名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2020年06月


 水なしと 聞きてふりにし 勝間田の 池あらたむる 
五月雨の頃 
                  西行

(みずなしと ききてふりにし かつまたの いけあら
 たむる さみだれのころ)

意味・・水が無いということで長い年月言いつがれて
    きた勝間田の池でも、五月雨が降り続き、池
    の様子もすっかり変ってしまったものだ。

    五月雨が降りようやっと池に水が貯まった喜
    びを歌っています。

 注・・ふりにし=「古り」と「降り」の掛詞。
    勝間田=奈良県生駒郡。
        あらたむる=新しくなる。

作者・・作者・・西行=さいぎょう。1118~1191。
    俗名佐藤義清。下北面の武士として鳥羽院に
    仕える。1140年23歳で財力がありながら出
    家。出家後京の東山・嵯峨のあたりを転々と
    する。陸奥の旅行も行い30歳頃高野山に庵を
    結び仏者として修行する。

出典・・家集「山家集・225」。


 朝霞 深く見ゆるや 煙立つ 室の屋島の 
わたりなるらん
              藤原清輔

(あさがすみ ふかくみゆるや けむりたつ 
 むろのやしまの わたりなるらん)

意味・・朝霞のいちだんと深く見えるあそこが、湖面に煙
    の立つ室の屋島のあたりなのであろうか。

    池から湯気が立ち上る風雅な景色を旅人の気持ち
    になって詠んでいます。

 注・・室の屋島=栃木県栃木にあった池。水蒸気が煙の
     ように立ち昇っていた。
    わたり=あたり。

作者・・藤原清輔=ふじわらのきよすけ。1104~1177。
    正四位太皇太后宮大進。

出典・・古今和歌集・34。


 山行くは たのしからずや 高山の 青雲恋ひて 
今日も山ゆく
                 結城哀草果

(やまゆくは たのしからずや たかやまの せいうん
 こいて きょうもやまゆく)

意味・・山を登るのは楽しくないのだろうか、いやいや
    楽しいものだ。青い空、緑の木々、鳥が鳴く山。
    そして冒険心をあおる山。今日も山が恋しくな
    って登っている。

    喧噪な街を離れ、山登りに集中し物思いも忘れ、
    新鮮な美味しい空気を吸うと、山登りの味が忘
    れられなくなってくる。

 注・・青雲=青空。出世。高尚な志。

作者・・結城哀草果=ゆうきあいそうか。1893~1974。
    斉藤茂吉記念館館長。


 門前に 市も立花の 盛かな
                    松永貞徳

(もんぜんに いちもたちばなの さかりかな)

意味・・橘の花のさかりに、花をめでる人々が集まって
    くるので、門前に市が立つほどである。

    橘の花の盛りを詠むのに「門前市をなす」の諺
    を用い、おおらかなおかしさを出しています。

 注・・門前に市=「門前に市をなす」は、出入りする
     者が多くその家が栄えることをいう。
    立花=「市が立つ」と「花橘」を掛ける。橘は
     芳香が強く夏の到来を知らせる。

作者・・松永貞徳=まつながていとく。1571~1653。
    和歌・連歌・狂歌・俳句などに活躍し多くの門
    弟を擁した。

出典・・犬子(えのこ)集(小学館「近世俳句俳文集」)


(1)わが宿の 軒の菖蒲を 八重葺かば 浮世のさがを  
  けだしよきむかも       
                   由之
  
(わがやどの のきのしょうぶを やえふかば うきよの
 さがを けだしよきんかも)

(2)八重葺かば またも閑をや 求めもせむ 御濯川へ    
    持ちて捨てませ        
                                                良寛

(やえふかば またもひまをや とめもせん みすすぎ
 がわへ もちてすてませ) 

意味(1)・・私の家の軒に魔よけの菖蒲をさしているが、
      これを幾重にもさしたなら、この世の邪気
      を、もしかしたら払いのける事が出来るだ
      ろうか。
意味(2)・・あなたの軒の菖蒲を幾重にもさして悪い者
             を払ったらまた楽しみを求めようとするだ
             ろう。邪気を払う菖蒲がかえってあなたの
             ためにならないから、神を拝むために身を
             清める川へ持って行ってお捨てなさい。

     「暇ほど毒はない」という事をいっています。

 注(1)・・さが =悪いもの、邪気。
      けだし=もしかしたら。
      よきむ=避ける。
       菖蒲=魔除けとして軒に吊るしたり刺され
               たりしていた。
 注(2)・・閑(ひま)=暇つぶし、道楽。
      求(と)め=求める。
      御濯(みすすぎ)川=御手洗(みたらし)川、
               身を清める川。

作者(1)・・由之=よしゆき。良寛の弟。
作者(2)・・良寛=りょうかん。1758~1831。越後出雲
           崎に神官の子として生まれる。18歳で曹洞
           宗光照寺に入山。

出典・・谷川俊朗著「良寛全歌集」。

 

