名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2019年12月


 冬の夜の いくたびばかり ね覚めして 物おもふ宿の
ひましらむらん
                   増基法師 

(ふゆのよの いくたびばかり ねざめして ものおもう
 やどの ひましらむらん)

意味・・この冬の夜寒にいったい何べんほど目が覚めたら、
    物思いをして熟睡出来ないでいる、私の住まいの
    板戸の隙間が白んで夜が明けるというのであろう
    かなあ。

        悩み事が気になって眠られない状態を詠んでいま 
    す。

 注・・宿のひま=我が家の板戸の隙間。
    しらむ=夜が明けて白む。

作者・・増基法師=ぞうきほうし。伝未詳。


 わが恋は 吉野の山の おくなれや 思ひいれども
あふ人なし
                 藤原顕季
          
(わがこいは よしののやまの おくなれや おもい
 いれども あうひとなし)

意味・・私の恋は吉野の山の奥のようなものだからで
    あろうか、吉野の山奥に入っても人に出会わ
    ないように、私もいくら深く愛しても逢い契
    ろうとする人はいない。

 注・・なれや=・・だからであろうか。
    あふ=会ふ、逢う。「会う・人と出会う」と
     「逢う・結婚するの意」を掛ける。

作者・・藤原顕季=ふじわらのあきすえ。1055~1123。
    修理大夫・正三位。

出典・・詞花和歌集・212。


あしびきの 山下水に 影見れば 眉白妙に
われ老いにけり 
                能因法師
                
(あしびきの やましたみずに かげみれば まゆ
 しろたえに われおいにけり)

意味・・山の麓を流れる水に映っている影を見ると、
    私は、眉が真っ白になって、老いてしまっ
    ていることだ。

    仏道修行に専念していて、山下水に映った
    自分の姿で、深まった老いにふと気づき、
    愕然とした気持を詠んでいます。

    毎日鏡で自分の顔を見ていると、老いの変
    化は気づかないけれど、古い写真を見て明 
    らかに変わっている自分の姿にびっくりし
    たことがありました。

 注・・あしびき=山の枕詞。
    山下水=山の麓を流れる水。
    影=映っている自分の姿。

作者・・能因法師=のういんほうし。む生没年未詳。
    中古三十六歌仙の一人。

出典・・新古今集・1708。

 


信濃なる 浅間の嶽に 立つ煙 をちこち人の
見やはとがめぬ      
               在原業平
              
(しなのなる あさまのたけに たつけむり おちこち
 ひとの みやはとがめぬ)

意味・・信濃の国にある浅間山に立ちのぼる噴煙は、
    遠くの人も近くの人も、どうして目を見張ら
    ないことであろうか、誰しも目を見張ること
    であろう。

    旅の途中で見た浅間山の噴煙の荘厳さを詠ん
    だ歌です。

 注・・信濃なる=信濃(長野県)にある。
    見やはとがめぬ=「やは」は反語の助詞。見
     とがめないことがあろうか。どうして注目
     しないことがあろうか。

作者・・在原業平=ありわらのなりひら。880年没。
    56歳。従四位上・左近衛権中将。
 
出典・・伊勢物語・8段、新古今・903。

 


 かかる瀬も ありけるものを 宇治川の 絶えぬばかりも
嘆きけるかな
                   藤原兼家
 
(かかるせも ありけるものを うじがわの たえぬ
 ばかりも なげけるかな)

 
意味・・このように嬉しいこともありましたのに、辛く
    て、宇治川ならぬ氏も絶えてしまうほどに、嘆
    いていたことです。
 
    前年大将を解任されて嘆いていたところ、翌年
    右大臣になった喜びを詠んだ歌です。
 
 注・・かかる瀬=このような、嬉しい折。右大臣にな
     ったこと。
    宇治川=琵琶湖に発し京都府宇治市の辺りで宇
     治川と呼ばれ、淀川に入る川。「宇治」に「憂
     し」と「氏」を掛け、絶えぬの序詞にした。
    絶えぬ=氏も絶えるをきかせている。
 
作者・・藤原兼家=ふじわらのかねいえ。928~990。
    従一位摂政関白だ太政大臣。道長の父。
 
出典・・新古今和歌集・1648。


 朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれたる 
 瀬々の網代木        
                 藤原定頼
             
