名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2020年02月


 轟々として 夜の海 荒れいたり 貧も希ひも
思へばかすか
                長沢一作 

(ごうごうとして よるのうみ あれいたり ひんも
 ねがいも おもえばかすか)

意味・・轟きをあげて夜の海が荒れている。黒いその
    怒涛の叫びはもの凄い音を立てて荒れ狂う。
    我が生活の貧しさ、我が希(ねが)いなども、
    思えば何とかすかな、ささやかなものか。

作者・・長沢一作=ながさわいっさく。1926~2013。
    慶応義塾中退。佐藤佐太郎に師事。

出典・・歌集「條雲」(東京堂出版「現代短歌鑑賞事典」)


 ながめつる 今日は昔に なりぬとも 軒端の梅は
われを忘るな
                  式子内親王

(ながめつる きょうはむかしに なりぬとも のきばの
 うめは われをわするな)

意味・・もの思いをしながら見ていた今日という日は、昔
    になってしまっても、軒端の梅の花は私を忘れな
    いで下さい。

    もの思いの例です。
    父と母が別れることになり、自分は母の実家に移
    ることになった。懐かしい家、そして軒端の梅と
    の別れ。いやで出るのではないのです、梅よ今日
    の私をいつまでも忘れないでほしい。

 注・・ながめつる=眺めつる。物思いに沈んでいること。
    今日=もの思いをしながら梅を見入っている今日。
    軒端の梅=軒近く植えられた梅。

作者・・式子内親王=しょくしないしんのう。~1201没。
    後白河上皇の第二皇女。歌集に「式子内親王集」。

出典・・新古今和歌集・52。


 生けらばと 誓ふその日の なほ来ずば あたりの雲を
われとながめよ
                   藤原良経

(いけらばと ちかうそのひの なおこずば あたりの
 くもを われとながめよ)

意味・・生きて再び逢う日があればと契りをかわすが、
    約束のその日、もし来なかったら、私は雲に
    なって空へのぼったのだと見上げておくれ。

    再会の約束の日、私が逢いに来なかったならば、
    この世にはもういないという事。生きていたなら
    ばどんな事をしてでも逢いに来るはずだから、も
    うその時私の体は焼かれ、煙となって空へ立ち昇
    った後と思ってくれ。

    藤原良経が生きたのは、源平の争乱から鎌倉幕府
    の成立、やがて承久の乱へ至る世情騒乱の時代で
    した。
    恋人達が幸せにそい遂げるには、自分たちの愛の
    力だけではどうにもならない事もあるようです。
    人の世に繰り返されて来た戦争、内乱、暴動・・。
    愛し合う者達の背後には、憎み合い殺し合うもの
    の影がせまります。もし生きていたならきっと逢
    おうと。それまでは生き抜こう。再び逢える日を
    夢に見ながら。

作者・・藤原良経=ふじわらのよしつね。1169~1206。
    37歳。従一位太政大臣。「新古今集」の仮名序を
    執筆。

出典・・六百番歌会(林和清著「日本のかなしいい歌」)。


 海人の刈る 藻に住む虫の われからと 音をこそ泣かめ
世をば恨みじ       
                   藤原直子

(あまのかる もにすむむしの われからと ねをこそ
 なかめ よをばうらみじ)

意味・・漁師が刈る海藻に住む虫の名はわれから。
    その「我から」というように、二人の仲
    がしっくりゆかないのは、誰のせいでも
    無くみんな自分自身のせいなんだと泣い
    ていよう。二人の不仲を恨みがましくは
    思うまい。

    このように辛い目に会うのも、自分に原
    因があるのだからと、声をたてて泣く事
    はしても、世をうらんだりはするまい。

 注・・われから=海藻に付着している甲殻の虫、
     「我から(自ら)」を掛ける。この下に
     「(不幸を)刈る」を補って解釈する。
     「不幸」は男女間の仲たがいと解釈。
    音こそ泣め=声をたてて泣きこそしょうが。
    世=夫婦の仲、男女の仲。

作者・・藤原直子=ふじわらのなおいこ。生没年
    未詳。920年従四位下になる。

出典・・ 古今集・807。


 先立たぬ 悔いの八千度 悲しきは 流るる水の
かへり来ぬなり
                 閑院
            
(さきだたぬ くいのやちたび かなしきは ながるる
 みずの かえりこぬなり)

意味・・先に立たない後悔が、繰り返し繰り返し思い出
    されて悲しいのは、流れる水が元に戻ってこな
    いように、死んだ人が元に戻らないことです。

    親しい人が亡くなって弔問の時に詠んだ歌です。
    その人の為に何かをしてあげていれば良かった
    のに何もしてあげられなかった。その後悔は流
    れる水が元に帰らないように、してあげられな
    く残念でたまらなく思うのです。 
      
