名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2020年09月


 更けにけり 山の端近く 月冴えて 十市の里に
衣打つ声
                 式子内親王

(ふけにけり やまのはちかく つきさえて とおちの
 さとに ころもうつこえ)

意味・・夜が更けてしまったことだ。山の端近くに月の光が
    冷たく澄み、遠い十市の里で衣を打つ音が聞こえる。

    山の端の冴えた月の光と、遥かな十市の里の砧(き
    ぬた)の音とで、夜更けに気がついた。その情景(砧
    を打つ女性の夜なべ作業)にしみじみした思いと哀
    感を詠んでいます。

 注・・山の端=山の上部で空と接する部分。
    十市(とおち)=奈良県橿原(かしはら)にある十市町。
    「遠・とお」を掛けている。
    衣打つ=衣を柔らかくしたり光沢を出すため、木槌
     で布を打つ(砧・きぬた)のこと。女性の夜なべ作業
     であった。

作者・・式子内親王=しょくしないしんのう。1201年没。後
    白河上皇の第二皇女。高倉宮斎宮。

出典・・新古今和歌集・485。


秋の雨 降りてやまねば 庭苔に 土のおちつく 
秋は来にけり
                岡 麓

(あきのあめ ふりてやまねば にわごけに つちの
 おちつく あきはきにけり)

意味・・秋の雨が降り続いて、庭の苔は繁殖して地表を
    被(おお)い、しっとりとした庭土に秋の風情が
    感じて来る。

    近くのお寺の庭が思い出されます。

作者・・岡 麓=おかふもと。1877~1951。正岡子規
    に師事。日本芸術家会員。

出典・・歌集「庭苔」(桜楓社「現代名歌鑑賞事典」)
 


 こころみに ほかの月をも みてしがな わが宿からの
あはれなるかと
                   花山院
             
(こころみに ほかのつきをも みてしがな わがやど
 からの あわれなるかと)

意味・・ためしに他所の月を見てみたいものだ。見る
    場所がこの家ゆえの素晴らしさなのかどうか
    と。

    見る人の状態、すなわち自分の気持ちや立場、  
    場所などが最良の時に素晴らしい月が見られ
    るのです。

 注・・あはれ=喜楽・悲哀などの感動を表す語。
     すてきだ、悲しい、気の毒だ。

作者・・花山院=かざんいん。968~1008。65代天皇。
    退位後出家。

出典・・詞歌和歌集・300。


 山里は 秋こそことに わびしけれ 鹿の鳴く音に 
目をさましつつ                 
                 壬生忠岑

(やまさとは あきこそことに わびしけれ しかの
 なくねに めをさましつつ)

意味・・山里では、秋がほかの季節と比べてひときわ寂しく
    てならぬものだ。どこかで鳴く鹿の声にしばしば眠
    りを覚まされると、次から次へと物思いに追われて
    なかなか寝つけない。

    山里はわびしい所、そこに住む己のわびしい思いを
    基調として、これに、わびしい時としての秋、また
    その夜、さらに、わびしさを誘う鹿の声・・と、
    わびしさの限りを尽くした趣です。

    「わびしさ」の例です。
    山里のわびしさ・・人がいないので暖かく接して
    くれる人がいない---寂しさ。
    己のわびしさ・・明るい見通しや希望がなかったり、
    悩み事があったり---憂鬱感。
    秋のわびしさ・・木の葉が落ち、草木が枯れていく
    のと、自分の体力の衰えを重ねる---悲哀感。
    夜のわびしさ・・静かで心細い。
    鹿の鳴き声・・聞くと一緒に泣きたくなる---哀れさ。

 注・・秋こそ=秋が他の季節と比べて特に。「こそ」は多く
     の事物の中から一つたげを取り出して指定する語。
        わびし=気落ちして心が晴れないさま。せつない。
     心細い、もの寂しい。
    鹿の鳴く音=牡鹿(おじか)の妻恋の声で、哀れさを
     誘われる。

作者・・壬生忠岑=生没年未詳。907年頃活躍した人。古今集
     の撰者の一人。

出典・・古今和歌集・214。

 


 おく露に たわむ枝だに あるものを いかでかをらん
宿の秋萩
                  橘則長

(おくつゆに たわむえだだに あるものを いかでか
 おらん やどのあきはぎ)

詞書・・我が家の萩を人が分けてほしいと請いましたので
    詠んだ歌。

意味・・置く露によって撓(たわ)む枝さえ痛ましく思うの
    に、我が家の秋萩をどうして折れましょうか。
    折れません(差し上げることは出来ませんので、
    あしからず)。

    とは言うものの、人のたっての所望を断り
    おおせず、見事な枝にこの歌をつけて贈っ
    たという。

作者・・橘則長=たちばなののりなが。生没年未詳。越中
    守従五位。清少納言の子供。

出典・・後拾遺和歌集・301。


 命一つ 身にとどまりて 天地の ひろくさびしき
中にし息す
                窪田空穂

(いのちひとつ みにとどまりて あめつちの ひろく
 さびしき なかにしいきす)

意味・・命一つ、他のものはすべて、老いたがゆえに無く
    なっているが、最後に大切な命だけは残っている。
    欲望、志、目標といったものも無くなり寂しいが、
    この広い天地自然の中に静かに自分は生きている
    のだ。

