる しかはあれど かがみは
 かげを とどめやはする)

意味・・人の心は鏡に似るとよく譬えられる。人の顔は人
    の心をよく映すからだが、鏡は影を留めるだろう
    か。人がその前から去ればその影を留めないので
    ある。

    しかし人は違う。悲しみは悲しみを留め、特に恨
    みや憎しみは長く長く心に持ち続けるのである。
    鏡のようにありたいものだ。

作者・・小沢蘆庵=おざわろあん。1723~1801。漢学に
    優れ、管茶山・頼山陽らと交流。


 勢田の橋 その人とほく 去りて後 すてし扇を
見ほしがるかな 
                  橘曙覧

(せたのはし そのひととおく さりてのち すてし
 おうぎを みほしがるかな)

意味・・売れ残った扇は勢田の橋で捨てていたという池
    大雅が亡くなった後、その人の絵の価値を知っ
    た世の中の人は残念がって欲しがることだ。

   「池大雅」の題で詠んでいます。池大雅は南画の
    大家で、逸事奇聞が多く、売れ残った扇の画は
    瀬田の橋で捨てたという語り伝えが有ります。

作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~1868。紙商
    の家業を異母弟に譲り隠棲。福井藩主から厚遇
    された。

出典・・岩波文庫「橘曙覧全歌集」。


 さかゆけど 民のかまどや 思らし 平野の杉の
もとのちかひは
                 招月正徹

(さかゆけど たみのかまどや おもうらし ひらのの
 すぎの もとのちかいは)

意味・・平野神社の神は、神杉の誓詞のように、御代
    が栄えていても、庶民の生活の豊ならん事を
    思っていらっしゃるようだ。

    庶民生活の安定こそ神の本来の願いでありた
    い、ということを詠んだ歌です。

 注・・さかゆく=栄行く、ますます栄える。主語は
     為政者。
    民のかまど=庶民の生活。
    平野の杉=京都にある平野神社。この社の神
     杉は治世安民のしるしとされた。
    御代(みよ)=天皇の治世。

作者・・招月正徹=しょうげつせいてつ。1381~1459。
    室町中期の歌僧。

出典・・岩波書店「中世和歌集・室町篇」


 水鳥を 水の上とや よそに見む 我もうきたる 
世をすぐしつつ          
                紫式部
(みずとりを みずのうえとや よそにみん われも
 うきたる よをすぐしつつ)
意味・・水鳥は何の思い患うこともなく泳ぎ廻っている
    のだと、よそごとのように見ていられるだろう
    か。私だとて水に浮く鳥同様、華やかに浮いた
    宮中の生活を営みながら、水面下の水鳥のあが
    きのように憂き日々を送っている身なのだ。
 注・・よそ=余所、関係のないさま。
    うき=憂き、つらいこと。まわりの状況が思う
     にまかせず、気持がふさいでいやになるさま。
    「浮き」を掛ける。
作者・・紫式部=970頃~ 1016頃。藤原道長の娘・中宮
    彰子に仕えた。
出典・・千載和歌集・430。


 見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の
秋の夕暮れ
                 藤原定家
           
(みわたせば はなももみじも なかりけり うらの
 とまやの あきのゆうぐれ)
 
意味・・見渡すと、色美しい春の花や秋の紅葉もない
    ことだなあ。この海辺の苫葺き小屋のあたり
    の秋の夕暮れは。

    春秋の花や紅葉の華やかさも素晴らしいが、
    寂しさを感じさせるこの景色もまた良いもの
    だ。

    この歌は、後に「さび」「わび」と結びつい
    て賞賛されています。三夕(さんせき)の歌の
    一つです。

 注・・浦=海辺の入江。
    苫屋(とまや)=菅(すげ)や茅(かや)で編んだ
    むしろで葺(ふ)いた小屋。漁師の仮小屋。

作者・・藤原定家=ふじわらのさだいえ。1162~1241。
    新古今集の撰者。

出典・・新古今和歌集・363。


 あはれにも たえず音する 時雨かな とふべき人も
とはぬすみかに   
                  藤原兼房

(あわれにも たえずおとする しぐれかな とうべき
 ひとも とはぬすみかに)

意味・・感心にもたえず音がしている時雨だなあ。
    当然訪ねて来るはずの人だって、いっこう
    に音沙汰のないこの住みかに。

    来てほしくない時雨がやって来るが、来て音
    欲しい人は来ない。
    誰か遊びに来ないかなあ。

 注・・あはれ=しみじみとした趣、感心だ。
       音する=「訪ずる」を掛ける。

作者・・藤原兼房=ふじわらのかねふさ。1004~
    1069。播磨守・正四位。

出典・・後拾遺和歌集・380。


 芦の葉に かくれて住みし 津の国の こやもあらはに
冬は来にけり      
                  源重之

(あしのはに かくれてすみし つのくにの こやも
 あらはに ふゆはきにけり)

意味・・芦の葉に隠れて、津の国の昆陽(こや)に
    小屋を建てて住んでいたのだが、芦が霜
    枯れになって、小屋もあらわになり、気
    配もはっきりと、冬がやって来たことだ。

 注・・芦=イネ科の多年草、沼や川の岸で群落を
     作る、高さ2~3mになる。
    こや=小屋と昆陽(こや)を掛ける。昆陽は
     兵庫県伊丹市の地。

 作者・・源重之=みなもとのしげゆき。~1000。
    地方官を歴任。

 出典・・拾遺和歌集・223。


 世の中に おもひやれども 子を恋ふる おもひにまさる
おもひなきかな         
                   紀貫之

(よのなかに おもいやれども こをこうる おもいに
 まさる おもいなきかな)

意味・・世の中にある色々の悲しみや嘆きをあれこれ
    と思いめぐらして見るが、亡き子を恋い慕う
    嘆きにまさる嘆きはないものだなあ。

    土佐から帰国途中の四国の羽根という所で無
    邪気な子供を見ていると、任地で亡くした子
    供が悲しく思い出され、詠んだ歌です。

     参考歌です。
    北へゆく 雁ぞ鳴くなる 連れてこし 数は
    たらでぞ かへるべらなる(意味は下記参照)

作者・・ 紀貫之=きのつらゆき。868~945。土佐守。
    古今和歌集の撰者。仮名序を執筆。

出典・・土佐日記。

参考歌です。
北へ行く 雁ぞ鳴くなる つれてこし 数はたらでぞ 
帰るべらなる
                  詠人しらず
                      
(きたへゆく かりぞなくなる つれてこし かずは
 たらでぞ かえるべらなる)

意味・・春が来て北国に飛び帰る雁の鳴き声が聞こえて
    くる。あのかなしそうな鳴き声は、日本に来る
    時には一緒に来たものが、数が足りなくなって
    帰るからなのだろうか。

    この歌の左注に、「この歌の由来は、ある人が
    夫婦ともどもよその土地に行った時、男の方が
    到着してすぐに死んでしまったので、女の人が
    一人で帰ることになり、その帰路で雁の鳴き声
    を聞いて詠んだものだ」と書かれています。

 注・・べらなり=・・のようである。

出典・・ 古今和歌集・412。

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