刈り残す みつの真菰に 隠ろへて かげもち顔に
鳴くかはづかな        
                 西行
                
(かりのこす みつのまこもに かくろえて かげもち
 かおに なくかわずかな)

意味・・刈り残された御津(地名)の真菰の陰に隠れて
    自分は身を守ってくれる影を待っているぞと
    自慢げな顔で鳴いている蛙だなあ。

    頼りない真菰の陰で鳴く蛙がささやかな物に
    楽しみを感じる無邪気さを滑稽味をもって詠
    んでいます。

 注・・みつ=地名の御津(難波)又は美豆(山城)。
    真菰(まこも)=イネ科の多年草。水辺に生え
     葉、茎で莚(むしろ)を編む。
    かげもち顔=得意顔。「影を待つ」を掛ける。

作者・・西行=1118~1190。鳥羽院の北面の武士。23
     歳で出家。

出典・・山家集・1018。
 


わがやどの 梢の夏に なるときは 生駒の山ぞ 
みえずなりぬる
                 能因法師

(わがやどの こずえのなつに なるときは いこまの
 やまぞ みえずなりぬる)

意味・・私の家の庭の木の梢が夏を迎えた時は、その茂った
    葉にさえぎられて、生駒山は見えなくなっこてしまう
    ものだ。

    若葉の茂るさわやかな夏です。

出典・・後拾遺和歌集・167。


 てのひらを くぼめて待てば 青空の 見えぬ傷より
花こぼれ来る
                  大西民子
 
(てのひらを くぼめてまてば あおぞらの みえぬ
 きずより はなこぼれくる)

意味・・晴れた空は青く心地よい。野辺には花がいっぱい
    咲いて、また散っている。今、この美しい花びら
    を両手で受けようとしている。幸せな時だ。だが、
    花は、空の見えない傷から血や涙がこぼれるよう
    に、手の中にこぼれ落ちてくるのだった。

    幸せそうにに振舞っているが、他人には分からな
    い傷をかばいながら生きている姿を詠んでいます。

 注・・見えぬ傷=他人には分らない傷・悩みを暗示。
    
作者・・大西民子=おおにしたみこ。1924~1994。奈良女
    子高等師範学校卒。木俣修に師事。

出典・・歌集「無数の耳」(実業之日本社「現代秀歌百人一
    首」)

ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の
月ぞ残れる
                   藤原実定

(ほととぎす なきつるかたを ながむれば ただ
 ありあけの つきぞのこれる)

意味・・ほととぎすが鳴いた方を見ると、(繁栄した
    昔の都の姿はなく)ただ有明の月が残ってい
    るだけである。

 注・・有明の月=夜明けの空にまだ残っている月。

作者・・藤原実定=ふじわらのさねさだ。1139~11
    91。正二位左大臣。

出典・・千載和歌集・161、百人一首・81。

 


 板橋や 踏めば沈みて あやめ咲く
                     村上鬼城

(いたばしや ふめばしずみて あやめさく)

意味・・「昔、ある男が我が身は役立たぬと思い込んで、
    もう都にはおるまいと安住の地を求めて旅立った。
    そして三河の国、八橋に着いた。八橋というのは
    川の流れが蜘蛛の手のようにいく筋にも分流して
    いるので、板の橋を八つ渡している。それで八橋
    と呼ぶのであった」という伊勢物語で有名な三河
    に八橋があるが、その板橋を歩いて渡ると、見事
    なあやめが足にもつれるように沢山咲いている。
    在原業平が詠んだ「かきつばた」の折句の歌「か
    ら衣きつつなれにしつましあればはるばる来ぬる
    旅をしぞおもふ」を口ずさみ昔をしのんで、板橋
    を渡っている。

作者・・村上鬼城=むらかみきじょう。1865~1938。耳
    症を患う。裁判所の代書人。

参考です。
唐衣 着つつなれにし 妻しあれば はるばる来ぬる 
旅をしぞ思ふ            
                 在原業平
            
(からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる
 たびをしぞおもう)
(か・・・・ き・・・・・・ つ・・・・  は・・・・・・
 た・・・・・)

意味・・くたくたになるほど何度も着て、身体になじんだ衣服
    のように、慣れ親しんだ妻を都において来たので、都を
    遠く離れてやって来たこの旅路のわびしさがしみじみと
    感じられることだ。

    三河の国八橋でかきつばたの花を見て、旅情を詠んだ
    ものです。各句の頭に「かきつばた」の五文字を置い
    た折句です。この歌は「伊勢物語」に出ています。

 注・・唐衣=美しい立派な着物。
    なれ=「着慣れる」と「慣れ親しむ」の掛詞。
    しぞ思う=しみじみと寂しく思う。「し」は強調の意
     の助詞。
    三河の国=愛知県。

作者・・在原業平=ありわらのなりひら。825~880。従四位
     ・美濃権守。行平は異母兄。

出典・・古今集・410、伊勢物語・9段。

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