    77才の時に「老境」という題で詠んだ歌です。
    命一つ以外何も無い。もう失う物は無い。気楽な
    気持ちで老境を楽しもう。あるがまま、思うまま
    に生きて行こう。

    命一つ以外に何も無い状態にするのは困難がつき
    まといます。常に「断捨離」と念仏のように唱え
    ていなければ出来ません。

    断:入ってくるいらない物を断つ。     
    捨:家にずっとあるいらない物を捨てる。    
    離:物への執着から離れる。

    不要な物を断ち、捨てることで、物への執着から
    離れ、自身で作り出している重荷からの解放を図
    り、身軽で快適な生活を心掛けることです。

作者・・窪田空穂=くぼたうつぼ。1877~1967。早稲田
    大学卒。国文学者。

出典・・歌集「丘陵地」(実業之日本社「現代秀歌百人一
    首」)


 梟よ 尾花の谷の 月明に 鳴きし昔を
皆とりかへせ
             与謝野晶子

(ふくろうよ おばなのたにの げつめいに なきし
 むかしを みなとりかえせ)

意味・・吹く風に靡(なび)き、月明かりに照らされた
    尾花は風情があるものだ。梟よ、その尾花が
    咲いている谷間で、若くして元気に鳴いてい
    た頃の日々を覚えているかい。お前もそんな
    昔に戻りたいだろうなあ。私も若々しい時に
    戻りいものだ。

    亡くなる前年の秋に、身の衰えを哀しみ元気
    であった頃の昔を回想して詠んだ歌です。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。
    堺女学校卒。与謝野鉄幹と結婚。「明星」の
    花形となる。

出典・・歌集「白桜集」。


 中々に とはれし程ぞ 山ざとは 人もまたれて
さびしかりつる
                木下長嘯子

(なかなかに とわれしほどぞ やまざとは ひとも
 またれて さびしかりつる)

意味・・かえって訪問されていた時の方が、もしかして
    人が来るかもしれないと自然と待たれて、山里
    は寂しいものだなあ。

    寂しさの中でも、「自分は見捨てられている」、
    「誰からも相手にされない」と思う寂しさが
    一番辛いものです。
    人が全く訪ねて来なかったら、誰からも顧みら
    れないという寂しさが湧いて来て辛いものです
    が、いつしか諦めてしまう。
    ところが、時たま人が訪ねて来ていると、私は
    まだ忘れられた存在ではないと安心する。だが、
    もう訪ねて来る頃だと思っていても人は誰も来
    ない。すると自分は見捨てられたのかなあ、と
    寂しさが募って来る。
    なまじっか期待しがいのある方が寂しいと詠ん
    だ歌です。
    
 注・・中々に=なまじっか、かえって。
    程=時分、頃、時。
    つる=・・してしまう。

作者・・木下長嘯子=きのしたちょうしょうし。1569~
    1649。秀吉の近臣。若狭の城主。関ケ原の戦い
    を前に逃げ、武将としての面目を失い、京の東
    山に隠棲。

出典・・家集「挙白集」(小学館「近世和歌集」)


秋風の 千江の浦廻の 木屑なす 心は依りぬ
後は知らねど
                詠み人しらず

(あきかぜの ちえのうらみの こつみなす こころは
 よりぬ のちはしらねど)

意味・・秋風の吹く千江の浜辺に、木の屑や貝殻や海藻
    などの小さな塵芥が流れ寄っています。それら
    は波のまにまに打ち寄せられて、いつしか、そ
    の浜辺にたまったもの。私の恋の思いも、ちょ
    うど塵芥のようなもので、あなたに対する慕情
    は、絶え間なく私の心の浜辺に打ち寄せ続け、
    高まり、つのるばかり。でも、この思いがかな
    えられるかどうか、その行く末を知ることは出
    来ないけれど。
    
 注・・秋風の=「吹く」などの述語が省かれている。
    千江の浦廻=所在未詳。「浦廻」は海岸の湾曲
     したところ。
    木屑(こつみ)=木積とも。木の屑。海岸に打ち
     寄せられる諸々の塵。
  
出典・・万葉集・2724。 

わが心 慰めかねつ 更級や 姥捨山に 
照る月を見て
              詠み人知らず

(わがこころ なくさめかねつ さらしなや うばすて
 やまに てるつきみて)

意味・・私の心はついに慰められなかった。更級の
    姥捨山の山上に輝く月を見た時はかえって
    悲しくなった。

    「大和物語」説話によると、信濃国に住む
    男が、親の如く大切にして年来暮らして来
    た老いた伯母を、悪しき妻の誘いに負けて
    山へ捨てて帰るが、家に着いてから山の上
    に出た限りなく美しい月を眺めて痛恨の思
    いに堪えず詠んだ歌、です。

    なお、盲人の塙保己一(はなわほきいち)が姥捨
    て山に来て気持ちを聞かれた時に「わが心慰め
    かねつ更級や姥捨山に照る月を見で」と詠み、
   「見て」を「見で」と「て」を「で」に替えただ
    けでしたが意味は反対にしています。
    

 注・・更級=長野県更級の地。
    姥捨山=更級郡善光寺平にある山。観月の名所。
    塙保己一=はなわほきいち。1746~1821。江戸
     時代の国文学者。

出典・・古今和歌集・878。

 

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