(あさぼらけ うじのかわぎり たえだえに あらわれたる
 せぜのあじろぎ)

意味・・明け方、あたりがほのぼのと明るくなる頃、宇治川の
    川面に立ち込めていた霧がとぎれとぎれになって、そ
    の絶え間のあちらこちらから点々と現れてきた川瀬の
    網代木よ。

    冬の早朝、霧の美しい風景を詠んでいます。

注・・あさぼらけ=夜明け方、あたりがほのぼのと明るくなる頃。
   瀬々 =「瀬」は川の浅い所。
   網代木=「網代」は川に竹や木を組み立て網のかわりにし、
        魚をとるしかけ。木はその杭。

作者・・藤原定頼=ふじわらさだより。995~1045。藤原公任(
    きんとう)の子。正二位権中納言。小式部内侍(こしきぶ
    のないし)をからかって「大江山いく野の道の遠ければま
    だ文もみず天の橋立・百人一首・60」の歌を詠ませたの
    は有名。

出典・・千載和歌集・420、百人一首・64。


 
 嬉しさを 何に包まん 唐衣 袂ゆたかに
たてと言はましを        
              詠人知らず
                 
(うれしさを なににつつまん からころも たもと
 ゆたかに たてといわましを)

意味・・この嬉しい気持ちを何に包もうか。包む物が
    ない。前から分かっていたら、私の着物の袖
    をもっと広く裁って縫うように、言っておく
    のであったのに。

 注・・唐衣=ここでは衣服の意味。
    ゆたかに=大きく、広く。
 
出典・・古今和歌集・865。


世の中の 憂きもつらさも 告げなくに まづ知るものは
涙なりけり             
                   詠人しらず
                   
(よのなかの うきもつらさも つげなくに まずしる
 ものは なみだなりけり)

意味・・私はこの世の憂いも辛さも告げた覚えは
    ないのだが、涙というものは真っ先に知
    るとみえて、事があればすぐに出て来る
    ものだ。

    悲しい時はすぐに涙が出て来る気持です。

 注・・憂き=つらいこと、せつないこと

出典・・古今和歌集・941。
 


 あしびきの 玉縵の子 今日のごと いづれかの隅を
見つつ来にけむ
                 詠み人知らず
 
(あしびきの たまかづらのこ きょうのごと いずれかの
 くまを みつつきにけん)
 
意味・・玉蘰(たまかづら)という名をもつ子は、私が今日見た
    のと同じように、どの山の曲がり角を見ながら、この
    地まで来たのだろうか・・・。
 
    山の玉縵の名を持つ縵児(かづらこ)よ、後を追おうと
    さまよう今日の私のように、あなたは、どのような思
    いで死に場所を思いながら来たのだろうか。
 
    この歌の前に長い詞書が付いています。
    昔、三人の男がいました。同時に一人の娘に結婚を申
    し込みました。
    蘰児(かづらこ)が嘆息して言うことには、「一人の女
    の身は露のように消えやすく、三人の男の意志は石のよ
    うに固く、変えがたいのです」。
    そして、蘰児(かづらこ)は、池のほとりにたたずんで、
    とうとう水の底に沈んでしまいました。
    残された男たちは、悲しみと落胆の気持ちに堪えられず、
    それぞれ思いを述べて作った歌三首。その歌の一首です。

 注・・あしびき=山の意。山の中をさまよう意が含まれる。
    隅=道の曲り角などの見えにくい場所。他界につながる
     場所とされ、死に場所の意に用いた。

出典・・万葉集・3790。


 法のため 此身は骨を 砕きても 粉河の水の 
心濁すな
                三条実隆

(のりのため このみはほねを くだきても こかわの
 みずの こころにごすな)

意味・・仏法の道を求めて自分の身は骨を粉に砕く
    苦労をするとも、その粉で清らかな粉河の
    水を濁すでないよ。

    これからの難行苦行に対する自戒の歌です。
    過ぎたるは猶及ばざるが如し、の気持を詠
    んでいます。

 注・・粉河=和歌山県那須郡粉河町。

作者・・三条実隆=さんじょうさねたか。1455~1537。
    内大臣。

出典・・歌集「再昌草」(岩波書店「中世和歌集・室町篇」)

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