名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2020年07月


 天つ風 吹飯の浦に いる鶴の などか雲居に
帰らざるべき
               藤原清正
           
(あまつかぜ ふけいのうらに いるたずの などか
 くもいに かえらざるべき)

詞書・・殿上を離れまして詠みました歌。

意味・・天の風の吹く吹飯の浦に下りている鶴が、
    空に舞い戻るように、どうしてもう一度
    昇殿せずにすまそうか。きっと宮中の殿
    上に帰る事が許されるであろう。

 注・・天つ風=空を吹く風。
    吹飯の浦=紀伊の国(和歌山)にある名所
     の海岸。
    雲居=高い空。「宮中」の意の「雲居」を
     掛ける。
    殿上=清涼殿の殿上の間に上る事を許さ
     れる事。四位・五位になると許される。

作者・・藤原清正=ふじわらのきよただ。~958。
   「きよまさ」とも読む。紀伊守・従五位上。
    三十六歌仙の一人。

出典・・新古今和歌集・1723。


 まこもぐさ 淀のわたりに 刈りにきて 野飼ひの駒を
なつけてしかな
                   相模 

(まこもぐさ よどのわたりに かりにきて のがいの
 こまを なつけてしかな)

意味・・真菰草を淀川のあたりまで刈りに行って、野
    に放し飼いにしている馬を手なずけたいもの
    だなあ。

    芽が出た真菰草を食べに、淀川の水辺に来る
    放牧された馬を手なずけて見たい、という気
    持ちです。    

 注・・まこもぐさ=真菰草。水辺に群生するイネ科
     の多年草。編んで筵(むしろ)などに利用。
    淀=淀川。京都市伏見区を流れる川。大井川
     が場所により桂川、淀と呼ばれる。
    なつけて=手なずける。

作者・・相模=さがみ。994~1061。相模の名は夫が
     相模守であったことに由来する。

出典・・さがみ集。



 夕立ちや 法華飛び込む 阿弥陀堂
                     大仏次郎

(ゆうだちや ほっけとびこむ あみだどう)

意味・・急に降って来た大降りの雨。阿弥陀堂には侍や、
    旅役者、町人の先客が雨宿りをしながら、誰かま
    わずにわいわい言っている。そこに坊主が飛び込
    んで来て一枚加わった。

    「ひどい雨ですなあ、どこまで行かれます?・・
    どこどこは物騒、お役人が誰々をお縄にした・・」
    知らぬもの同士でも話がはずむ。

 注・・法華=法華宗。ここでは僧、坊主。
    阿弥陀堂=阿弥陀仏を本尊とする仏堂。

作者・・大佛次郎=おさらぎじろう。1897~1973。東大卒。
    小説家、鞍馬天狗や赤穂浪士が有名。

出典・・大仏次郎著「小説・鞍馬天狗」。


 医師の眼の 穏しきを趁ふ 窓の空 消え光つつ 
花の散り交ふ
                 明石海人

(いしのめの おだしきをおう まどのそら きえ
 ひかりつつ はなのちりかう)

詞書・・病名を癩と聞きつつ暫しは己が上とも覚えず。

意味・・診察した医師は「癩」と診断して、顔をそっ
    と窓の空に向けている。そこには花びらが、
    日に当たり、またかげりながら散っている。

    昭和10年頃の当時は、癩病は不治の病であっ
    た。その病名を聞かされてショックを受けた
    状態を詠んでいます。

    咲き終えて落下する花びらのように、自分の
    運命もこれまでかと落胆した歌です。
    しかし、この後に気を取り戻します。父や母、
    妻や幼子の事を思うと、必ず病気を治さねば
    ならない、治したいと。
    蕾が花と開いて、燃えて燃え尽きて落下する。
    私も必ずこの病気に打ち勝って花を開かせて
    燃え尽きて散りたいと。   

 注・・穏(おだ)しき=おだやか。
    趁(お)ふ=追う、追いかける。
    癩=ハンセン氏病。昭和24年頃から特効薬が
     普及して完治するようになった。特効薬の
     無い昔は、人々に忌み嫌われ差別され、又
     療養所に隔離されて出所出来なかった。

作者・・明石海人=あかしかいじん。1901~1939。
    沼津商業卒。会社勤め後、らい病を患い、長
    島愛生園で生涯を過ごす。鼻が変形し失明す
    る中で歌集「白描」を出版。

出典・・歌集「白描」、新万葉集。


 分け入っても分け入っても青い山

                   山頭火 

(わけいっても わけいっても あおいやま)

意味・・いくら進んでも青い山ばかりで街は見えない。
    それでも歩き続けている。

    道なき道を分け入って、どんどん進んでも青い
    山は果てしなく続いている。

    自分の人生の道、俳句の道もいくら模索しても
    これが満足というのに程遠い。    

    「この道やゆく人なしに秋の暮れ」と詠んだ芭蕉
    の孤独と求道に通じています。(意味は下記参照)

       
 注・・分け入っても=「も」は・・だけれどの意。「も」
     を繰り返して、求めているものが中々見つから
     ないもどかさを表している。
    青い山=明るいイメージの言葉は「楽しげで活気に
     富んだものであるが、山頭火の求めた物ではない」
     を強調している。青い山は、人生の生業(なりわい)
     に打ち込む楽しみや家庭の幸せ、そして浮き世の
     華やかな快楽であり、普通の人々が生きている世
     界を意味している。

作者・・山頭火=さんとうか。種田山頭火。1882~1940。
     父の放蕩、母と弟の自殺、家業の酒業の失敗で
     不幸が重なる。大正14年出家し禅僧として行乞
     流転しながら句作。荻原井泉水に師事。

出典・・金子兜太著「放浪行乞・山頭火120句」。

参考歌です。

此の道や行く人なしに秋の暮れ       芭蕉


意味・・晩秋の夕暮れ時、一本の道がかなたに続いて
    いる。その道は行く者もなく寂しげだが、自
      分は一人でその道を通っていこう。

      秋の暮れの寂しさと芭蕉の孤独感を詠んで
    います。「此の道」は眼前にある道と同時に
    生涯をかけて追求している、俳諧の道でも
    あります。

 注・・此の道=道路、まっすぐに通っている一本の
     みち。剣道とか柔道とかいう「道・術」の
     意を掛けている。
    秋の暮れ=秋の日暮れ時。また秋季の終わり。
     寂しさを伴う情景として詩歌に歌われる。

出典・・小学館「松尾芭蕉集」。

このページのトップヘ