名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2020年10月


はやき瀬に たたぬばかりぞ 水車 われも憂き世に
めぐるとを知れ      
                 僧正行尊

(はやきせに たたぬばかりぞ みずぐるま われも
 うきよに めぐるとをしれ)

意味・・流れの早い瀬に立っていないだけのことだ。
    水車よ、私もこの憂き世の中でせわしく廻
    っていると知ってくれ。

    休む事無く回り続ける水車と、憂き世に暇
    なく働き続けるわが身との共通性を詠んだ
    歌です。

 注・・憂き世にめぐる=俗世の中を右往左往しつつ
     生き長らえる。

作者・・僧正行尊=ぞうしょうぎょうそん。1055~
    1135。大僧正。

出典・・金葉和歌集・561。 


 神無月 降りみ降らずみ 定めなき 時雨ぞ冬の
始めなりける
                 詠み人知らず 

(かみなづき ふりみふらずみ さだめなき しぐれぞ
 ふゆの はじめなりける)

意味・・十月になって降ったり降らなかったり定めの
    ない、そのような時雨こそが実は冬の始まり
    なのである。

    時雨が降り出すともう冬だ。

 注・・神無月=陰暦の十月。
    降りみ降らずみ=降ったり降らなかったり。
    時雨=秋から冬にかけて、降ったりやんだり
     する小雨。

出典・・後撰和歌集・445。


 髪五尺 ときなば水に やはらかき 少女ごころは
秘めて放たじ
                 与謝野晶子

(かみごしゃく ときなばみずに やわらかき おとめ
 ごころは ひめてはなたじ)

意味・・長い髪、艶々した私の黒髪、その髪を洗うため
    解き放って水に浸せば、柔らかに広がりつつ水
    と馴染んでいくことでしょう。少女(おとめ)心
    もそのごとく柔らかく順応し易い面もあります
    が、しかし物質的な髪の場合と違って、恋愛を
    理想とする少女心の場合は、真に愛する人が現
    れるまでは、じっと秘めて決して心の扉を開く
    というようなことはいたしません・・、当然、
    若さに漲(みなぎ)る私の美しい白い肌も許しは
    しません。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。堺
        女学校卒。与謝野鉄幹と結婚。「明星」の花形
    となる。

出典・・歌集「みだれ髪」。


残しおく そのみどり子の 心こそ 思ひやられて
悲しかりけり
                 荒木たし

(のこしおく そのみどりこの こころこそ おもい
 やられて かなしかりけり)

意味・・自分は殺されて死んで逝くが、残された
    子を思うと、気が狂うほど心配で哀しい。

    辞世の歌です。殺される前に、乳母に託
    して逃がした一歳の息子を案じて詠んだ
    歌です。その後斬首された。

作者・・荒木たし=あらきたし。1558~1579。
    21歳。摂津(大阪と兵庫の一部)有岡城主・
    荒木村重の妻。織田信長により、家臣と
    共に京都六条河原で斬首された。

出典・・宣田陽一郎著「辞世の名句 


見てあれば 一葉先ず落ち また落ちぬ 何思ふとや
夕日の大樹
                   若山牧水 

(みてあれば ひとはまずおち またおちぬ なにおもう
 とや ゆうひのだいき)

意味・・見ていると一つの葉が落ち、続いてまた一葉
    落ちた。こうして樹は次々とその葉を落とし
    てゆく。夕日を浴びて立っているこの大樹は
    何を思ってこうして葉を落とし続けるのだろ
    う。

    木枯らしのように、外の力で葉が落とされる
     のではなく、自らの意思によって葉を振るっ
     ている。そこに牧水は大樹の知恵を見、自然
     のたくましさを感じています。

作者・・若山牧水=わかやまぼくすい。1885~1928。
     早稲田大学卒。尾上柴舟に師事。

出典・・家集「別離」。 


吹き飛ばす石は浅間の野分かな
                    芭蕉

(ふきとばす いしはあさまの のわきかな)

意味・・浅間のふもとを行くと、折から激しい野分の
    ために、浅間山の小石までが吹き飛ばされて
    いる。さすがに浅間山の野分はすさまじいこ
    とだ。

