名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2020年04月


 みすずかる 信濃の駒は 鈴蘭の 花咲く牧に
放たれにけり
                北原白秋 

(みすずかる しなののこまは すずらんの はなさく
 まきに はなたれにけり)

意味・・ああ信州(長野県)の馬が、鈴蘭の花咲く牧場
    に放たれている。

    牧場の風景です。みずみずしい牧場の草原で
    馬が数頭草を食んでいる。柵の近くには鈴蘭
    の花も咲いている。広い牧場を眺めていると
    気持ちが清々しくなってくる。

 注・・みすずかる=水篶かる。信濃の枕詞。みすず
     の「み」は接頭語で「篶」は篠竹の一種で
     直径は1センチ、長さ2メートルほど。色は
     紫色を帯びてみずみすしさを感じさせる。

作者・・北原白秋=きたはらはくしゅう。1885~1942。
     詩人。

出典・・歌集「海阪」。


 花鳥の 色にも音にも とばかりに 世はうちかすむ
春のあけぼの
                 心敬
           
(はなとりの いろにもねにも とばかりに よは
 うちかすむ はるのあけぼの)

意味・・春の曙の、あたり一面かすんだやさしい
    美しさは、花の色にも鳥の声にもたとえ
    ようがない程の風情があるものだ。

 注・・とばかりに=花の色も鳥の声も及ばない
     ほどに。「と」の受ける内容を限定す
     る意を表す、・・とだけ。

作者・・心敬=しんけい。1406~1475。権大僧都。
 
出典・・寛正百首(岩波書店「中世和歌集・室町篇」)


 鐘一つ うれぬ日はなし 江戸の春    
                    其角

(かねひとつ うれぬひはなし えどのはる)

意味・・あまり需要のない寺の鐘さえ、繁華の地
    江戸では売れない日は一日としてない。
    まことにめでたい江戸の春である。

    江戸の繁栄の表現に鐘を持ち出したとこ
    ろが其角らしい句です。
    其角らしさは「人が考えない事を考え、
    人が出来ない事をする」ことにあります。

 注・・鐘=梵鐘(ぼんしょう)。

作者・・其角=きかく。宝井其角。1616~1707。
    初めは母の姓、榎本を称していたが後に
    宝井を称す。芭蕉に師事。

出典・・笠間書院「俳句の解釈と鑑賞事典」。


その子二十 櫛にながるる 黒髪の おごりの春の
うつくしきかな
                 与謝野晶子

(そのこはたち くしにながるる くろかみの おごりの
はるの うつくしきかな)

意味・・その乙女は今まさに二十歳、その長く豊かな
    黒髪は、梳(す)く櫛の目から溢(あふ)れ落ち
    て、流れるごとく清らかで美しい。まさにそ
    れは、夢多き青春の自信に満ちた誇らしさを
    思わせる。

 注・・おごり=驕り、わがままにふるまう、誇り。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。
    堺女学校卒。与謝野鉄幹は夫。

出典・・歌集「みだれ髪」。
 


 貧しさに 妻のこころの おのづから 険しくなるを 
見て居るこころ
                  若山牧水 

(まずしさに つまのこころの おのずから けわしく
 なるを みているこころ)

意味・・この頃の暮らしのあまりの貧しさに、妻の心が
    とげとげしくなってゆくのを、ただ黙ってじっ
    と見ている、この何と苦しい私の気持ちである
    ことか。

    献身的な妻とはいえ、生活が窮乏をきわめ、そ
    れが長く続けば、愚痴の一つや二つはつい出て
    しまう。返す言葉もない牧水は、自分の苦しい
    心をみつめることしか出来ない。

作者・・若山牧水=わかやまぼくすい。1885~1928。
     早稲田大学卒。尾上柴舟に師事。

出典・・歌集「砂丘」。


 心あらば 匂ひを添へよ 桜花 後の春をば
いつか見るべき        
               鳥羽院

(こころあらば においをそえよ さくらばな あとの
 はるおば いつかみるべき)

意味・・桜花よ、心あるならば一層美しく咲き匂って
    欲しい。これから先の春を再び見る事が出来
    るかどうか分からないから。

    50歳になって桜の咲いているのを見て詠ん
    だ歌です。

 注・・匂ひ=美しく色づくこと。

作者・・鳥羽院=とばいん。1103~1156。53歳。
    74代天皇。

出典・・千載和歌集・1052。


 何事の見立てにも似ず三かの月
                  芭蕉

(なにごとの みたてにもにず みかのつき)

意味・・三日月は、古来詩歌文章に、舟・眉・弓・
    鉤(つりばり)・鎌(かま)等さまざまな物に
    たとえられているが、よく見るとその景趣
    は一切の比喩を超越した微妙な美しさを持
    っていることだ。

    同じ月でも三日月は名月や後の月と違い、
    そのものの美しさより、面白い見立てや奇
    抜な作意によって詠まれることが多い。
    芭蕉は三日月にも奥深い美しさがあるのだ
    と詠んだ句です。

    見立ての例です。
   「天の海に 雲の波立ち 月の舟 星の林に
    漕ぎ隠る見ゆ」 (万葉集・柿本人麻呂)

     (広々とした天空の海に、白雲の波が立ち、
    月の舟がいましも、きらめく星の林(銀河)
    の中に、静かに漕ぎ隠れて行く)

 注・・見立て=ある物を他の物になぞらえる。

作者・・芭蕉=1644~1695。

出典・・笈日記。


 世の中は 月に群雲 花に風 思うに別れ
思わぬに添う
              
(よのなかは つきにむらぐも はなにかぜ おもうに
 わかれ おもわぬにそう)

意味・・世の中は月が出たと思うと雲がかかってしまい、
    花が咲いたと思うと、風が吹いて花を散らして
    しまう。好きな人とは別れ、嫌いな人に会う。
    皮肉なものである。

出典・・斎藤亜加里著「道歌から知る美しい生き方」。


 大海の 磯もとどろに 寄する波 割れて砕けて
さけて散るかも
                源実朝

(おおうみの いそもとどろに よするなみ われて
 くだけて さけてちるかも)

意味・・大海の磯も轟き響けとばかり激しく打ち寄せる
    波は、割れて、砕けて、裂けて、しぶきをあげ
    て飛び散っているよ。

    力強い歌で、躍動したくなります。

 注・・とどろに=轟き響く様を表わす擬音語、どっど
    っと。
 
作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~1219。
    28才。12才で三代将軍になる。鶴岡八幡宮で甥
    の公卿に暗殺された。
 
出典・・金槐和歌集。


 むつれつつ 菫のいひぬ 蝶のいひぬ 風はねがはじ
雨に幸あらむ
                  増田まさ子
            
(むつれつつ すみれのいいぬ ちょうのいいぬ かぜは
 ねがわじ あめにさちあらん)

意味・・仲がよさそうに菫が言った。蝶が言った。風はいや
    だ。雨は自分たちを幸せにしてくれるであろう。

    春の楽しさを詠んでいます。
    風は何故嫌なのかというと、風によって花は散るし、
    「蝶」は花から引き離されるので困る。しかし「雨」
    が降ると蝶は花に雨宿りし、ともに仲良くより添っ
    ていられるので幸せというのです。

 注・・むつれつつ=睦れつつ。睦まじく思ってたわむれる。

作者・・増田まさ子=ますだまさこ。1880~1946。
    与謝野晶子と山田登美子との共著「恋衣」がある。

出典・・歌集「みおつくし」。

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