名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2020年05月


 ほにいでし 秋と見しまに 小山田を また打ち返す
春もきにけり            
                  小弁

(ほにいでし あきとみしまに おやまだを また
 うちかえす はるもきにけり)

意味・・稲の穂が出て、秋になったと思っているうちに、
    稲刈りも終わって秋が過ぎ、冬が過ぎまた山田
    を打ち返して地ならしをする春がやって来たこ
    だ。

    稲穂が出て秋が来たと思っていたのに、はや春
    耕の季節になったと、時の流れの早さに驚きを
    詠んでいます。

 注・・ほにいでて=穂となって出て。
    小山田=「小」は語調を整える接頭語。山田。

作者・・小弁=こべん。生没年未詳。越前守藤原懐尹(か
    ねまさ)の女(むすめ)。

出典・・後拾遺和歌集・67。


 春雨の 降りそめしより 青柳の 糸の緑ぞ 
色まさりける
                凡河内躬恒

(はるさめの ふりそめしより あおやぎの いとのみどりぞ
 いろまさりける)

意味・・春雨の降り始めた時から、青柳の細く垂れた
    枝の緑が色濃くなったことだ。
    柳の色あざやかさを詠んでいます。

 注・・そめし=「初めし」と「染めし」を掛ける。
    糸の緑=細く垂れた枝の緑。

作者・・凡河内躬恒=おおしこうちのみつね。伝未詳。


診断を 今はうたがはず 春まひる 癩に堕ちし
身の影をぞ踏む
                 明石海人 

(しんだんを いまはうたがわず はるまひる かたいに
 おちし みのかげをぞふむ)

意味・・癩だという診断を疑い、そんな事はあり得ない、
    信じたくないと思い続けて来た。しかし今はは
    っきりと断定された診断をもう疑わない。あた
    りはうららかな春日である。その暖かい日射し
    の中を、地獄に堕ちた我が身の影を踏んで歩い
    ている。

    「癩に堕ちし」の「かたい」は癩病の事。かっ
    てはこのように言った。「堕ちし」に、もう再
    び、普通の生活には復帰出来ないと。

    もし、あなたが突然不治の病だと宣告されたら
    あなたはどう生きるだろうか。
    嘆き悲しみ、自分の運命を呪いながら生きるだ
    ろうか。あるいは、絶望のあまり発狂してしま
    うだろうか。生きている価値がないと諦めて、
    自ら命を断ってしまうだろうか。

    明石海人は、不治の病に冒され、一時は発狂し
    てしまうという過酷な運命にもてあそばれなが
    ら、やがて立ち直り、光輝く芸術世界を築き上
    げた人です。

作者・・明石海人=あかしかいじん。1901~1939。商業
    高校を卒業して画家を志して上京。結婚して二女
    があったが、癩病と診断された。「新万葉集」収
    載歌によって脚光を浴びた。その中で歌集「白描」
    を出版した。

出典・・歌集「白描」。


 あらそはぬ 風の柳の 糸にこそ 堪忍袋
ぬふべかりけれ    
                鹿都部真顔
             
(あらそわぬ かぜのやなぎの いとにこそ かんにん
 ぶくろ ぬうべかりけれ)

意味・・風に争うこともなく、吹くままになびいている
    柳の枝。あの柳の糸でこそ、めったに破っては
    ならない人間の堪忍袋を縫うべきだ。

    糸と袋の見立ての面白さをふまえた処世訓です。

 注・・柳の糸=細長い柳の枝を糸に見立てた語。
    堪忍袋=堪忍する心の広さを袋に例えた語。

作者・・鹿都部真顔=しかつべのまがお。1753~1829。
    北川嘉兵衛。狂歌四天王の一人。

出典・・狂歌才蔵集(小学館日本古典文学全集・狂歌)


 高槻の こずえにありて 頬白の さへづる春と 
なりにけるかも 
                島木赤彦

(たかつきの こずえにありて ほおじろの さえずる
 はるに なりにけるかも)

意味・・山国の冬もようやく過ぎ去り、高い槻の木の
    てっぺんに頬白が朗らかにさえずる春になっ
    たことだ。

    作者は長野県の生まれで、冬の長い信州にも
    ようやく春が来て、木のてっぺんで朗らかに
    鳴く頬白の声をとらえて春の喜びを詠んでい
    ます。
   
 注・・高槻=高い槻の木。「槻」はけやきのことで
     にれ科の落葉喬木。
    頬白=雀科の鳥。春になると潅木の頂で囀る。

作者・・島木赤彦=しまきあかひこ。1876~1926。
    長野県諏訪市に生れる。大正期の代表的歌人。

出典・・谷馨著「現代短歌精講」。

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