名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2020年03月


 花散らで 月は曇らぬ よなりせば ものを思はぬ
わが身ならまし
                 西行
                
(はなちらで つきはくもらぬ よなりせば ものを
 おもわぬ わがみならまし)

意味・・花は散ることなく、月は曇ることのない夜・・・
    そんな世であったならば、自分は何も思うことは
    ないであろうに。

    反実仮想で、花は散り月は曇るゆえにもの思いが
    絶えないという述懐の歌です。
    
 注・・ものを思はぬ=思い悩まない。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。鳥羽院北面の武士。
    23歳で出家。 

出典・・山家集・72。


 春日山 朝立つ雲の 居ぬ日なく 見まくの欲しき
君にもあるかも 
                坂上大嬢

(かすがやま あさたつくもの いぬひなく みまくの
 ほしき きみにもあるかも)

意味・・春日山に、毎朝雲が立ち上るように、
    一日も欠かさずにお目にかかりたいと
    思うあなた様なのですよ。

    恋の歌です。

作者・・坂上大嬢=さかのうえのおおいらつめ。
    生没年未詳。大伴家持の正妻となった。

出典・・万葉集・584
 


 きのふかも あられふりしは 信楽の 外山のかすみ
春めきにけり
                  藤原惟成 

(きのうかも あられふりしは しがらきの とやまの
 かすみ はるめきにけり)

意味・・昨日ではなかったかなあ、冬の訪れを告げる
    霰が降ったのは。なのに、今日はもう信楽の
    外山に霞が立って、すっかり春めいてきた。

 注・・信楽(しがらき)=滋賀県甲賀郡信楽。
    外山=山なみの里に近い辺り。

作者・・藤原惟成=ふじわらのこれしげ。953~989。

出典・・詞花和歌集・2。


 かくばかり めでたく見ゆる 世の中を うらやましくや
のぞく月影         
                            四方赤良
                
(かくばかり めでたくみゆる よのなかを うらやま
 しくや のぞくつきかげ)

意味・・これほどにめでたく見えるこの地上の世の中を、
    うらやましいと思ってか、そっと月が覗いて見
    ている。

    雲間からわずかにあらわれた月を、古歌の意を
    逆に用いて擬人化して詠んだ歌です。

    この世はただ表面がめでたく見えるだけではな
    いかと現世謳歌をみせかけだと皮肉っています。

    古歌です。
    「かくばかり経がたくみゆる世の中にうらやま
    しくもすめる月かな」 (意味は下記参照)

 注・・月影=月光、月の明かり。

作者・・四方赤良=よものあから。1749~1823。支配
    勘定の幕臣。黄表紙、洒落本、滑稽本などで江
    戸時代に活躍した。

出典・・万載狂歌集(小学館「黄表紙・川柳・狂歌」)

古歌です。
かくばかり 経がたく見ゆる 世の中に うらやましくも
澄める月かな        
                   藤原高光
               
(かくばかり えがたくみゆる よのなかに 
 うらやましくも すめるつきかな)

意味・・このように過ごしにくく思える世の中に、
    まことにうらやましくも、何の悩みもない
    ように澄んでいる月だなあ。

    澄んだ月の光を見て、その清澄な光に対し
    現実生活の悩み多いことを痛切に感じ、月
    が羨ましいと言ったものです。

 注・・経がたく=時を過ごしにくく。

作者・・藤原高光=ふじわらたかみつ。940~994。
    右近衛少将。23歳で出家。三十六歌仙の一
    人。

出典・・拾遺和歌集・435。


 わたのはら たつ白波の いかなれば なごりひさしく 
見ゆるなるらん           
                  源朝任

(わたのはら たつしらなみの いかなれば なごり
 ひさしく みゆるなるらん)

意味・・海原に立っている白波が、なんで余波がいつまでも
    静まらないのだろうか。

    あなたは私に対して恨んでいるようだが、どうして
    いつまでも腹を立てているのだろうか。もういい加
    減にしてほしいものだ。

    人にした仕打ちが憎まれていた時分、その相手に
    詠んで贈った歌です。

 注・・わたのはらたつ白波=「わたのはら(海原)」と
     「腹(立つ)」、「(腹)立つ」と「立つ(白波)」
      の掛詞。
    なごり=「余波」、海辺に打ち寄せた波が引いたあと。
     「名残」、事のあったこと、余情。この二つを掛ける。

作者・・源朝任=みなもとのともとう。989~1034。従三位・
    参議。 

出典・・後拾遺和歌集・935。


鶯に 夢さまされし 朝げかな  
                   良寛

(うぐいすに ゆめさまされし あさげかな)

意味・・短い春の夜は明けやすく、見続けていた夢も
    美しい鶯の声によって覚まされた。名残り惜
    しい夢ではあったが、鶯のさえずる夜明けは、
    まことに素晴らしいことだ。

 注・・朝げ=朝明け。夜明け。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。新潟県出
    雲町に左門泰雄の長子として生まれる。幼名
    は栄蔵。

出典・・谷川敏朗著「良寛全句集」 

山の上に たてりて久し 吾もまた 一本の木の
心地するかも
                 佐々木信綱

(やまのうえに たてりてひさし われもまた いっぽんの
 きの ここちするかも)

