名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2020年08月


その海が しやべってくれた 気がしたの 私に向かって
「まだ出来るよ」と
                    岩上詩織

(そのうみが しやべってくれた きがしたの わたしに
 むかって 「まだできるよ」と)

意味・・広く遠くまで続く青い海原を眺めていると、気持ち
    が落ち着き辛いことも忘れさせられる。雄大な海は、
    私に話しかけてくれる。あなたはまだまだ気が小さ
    い、これから大きくなれるよ、これからは何でも出
    来るよ、諦めないで!と私に向かってエールを送っ
    てくれた。

作者・・岩上詩織=いわがみしおり。生没年未詳。'11年当時
    埼玉久喜北陽高校一年生。

出典・・同志社女子大学編「31音青春のこころ・2012」。
     


年のはに かくも見てしか み吉野の 清き河内の 
たぎつ白波      
                                            笠金村

(としのはに かくもみてしか みよしのの きよき
 かわちの たぎつしらなみ)

意味・・毎年毎年こうして見たいものだ。ここ吉野の
    清らかな河内の渦巻き流れる白波を。

    吉野川の爽快な白波を詠み離宮を讃えた歌で
    す。

 注・・年のは=毎年。
    河内=川の周辺に開けた生活圏。

作者・・笠金村=かさのかねむら。生没年未詳。723
    年頃活躍した宮廷歌人。

出典・・万葉集・908。 


 けふという 今日は雲霧 晴れ尽くし 富士の高嶺を
見る心地せり        
                  吉村昭

(きょうという きようはうんむ はれつくし ふじの
 たかねを みるここちせり)

意味・・毎日毎日、心の中のもやもやが残っていて
    気分がすぐれなかったが、今日はそれが吹
    っ切れて、富士山の晴れ晴れしい姿を見る
    気分だ。

    日頃夢に思っていた事が実現した時のよう
    な喜びです。

作者・・吉村昭=よしむらあきら。1927~2006。
    学習院中退。作家。


 島々や 千々にくだけて 夏の海
                    芭蕉

(しまじまや ちぢにくだけて なつのうみ)

意味・・この松島は百千の島々がちらばっていて、
    そのために、この湾の夏の海も千々に砕け
    てちらばり、それぞれに涼しい波を立てて
    いることである。

    松島の句の前書きです。
    松島は日本一の好風景であるとか。昔から
    今に至るまで、風流文事に心ある人はみな、
    この松島にまず思いをかけ、心をくだいて、
    この美しさを絵に描き、文に言いとろうと
    する。およそ海の広さは四方三里ばかりで、
    様々の島々がそれぞれ変わった、珍しい姿
    をしており、造物の神が、その天然の技巧
    の妙を、ここにわざわざ刻みつけたようで
    ある。島にはおのおの松が生い茂って、そ
    のうるわしく、はなやかなことは、たとえ
    ようもないほどである。

 注・・松島=宮城県の松島湾で、大小二百六十余
     りの島がある。天橋立、厳島と並ぶ日本
     三景の一。

作者・・芭蕉=ばしょう。1644~1695。

出典・・俳文「松島」(小学館「松尾芭蕉集」)


 起きて見つ 寝て見つ蚊帳の 広さかな
                    浮橋

(おきてみつ ねてみつかやの ひろさかな)

意味・・恋しい人を思って一人寝をするとなかなか
    寝つけず、起き上がって見、また横になっ
    て見てつくづく蚊帳の広さを感じることだ。

    主人が亡くなって一人で寝る蚊帳の広さです。

作者・・浮橋=うきはし。生没年未詳。江戸前期の
    人。吉原の有名な遊女。千代女の句ともい
    われている。

出典・・福武書店「名歌名句鑑賞事典」


太秦は 竹ばかりなり 夏の月
                  井上士郎

(うずまさは たけばかりなり なつのつき)