 注・・先立たぬ悔い=後悔先に立たず。すでに終わっ
     た事を、いくら後で悔やんでも取り返しがで
     きない。
    八千度=何千回も、「八」は数や量が多いこと。
    流れる水の帰り来ぬ=流水は再び元に帰らない、
     そのように悔い嘆いても元には戻らない。

作者・・閑院=かんいん。920年頃の女性。
 
出典・・古今和歌集・837。


今日よりは 顧みなくて 大君の 醜の御楯と
出で立つわれは
                火長今奉部与曾布 
            
(きょうよりは かえりみなくて おおきみの しこの
 みたてと いでたつわれは)

意味・・今日からは家をも身をも顧みすることなく、大君
    の強い御楯となって、私は出立するのである。

    防人の歌です。大友家持に兵役の心構えを聞かれ
    て詠んだ歌です。
    火長というのは十人の兵士の長(兵士五人をもって
    一伍とし、二伍をもって一火とした)。部下をまと
    めて一心に任務に励む頼もしい兵士であろう。

    この歌の思想は、長くわが国の軍国主義精神、愛
    国心として国により推奨された。

 注・・顧みなく=一身上のことを考慮しない。
    醜(しこ)=頑強なこと。
    御楯=戦場で立てて敵の矢などを防ぐ武具。「御」
     は敬意の接頭語。

作者・・火長今奉部与曾布=かちょういままつりべのよそふ。
     生没年未詳。防人。

出典・・万葉集・4373。 


 梅が枝に 来ゐる鶯 春かけて 鳴けどもいまだ 
雪は降りつつ
               詠み人知らず 
               
(うめがえに きいるうぐいす はるかけて なけども
 いまだ ゆきはふりつつ)

意味・・梅の咲いた枝に来てとまっている鶯が、春が来る
    のを待ち望んで鳴いているけれども、まだ春らし
    い様子もなく、雪がちらちら降っている。

 注・・ゐる=木の枝にとまっていること。
    春かけて=春を期して。

出典・・古今和歌集・5


 帰らじと かねて思へば 梓弓 なき数に入る
名をぞとどむる           
               楠木正行

(かえらじと かねておもえば あづさゆみ なき 
 かずにいる なをぞとどむる)

意味・・とうてい勝ち目のない戦いなので、勝って
    帰れないと思うが、自分が生きていた証(
    あかし)に、名をここに刻み、必死の覚悟
    で出陣をしょう。

    650年前、正行(まさつら)がとうてい勝目
    のない足利の大軍を四条畷(しじょうなわて・
    現大阪府)に迎え打つための出陣で、吉野の
    如意輪寺の扉に矢尻で刻んだ、辞世の歌です。

 注・・かねて=前もって。
    梓弓(あづさゆみ)=入るに掛る枕詞。
    なき数に入る=生きて帰れないと死ぬ覚悟で
     出陣する者達。死者の仲間入りする人々。

作者・・楠木正行=くすのきまさつら。1326~1348。
    23歳。楠正成(まさしげ)の子。

出典・・太平記。


 君 あしたに去りぬ ゆうべのこころ 千々に何ぞ 
はるかなる
                  蕪村

(きみ あしたにさりぬ ゆうべのこころ ちぢに
 なんぞはるかなる)

意味・・あなたは一朝にしてあの世へ旅立たれ、残された
    私は、夕べ、こうして千々に心乱れています。
    思い出されるふたりの時の、なんと遥かなことか。

    蕪村と親交のあった俳人早見晋我(はやみしんが)
    が亡くなった時に詠まれた晩詩です。

 注・・はるか=遥か。距離、また年月が遠く隔たってい
     るさま。はるかな昔。
    早見晋我=はやみしんが。1745年75歳で没。蕪村
     はこの時30歳。其角に師事。代々酒造業。

作者・・蕪村=ぶそん。与謝蕪村。1716~1783。南宗画
    も池大雅とともに大家。

出典・・俳詩(竹西寛子「松尾芭蕉集・与謝蕪村集」)


為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の
為さぬなりけり       
                  上杉鷹山

(なせばなる なさねばならぬ なにごとも ならぬは
 ひとの なさぬなりけり)

意味・・やる気をだしてやろうと思えば何事も
    出来るものである。出来る事もやらな
    ければ出来ない。出来ないのはやろう
      としないからだ。

    どんな事でも、やろうとしなければ実
    現しない。頑張ってやって見れば必ず
    達成出来る。「出来ない」というのは
    やらないから。やろうと決意して目標
    に向かうことが成就の第一歩になる。

作者・・上杉鷹山=うえすぎようざん。1751~
    1822。江戸時代中期の出羽国(今の山形
    ・秋田県)米沢藩主。藩の財政再建の大
    改革を実行。

 

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