名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2019年12月


わがまたぬ 年は来ぬれど 冬草の かれにし人は
おとづれもせず 
                 凡河内躬恒

(わがまたぬ としはきぬれど ふゆくさの かれにし
 ひとは おとずれもせず)

意味・・私が待ってもいない新年はもはや目の先
    まで来てしまったが、今時の枯葉同様に
    離(か)れてしまったお方は、訪問はおろ
    か手紙も下さらない。

    年をとると知友を懐かしむ気持ちになり、
    また、新年になるとまた年をとってしま
    うのか、という気持ちです。

 注・・冬草の=「かれ」に掛かる枕詞。
    かれ=「枯れ」と「離れ」を掛ける。
    おとづれ=便りをする。訪問をする。

作者・・凡河内躬恒=おうしこうちのみつね。
    生没年未詳、900年前後に活躍した人。
    古今集の撰者の一人。

出典・・古今和歌集・338。


 かにかくに 渋民村は 恋しかり おもひでの山
おもひでの川
                石川啄木
             
(かにかくに しぶたみむらは こいしかり おもいでの
 やま おもいでのかわ)

意味・・とにかくも故郷の渋民村が恋しい。あの思い出の
    岩手山と姫神山よ。あの思い出の北上川の清流よ。

    少年時代、朝夕仰いだ岩手山と姫神山の麗峰と北
    上川の清流は、たえず啄木の脳裏にあって、東京
    時代の都会の苦しい現実にあえぐ心を慰めてやま
    なかった。

 注・・かにかくに=とにかくも。
    おもひでの山=岩手山(岩手富士の愛称を持つ、
     2041m)と姫神山(1125m)。
    おもひでの川=北上川。延長369キロ。

作者・・石川啄木=いしかわたくぼく。1886~1912。26
    歳。岩手県生まれ。盛岡中学を中退後上京。代用
    教員や地方の新聞記者を経て朝日新聞の校正係り
    の職につく。

出典・・一握の砂。


 山鳥の ほろほろと鳴く 声聞けば 父かとぞ思ふ 
母かとぞ思ふ
                 行基菩薩
            
(やまどりの ほろほろとなく こえきけば ちちかとぞ
 おもう ははかとぞおもう)

意味・・山鳥がほろほろと鳴く声を聞いていると、父が
    呼ぶ声かとも母が呼ぶ声かとも思われまことに
    なつかしい。

    今は亡き父や母の慈愛をしのぶ歌です。

 注・・山鳥=キジ科の野鳥。

作者・・行基菩薩=ぎょうきぼさつ。668~749。大僧正。

出典・・玉葉和歌集。


 思わじと 思うも物を 思うなり 思わじとだに
思わじやきみ         
                沢庵

(おもわじと おもうもものを おもうなり おもわじ
 とだに おもわじやきみ)

意味・・思うまいと思い込むことも、そのことに
    とらわれて思っているということなので
    す。思うまいとさえ思わないことです。

    「思」の語を重ねて詠んだ歌として、
    「思ふまじ 思ふまじとは 思へども思
    ひ出して袖しぼるなり」があります。
     (意味は下記参照)

作者・・沢庵=たくあん。1573~1645。大徳寺
    の僧。

参考歌です。
思ふまじ 思ふまじとは 思へども 思ひ出だして
袖しぼるなり          
                 良寛

意味・・亡くなった子を思い出すまい、思い出すまい
    とは思うけれども、思い出しては悲しみの涙
    で濡れた着物の袖を、しぼるのである。

    文政2年(1819年)に天然痘が流行して子供が
    死亡した時の歌です。


 野に生ふる 草にも物を 言はせばや 涙もあらむ
歌もあるらむ
                  与謝野鉄幹
            
(のにおうる くさにもものを いわせばや なみだも
 あらん うたもあるらん)

意味・・野に生えている、物を言わない草にも出来れば
    物を言わせたいものだ。そうすれば草にも涙も
    あるだろうし、歌もあるであろう。

    野の草は表情を外に出さないが、その身になる
    と喜びや悲しみもあり、物に感じて流す涙を持
    つだろうし、感動して歌いだしたくなる歌を内
    にたたえているであろう、と想像して詠んでい
    ます。

 注・・言はせばや=言わせたいものだ。「ばや」は
     希望を表す助詞。

作者・・与謝野鉄幹=よさのてっかん1873~1935。
    与謝野晶子と共に浪漫主義文学の運動の中心と
    なる。

出典・・歌集「東西南北」。

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