    強風で砂や小石が吹き飛ばされ、眼も開けら
    れない状況です。
    
 注・・野分=秋から冬にかけて吹く強い風。台風や
     暴風など。

作者・・芭蕉=ばしょう。1644~1675。

出典・・更科紀行。 


 さりともと 思ふ心も 虫の音も よわりはてぬる
秋の暮れかな

                藤原俊成

(さりともと おもうこころも むしのねも よわり
 はてぬる あきのくれかな)

意味・・今まではそうであっても、これからは何とか
    なるだろうと思う心も、そして虫の音も、す
    っかり弱々しくなってしまった秋の暮れです。

    出世が遅れている不遇感の中から、今までは
    不運でもこれからは良い事もあろうと期待す
    る気持ちも、晩秋の虫の音も、衰えてしまっ
    たと、重ね合わせて歎いています。

作者・・藤原俊成=ふじわらのとしなり。1114~12
    04。正三位・皇太后宮大夫。「千載和歌集」
    の撰者。

出典・・千載和歌集・333。


 春は萌え 夏は緑に 紅の まだらに見ゆる
秋の山かも
             詠み人しらず 

(はるはもえ なつはみどりに くれないの まだらに
 みゆる あきのやまかも)

意味・・春は木々がいっせいに芽吹き、夏は一面の新緑
    だったが、今は紅が濃淡さまざまな模様を描き
    だしている。素晴らしい秋の山だ。

    季節による山の色を述べて、秋の山を賞賛して
    います。

 注・・かも=詠嘆を表す。・・だなあ。

出典・・万葉集・2177。


秋風や藪も畠も不破の関
                  芭蕉 

(あきかぜや やぶもはたけも ふわのせき)

意味・・来て見れば不破の里には寂しく秋風が吹き
    わたっている。往時を偲んで関跡に立てば、
    眼前の藪や畠に秋風が吹きさわぐばかり。
    伝え聞く不破の関屋はただ風の中に幻を残
    すのみであった。

    関跡の現況を「藪も畠も」と描きだして、
    黍離麦秀(しょりばくしゅう)(亡国の遺跡
    に黍(きび)や麦などの生い茂っているさま)
    の懐古の思いを詠んでいます。

    次の歌を踏まえた句です。
    「人住まぬ不破の関屋の板びさし荒れにし
    のちはただ秋の風」  (意味は下記参照)

 注・・秋風・・ここでは暮秋の秋風。草木を枯ら
     し、万物を凋落させる風を意味し、もの
     侘びしい秋風である。
    不破の関=岐阜県不破郡関が原にあった関。
     逢坂の関が設置されて廃止になり、その
     荒廃の哀歓を詠ずる歌枕となった。

作者・・芭蕉=ばしょう。1644~1694。「野ざらし
     紀行」。

出典・・野ざらし紀行。
 
参考歌です。

人住まぬ 不破の関屋の 板廂 荒れにし後は
ただ秋の風
               藤原良経
           
(ひとすまぬ ふわのせきやの いたびさし あれにし
 のちは ただあきのかぜ)

意味・・もう関守が住まなくなった不破の関の番小屋の
    板廂。荒れ果ててしまったあとは秋風が吹き抜
    けるばかりだ。

    かっては威勢がよかったが、荒廃してしまった
    不破の関のありさまに、人の世の無常と歴史の
    変転をみつめている。
    
 注・・不破の関屋=岐阜県関ヶ原にあった。675年
     に開設、789年に廃止された。「関屋」は
     関の番小屋。

作者・・藤原良経=ふじわらのよしつね。1206年没、
    38歳。従一位摂政太政大臣。「新古今集仮名序」
    を執筆。

出典・・新古今和歌集・1601。
 


 ぬき足に虫の音わけてきく野かな
                    池西言水

(ぬきあしに むしのねわけて きくのかな)

意味・・野原一面に虫の音が聞こえる。せっかく鳴いて
    いる虫を、驚かせてしまってはいけないので、
    抜き足さし足で、そっと虫の声を分けるように
    野中に歩み入って、虫の声の中にひたるように
    聞いている。

    「虫の音わけて」というところに、虫の声に静
    かに身をひたす緊張感と満足感が表れている。

 注・・ぬき足=抜き足。足を静かに抜き出すように上
     げて歩くこと。足をそっとおろす意の差し足
     とともに、抜き足差し足という熟語として用
     いる。
    虫=秋の夜に鳴く種々の虫の総称。

作者・・池西言水=いけにしごんすい。1650~1722。

出典・・句集「夏木立」(小学館「近世俳文俳句集」)

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