意味・・山の上の雄大な自然に立っていると、循環を繰り返して
    自然の摂理に生きている一本の木の心地がするものだ。

    山の木は風で枝葉が吹き飛ばされることもあるし、日照
    りで泣かされることもあるだろう。がしかし、それでも
    若葉を茂らせ花を咲かせている。そして実を結んで行く
    のである。

    辛い事、楽しいことを織り交ぜて老いて行く私は、まさ
    に一本の木の心地がするのである。

作者・・佐々木信綱=ささきのぶつな。1872~1963。万葉集研
    究者。文化勲章受章。

出典・・歌集「豊旗雲」(実業之日本社「現代秀歌百人一首」)

 


 散りぬとも 香をだにのこせ 梅の花 恋しきときの
思ひいでにせん
                  詠み人しらず 

(ちりぬとも かをだにのこせ うめのはな こいしき
 ときの おもいいでにせん)

意味・・たとい散ってしまおうと、せめて枝に香だけ
    でも残してくれ、梅の花よ。恋しい時の思い
    出にしょうと思うので。

 注・・思ひいで=思ひ出で。思い出。

出典・・古今和歌集・48。


 いつかふたりに なるためのひとり やがてひとりに
なるためのふたり
                 浅井和代

(いつか二人に なるための一人 やがて一人に なる
 ための二人)

意味・・今、自分が一人でいるということ。それは、どんな
    人とも二人になることが出来る可能性を秘めた状態
    なのだ。そして今、自分が二人でいるとしたら、それ
    はやがてくる別れを含んだ状態である。人の心も生
    命も永遠ではないのだから・・。

    一人は二人に、そして二人は一人に・・。
    希望は絶望を含み、絶望は希望へと繋(つな)がり、
    幸福は不幸を含み、不幸は幸福へと繋がる。人生
    において対立するかのように見えるものは、実は
    同じことの表と裏なのだ・・・。表記の歌はそん
    なふうに捉えることもできる。

作者・・浅井和代=あさいかずよ。1960~ 。奈良県生ま
    れ。「新短歌」所属。

出典・・歌集「春の隣」(俵万智著「あなたと読む恋の歌百
    首」)


 ちりぬるを ちりぬるをとぞ つぶやけば 過ぎにしかげの
顕ち揺ぐなり
                    斉藤史 

(ちりぬるを ちりぬるをとぞ つぶやけば すぎにし
 かげの たちゆらぐなり)

意味・・「散りぬるを、散りぬるを」と、いろは歌を何度も
    つぶやいていると、昔からの亡くなった人々の面影
    が悲哀を伴って浮かばれてくる。

    史の父親は昭和11年の2・26事件に関係した陸軍軍
    人である。この事件に関係した人々は死刑となった
    が史との面識のある人々であった。
    その後、太平洋戦争の多くの犠牲者を見つめ、また、
    史自身も東京で空襲を受けた。広島・長崎の原爆で
    は多くの死者の悲しみを知るこことなった。
    史も80歳、90歳となると多くいた肉親も友人もほと
    んど亡くなっていなくなってしまった。

    昔からの亡くなった人々の面影を思うと、諸行無常
    の悲しみが込み上げてくる。

    この歌は太平洋戦争の犠牲者を含め、作者が生きた
    時代の死者全てに捧げる鎮魂歌でもあります。
    なお、「いろは歌」は下記を参考にしてください。

 注・・過ぎにしかげ=亡くなった人々の面影。
    顕ち揺らぐ=表に表れゆらゆらする。思い浮かばれ
     る。
    諸行無常=全ての現象は常に変わり、不変のものは
     無いという事。

作者・・斉藤史=さいとうふみ。1909~2002。93歳。歌人・
     斉藤瀏(りゆう)の長女。父は陸軍軍人で2・26事
     件の関係者。歌集に「魚歌」「ひたくれない」。

出典・・昭和万葉集。

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「いろは歌」・「諸行無常」についての参考です。

   色は匂へど 散りぬるを   
   我が世誰そ 常ならむ     
   有為の奥山 今日越えて   
   浅き夢見じ 酔ひもせず  
  
(意味)
   花は咲いても散ってしまうように
   世の中にずっと同じ姿で存在し続けるもの
   なんてありえない
   人生という苦しい山道を今日もまた1つ越えたが
   はかない夢を見て酔うたりはしたくないものだ

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「諸行無常」とは
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色は匂えど散りぬるを(諸行無常)

桜の花は咲き乱れても、
一瞬の春の嵐に散り果てて行く。
それは花ばかりではない。
古代に栄華を誇った文明も
いつかは廃墟になっていく。
人間もそうである。
世の中の娘は嫁と花咲きて嬶(かかあ)と
しぼんで婆婆(ばばあ)と散り行く

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わが世誰ぞ常ならむ(是生滅法)

この世に恒常的なものは一つもない
世の中にある全てのものは、生じると
滅亡してゆくものだ

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有為の奥山今日越えて(生起因縁)

この世にある全ての存在は因縁によって
生じたものである
原因があって結果が生じる、そして今の
姿になっている
「有為」は因縁があって生じること
「越える」は因縁の道理に目覚めること。

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浅き夢見し酔もせず(酔生夢死)

酒に酔ったような、また夢を見ているような
心地で、なすことなくぼんやりと一生を過ごさない

明日ありと 思う心に ひかされて 今日も空しく
過ごしぬるかな

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