意味・・太秦は京都の西郊で、今でも竹藪が多いが、
    当時は人家も少なく、まさしく「竹ばかりな
    り」の感が深かったであろう。
    夏の月明かりの夜、太秦のあたりを遊歩する。
    道は竹藪の間をぬい、一つの竹藪が尽きると、
    また次の竹藪がある。すくすくと伸びた竹、
    その細かい葉が月光をあびて涼しげに輝いて
    いる。

 注・・太秦=京都市右京区の地名。当時は郊外でこ
     こから御室(おむろ)・嵯峨のあたりにかけ
     て竹藪が多かった。

作者・・井上士郎=井上しろう。1742~1812。
    名古屋の町医者。

出典・・小学館「近世俳句・俳文集」。

 


急がずば ぬれざらましを 旅人の あとよりはるる
野路の村雨           
                 太田道灌

(いそがずば ぬれざらましを たびびとの あとより
 はるる のじのむらさめ)

意味・・もしも急がなければ、濡れなかったであろうに。
    旅人が通った後から晴れていく野の道に降った
    にわか雨である。

    急いだばかりにずぶ濡れになった旅人の後から、
    皮肉にも晴れていく村雨の景は「急(せ)いては
    事を仕損じる」の教訓として詠まれています。

 注・・村雨=にわか雨。

作者・・太田道灌=おおたどうかん。1432 ~1486。
    1457年に江戸城を築く。

出典・・家集「慕景集」(笠間書院「和歌の解釈と鑑賞辞典」)

 


 松かげの 岩井の水を むすびつつ 夏なき年と
おもひけるかな 
              恵慶法師
                
(まつかげの いわいのみずを むすびつつ なつなき
 としと おもいけるかな)

意味・・松の木かげに湧く岩井の清水を掬い上げすくい
    あげするたびに、あまりの冷たさに今年は夏の
    ない年かなと思う。

 注・・岩井の水=岩石を井筒に囲み湧出する泉の井戸。

作者・・恵慶法師=えぎょうほうし。生没年未詳。992年
    頃活躍した人。中古三十六歌仙の一人。

出典・・拾遺和歌集集・131。

道のべの 清水流るる 柳陰 しばしとてこそ 
立ち止まりつれ             
                                            西行

(みちのべの しみずながるる やなぎかげ しばしとてこそ
 たちどまりつれ)

意味・・清水が流れている道のほとりに大きな柳の樹陰。
    ほんの少し休もうと立ち止まったのに、涼しさに
    つい長居をしてしまった。

    この柳のことを知って、芭蕉は次の句を詠んで
    います。

      田一枚 植えて立ち去る 柳かな     芭蕉

    この柳のところで西行の昔をしのびながら休んで
    いると、いつのまにか前の田では早乙女がもう田
    を一枚植えてしまった。自分も意外に時を過ごし
    たのに驚いて、この柳の陰を立ち去ったことだ。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。俗名佐藤義清。
    下北面の武士として鳥羽院に仕える。1140年23歳
    で財力がありながら出家。出家後京の東山・嵯峨
    のあたりを転々とする。陸奥の旅行も行い30歳頃
    高野山に庵を結び 仏者として修行する。

出典・・新古今和歌集・262。

 


瓜植えし 狛野のはらの 御園生の 繁くなりゆく
夏にもあるかな
                 曽禰好忠 

(うりうえし こまののはらの みそのうの しげく
 なりゆく なつにもあるかな)

意味・・瓜を植えた狛野の原の菜園が、みるみる緑の
    繁みになってゆく。いま夏の、まさしく草木
    が勢いよく成長する時季にさしかかっている
    ことだ。

 注・・狛野=京都府相楽群山城町。瓜が名産。
    御園生=果樹園・菜園。朝廷に供給する果物
     や野菜を栽培した。

作者・・曽禰好忠=そねのよしただ。923~1003。
    丹後掾(たんごのじょう・下級武士の位)

出典・・歌集好忠集。
 

このページのトップヘ