名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2020年05月

道のべの 朽木の柳 春来れば あはれ昔と 
しのばれぞする    
               菅原道真

(みちのべの くちきのやなぎ はるくれば あはれ
 むかしと しのばれぞする)

意味・・道のほとりの朽ち木の柳は、春が来ると、
    ああ、昔はさぞ美しく茂ったことであろう
    と思われることだ。

    作者自身の境遇を顧みて詠んでいます。

 注・・朽木の柳=ほとんど枯れかかった柳の木。
     左遷されて世に埋もれている自分の姿を
     見ている。
    あはれ昔としのばれぞする=ああ、昔はさ
     ぞ美しく茂った事であろう。世に時めい
     ていた頃の自分の追懐をこめている。

作者・・菅原道真=すがわらのみちざね。845~903。
    従二位右大臣。大宰権帥(そち)に左遷された。

出典・・新古今和歌集・1449。

 


 花ざかり 春のみ山の 明けぼのに おもひわするな 
秋の夕暮 
                 源為義

(はなざかり はるのみやまの あけぼのに おもいわするな
 あきのゆうぐれ)

詞書・・東宮(皇太子)が一品宮(いっぽのみや・親王)や故
    威子(いし)中宮(皇后)の女房たちと花見をしてい
    る時に詠んだ歌。

意味・・花盛りの春のみ山の曙の頃にも、どうか秋の夕暮
    れ時をお忘れなさいませんように。

    東宮や一品宮さまのお栄えにつけても、故威子中
    宮さまの御ことをお忘れなさいませんように。
    今の栄達も昔の人々の力添えがあったことを忘れ
    ないでほしい、という気持を詠んでいます。

 注・・東宮=皇太子。
    一品宮(いっぽんのみや)=親王。
    故威子中宮(こ・いしちゅうぐう)=故人となった
     威子という名前の皇后。
    女房=高位の女官。
    明けぼの=曙。枕草子の「春は曙」をさす。春は夜明
      け方が一番だ。だんだん白々と明けて峰近くの空
      があかね色になるのが素晴しい。
    秋の夕暮れ=秋は夕暮れが良い。はなやかな夕日、赤
      く染めた山や空が素晴しい。

作者・・源為義=みなもとのためよし。1042年没。従四位陸 
    奥守。

出典・・後拾遺和歌集・1103。


 年ごとに 来てはかせいで 帰れるは 越路にたんと
かり金やある
                  加保茶元成
             
(としごとに きてはかせいで かえれるは こしじに
 たんと かりがねやある)

意味・・雁が毎年北の方から来ては、せっせと稼いで帰って
    行くが、雁金というから、郷里の越路にたんと借金
    でもあるのだろうか。

    題は「帰雁(きがん)」。当時、雪国の越後や信州か
    ら江戸へ、冬の期間出稼ぎに来ていた奉公人になぞ
    らえ見立てた歌です。

 注・・越路=北陸地方。
    帰雁=春になって南から北へ帰る雁。
    かり金=雁金。雁のこと、「借金」を掛ける。

作者・・加保茶元成=かぼちゃのもとなり。1754~1828。
    本名村田市兵衛。新吉原の妓楼の主人。

出典・・小学館「黄表紙・川柳・狂歌」。

霞立つ 沖見の嶺の 岩つつじ 誰が織り染めし 
唐錦かも
               良寛

(かすみたつ おきみのみねの いわつつじ たがおり
 そめし からにしきかも)

意味・・越後の低い山並みにある沖見の山に、岩つつじの
    花が、白くかかる霞の中で、赤く咲いている。こ
    の美しい自然は、誰が織って染めた唐織りの錦な
    のであろうか。

 注・・霞立つ=霞がかかる。
    沖見の嶺=沖見峠ともいう。新潟県長岡市から柏
    崎市への旧街道で絶景の地といわれた。
    唐錦=紅色を交えた唐織りの厚地の絹織物。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。越後出雲崎に
    神官の子として生まれる。18歳で曹洞宗光照寺に
    入山。

出典・・谷川俊朗著「良寛全歌集」。

 


 深見草 今を盛りに 咲にけり 手折るもおしし 
手折らぬもおし
               良寛

(ふかみぐさ いまをさかりに さきにけり たおるも
 おしし たおらぬもおし)

