名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2020年04月


 敷島の 大和心を 人問はば 朝日ににほふ 
山ざくら花
              本居宣長

(しきじまの やまとごころを ひととわば あさひに
 におう やまざくらばな)

意味・・大和心とはどういうものですか、と人が問うた
    ならば、朝の太陽に照り映えている山桜の花、
    という比喩で私は答えます。

    宣長は日本の心、すなわち本質を追求し、それ
    を古代の日本に求めようとした。そして、日本
    の心は「すなお」や「清らかさ」であると考え
    た。それが自然界にあっては、直(なお)らかに
    咲いている山桜の花が清らかな朝日に照り映え
    るようだと、宣長は考えたものです。

 注・・敷島=大和に掛る枕詞。
    大和心=日本人としての心情。美しい花、素直な花、
     青く清らかな空、明るい雰囲気にたとえられる。
    にほふ=色美しく照り映える。

作者・・本居宣長=もとおりのりなが。1730~1801。賀茂
    真淵の門下生。


 色や香やいづれ劣らぬ桃桜
                  梅宿
                
(いろやかや いずれおとらぬ ももざくら)

詞書・・男女同権。

意味・・桃と桜、色も香りも、どちらが勝るとも
    劣らない素晴らしい花である。

    明治の初期に詠まれた俳句ですか、男女
    が法的・社会的に同等になったのは、昭
    和21年の憲法発布により実現された。

作者・・梅宿=ばいしゅく。伝未詳。

出典・・俳諧開花集。


 花見てぞ 身のうきことも わすらるる 春はかぎりの
なからましかば
                   藤原公経

(はなみてぞ みのうきことも わすらるる はるは
 かぎりの なからましかば)

詞書・・嘆かわしいことがありました時分、花を見て
    詠んだ歌。

意味・・花を見ることで、わが身の憂さも自然と忘れ
    られる。ああ、花の咲く春という季節は終り
    がなかったらよかろうになあ。

    良い事があれば辛さ悩みも忘れられるもの。
    昔、仕事が面白くない時期があったが、その
    時分に昇級があった。すると仕事が面白くな
    った事が思い出される。

作者・・藤原公経=ふじわらのきみつね。生没年未詳。
    従四位下・少納言。

出典・・後拾遺和歌集・105。


 花に来ぬ 人笑ふらし 春の山   
                杉木望一

(はなにこぬ ひとわらうらし はるのやま)

意味・・春の山はどこか明るく、山全体がなんだか
    笑っているようであるが、それはきっと、
    この山の美しい満開の桜を見に来ない人を
    笑っているのであろう。

作者・・杉木望一=すぎきもいち。1586~1643。
    伊勢神宮の神職の家に生まれた。盲目で
    あるが伊勢俳諧の有力な指導者となる。


 花よりも 人こそあだに なりにけれ いづれをさきに
恋ひむとか見し
                  紀茂行
               
(はなよりも ひとこそあだに なりにけれ いずれを
 さきに こいんとかみし)

詞書・・ある人が桜を植えておいてあったが、やっと花が
    咲きそうな樹齢になった時に、その桜を植えた人
    が死んだので、その花を見て詠んだ歌。

意味・・はかない桜の花よりも、その桜を植えた人の方が
    もっとはかなくなってしまった。花と人とを、ど
    ちらを先に恋い慕うようになろうなどと、思って
    見た事があろうか。そんな事を思った事もなかっ
    た。

    老後の楽しみに庭園を造ったりするが、完成する
    や否や世を去ることもある。桜を植え丹精を込め
    て成長を見守っていたのであろうが、咲き始める
    樹齢になったが、まだ花を見ないうちに世を去っ
    たのです。

 注・・あだ=徒。はかない、むなしい。

作者・・紀茂行=きのもちゆき。880年頃の人。紀貫之の
    父。

出典・・古今和歌集・850。

花にうき世我酒白く飯黒し
                芭蕉

(はなにうきよ わがさけしろく めしくろし)

詞書・・憂へて方に酒の聖を知り、貧して始めて
    銭神を覚る。

意味・・世間は花に浮かれて楽しむ春だが、貧し
    い自分には心憂える世の中だ。飲む酒は
    濁り酒、飯は粗食の玄米食という暮らし
    では。
     
    詞書の意味は、憂いにある時には酒の尊
    い事が分るし、貧乏している時にはお金
    のありがたさが分る。

 注・・うき世=「浮き世」と「憂き世」を掛け
     る。
    酒白く=濁酒(どぶろく)。安物の白酒。
    飯黒し=麦飯や玄米食の粗食。

作者・・芭蕉=ばしょう。1644~1695。

出典・・蕉翁句集(小学館「松尾芭蕉集」)

 


 風通ふ 寝覚めの袖の 花の香に かをる枕の
春の夜の夢
                藤原俊成女
           
(かぜかよう ねざめのそでの はなのかに かおる
 まくらの はるのよのゆめ)

意味・・風が庭から吹き通ってきて、ふと目覚めた私の
    袖が、風の運んできた桜の花の香で薫っており、
    その香りが漂う枕辺には、さっきまで見ていた
    美しい春の夜の夢の名残りがゆらめいている。

作者・・藤原俊成女=ふじわらのとしなりのむすめ。
    1254年没。藤原定家の姪。女流歌人として活躍。

出典・・新古今和歌集・112。


 乙女子が かざしの桜 咲きにけり 袖ふる山に
かかる白雲
                 藤原為氏 

(おとめごが かざしのさくら さきにけり そでふる
 やまに かかるしらくも)

意味・・美しい乙女子の頭に飾りとして挿す桜が咲いた
    なあ。そして乙女が袖を振って舞うという袖ふ
    る山にも白雲のように桜が咲いている。

 注・・かざし=挿頭。頭髪や冠に花の枝を飾りとして
     挿す。
    袖ふる山=天理市にある布留山。大和国の歌枕。
     乙女が袖を振るのは舞う姿や人を招く意を含
     める。
    白雲=山に咲いた桜を白雲と見立てたもの。

作者・・藤原為氏=ふじわらのためうじ。1222~1286。
     正二位大納言。藤原定家は祖父。

出典・・続後撰和歌集・70。

あくがれて ひととせながら 山桜 花を見るまの
こころともがな
                 徳丸
              
(あくがれて ひととせながら やまざくら はなを
 みるまの こころともがな)

意味・・夢中になって一年中、山桜の花を見ている時の
    心でいたいものだ。

    桜花が散った後も、花が咲いているように、心に
    深く刻んで置けば一年中、心は安らかだろう。

 注・・あくがれて=憧れて。心が離れる、心・魂が人の
     体から抜け出す。

作者・・徳丸=とくまる。伝未詳。

出典・・明治開花和歌集。
 


 鳥の音に のどけき山の 朝あけに 霞の色は
春めきにけり
                 藤原為兼 

(とりのねに のどけきやまの あさあけに かすみの
 いろは はるめきにけり)

意味・・鳥の声ものどかに聞こえて来る山の明け方に、
    たちこめる霞の色はすっかり春らしくなった
    ことだ。

作者・・藤原為兼=ふじわらのためかね。1254~1331。
    華美な振る舞いに武家の反感を買い佐渡に流
          される。「玉葉和歌集」の撰者。

出典・・玉葉和歌集・9。

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