意味・・牡丹の花は、今が盛りだとして、咲いている。
    あまり華やかなので、手で折り取るのも惜しい
    し、そのままにして置くのも惜しいことだ。

 注・・深見草=牡丹の異名。花は春に咲く。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。

出典・・谷川俊朗著「良寛全歌集」。


 菫程な小さき人に生まれたし
                     夏目漱石

(すみれほどな ちいさきひとに うまれたし)

意味・・道端の菫が目につく。アスファルトのちよっとした割れ目
    にも、どこにでも可憐な花を咲かす菫。もう一度生まれ直
    す事が出来るなら、周りの環境を気にしないであどけなく
    咲く菫のように生まれたい。小さな存在だけれど懸命に生
    きる菫ほど愛らしいものはない。目立たなくともよい、ひ
    っそりと自分の力を尽くす人生でありたい。

 注・・程な=ほどのような。「な」は意思や希望を表す。・・の
     ように、・・したい。

作者・・夏目漱石=なつめそうせき。1867~1916。東大英文科卒。
    小説家。

出典・・大高翔著「漱石さんの俳句」。


 北へ行く 雁ぞ鳴くなる つれてこし 数はたらでぞ 
帰るべらなる
                  詠人しらず
                      
(きたへゆく かりぞなくなる つれてこし かずは
 たらでぞ かえるべらなる)

意味・・春が来て北国に飛び帰る雁の鳴き声が聞こえて
    くる。あのかなしそうな鳴き声は、日本に来る
    時には一緒に来たものが、数が足りなくなって
    帰るからなのだろうか。

    この歌の左注に、「この歌の由来は、ある人が
    夫婦ともどもよその土地に行った時、男の方が
    到着してすぐに死んでしまったので、女の人が
    一人で帰ることになり、その帰路で雁の鳴き声
    を聞いて詠んだものだ」と書かれています。

 注・・べらなり=・・のようである。

出典・・ 古今和歌集・412。

あはづ野の すぐろのすすき つのぐめば 冬たちなづむ
駒ぞいばゆる 
                    権僧正静円

(あわづのの すぐろのすすき つのぐめば ふゆたち
 なずむ こまぞいばゆる)

意味・・春が来て粟津野のすぐろの薄が芽ぐみ初めると、
    元気がなかった駒が、時を得た顔に声高くいな
    ないていることだ。

 注・・あはづ野=粟津野。滋賀県大津市瀬田辺りの地名。
    すぐろ=末黒。春、野原を焼いたあとの草木が
     黒く漕げていること。
    つのぐめば=芦・荻・薄などが角のように芽を
     出すこと。
    なづむ=悩み苦しむ。
    いばゆる=嘶(いなな)く。

作者・・権僧正静円=ごんのそうじょうじょうえん。10
    16~1074。和泉式部の孫。

出典・・後拾遺和歌集・45。

 


 花の色は 移りけりな いたづらに わが身世にふる 
ながめしまに
                 小野小町

(はなのいろは うつりけりな いたづらに わがみよ
   にふる ながめせしまに)

意味・・花の色も私の美しさも、もはや色あせってしま
    ったのだ。思えば、むなしくも我が身はすっか
    り老い衰えた。つまらない物思いにふけり眺め
    ているうちに、花が春の長雨にうたれて散って
    いくように。

    たださえ開花期間の短い桜の花が、長雨のため
    に散る前に色あせてしまった。そのような桜に
    自分を重ねています。女盛りの美しさを人前で
    十分に発揮することもなく、むなしく老いて行
    く自分自身の人生が、深い哀惜をもって見つめ
    られています。

 注・・花の色=表面は花であるが、裏面に作者の容色
     をさす。
    移り=色あせること。
    いたづら=むなしいさま、つまらないさま。
    ふる=降ると経る、古る(年を取る)を掛ける。
    ながめ=長雨と眺め(物思いにふける)を掛ける。

作者・・小野小町=おののこまち。生没年未詳。六歌仙
    の一人。絶世の美人といわれ各地に小町伝説を
    残す。

出典・・古今和歌集・113、百人一首・9。


花見れば いとど心は 慰みぬ 吾が白髪の 
生ふと知らずて
               良寛

(はなみれば いとどこころは なぐさみぬ わが
 しろかみの おうとしらずて)

意味・・梅の花を見ていると、いっそう心が穏やかに
    慰められることだ。私の髪が白く生えるとも
    しらないで。

    好奇心の旺盛な若い時と違って、何事からも
    興味が薄れて行く年老いた今、花を見て心が
           慰められることは嬉しいことだ。

 注・・いとど=いっそう、ますます。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。

出典・・谷川俊朗著「良寛全歌集」。
 

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