名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2020年10月


ことわりや いかでか鹿の 鳴かざらん 今宵ばかりの
命と思へば
                   和泉式部
             
(ことわりや いかでかしかの なかざらん こよい
 ばかりの いのちとおもえば)

詞書・・丹後の国にて保昌(やすまさ)朝臣、あす狩せん
    といひける夜、鹿の鳴くをききてよめる。

意味・・鳴くのも道理ですよ。どうして鹿が鳴かないで
    しょうか。鳴きもしますよ。今宵だけの命だと
    思えば。

 注・・ことわりや=理や。当然ですよ。
    保昌朝臣=藤原保昌。1036年没。丹後守・正
     四位下。和泉式部と結婚。

作者・・和泉式部=いずみしきぶ。生没年未詳。1007
    年藤原保昌と結婚。

出典・・後拾遺和歌集・1000


すがる鳴く 秋の萩原 朝たちて 旅ゆく人を 
いつとか待たむ
                詠み人しらず

意味・・野には萩が一面に咲き乱れ、蜂がぶんぶんと飛び
    交う秋となった。その美しい萩の花を分けて、う
    ちの人は朝立ちの旅に出るのだが、無事に帰って
    くれるのははたしていつのことだろうか。

    きわめて交通が不便であり、また危険が多かった
    昔、旅に出る人を送る時の不安な気持や夫との別
    れを悲しむ女性の気持を詠んだものです。

 注・・すがる=腰の細い小型の蜂の古名。じが蜂。
    人=特定の人を指していう語。あの人。夫。
    いつとか待たむ=いつ帰って来ると私は待つのだ
     ろうか。「いつまで待っても帰るまい」という
     気持も含まれている。

出典・・古今和歌集・399。
 
 


 草むらの 虫の声より くれそめて 真砂の上ぞ
月になりぬる
                 光厳院

(くさむらの むしのこえより くれそめて まさごの
 うえぞ つきになりぬる)

意味・・草むらの虫が鳴きはじめると、その頃から暮れ
    はじめ、今すっかり日が暮れた庭の砂の上には
    月の光が満ちている。

    涼しく鳴く虫の音と澄んだ月の光に、爽(さわ)
    やかさを感じています。

 注・・真砂=細かい砂、白州。

作者・・光厳院=こうごういん。1313~1364。北朝第
    一代の天皇。風雅和歌集の撰に自らもあたたっ
    た。

出典・・風雅和歌集。


白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ
玉ぞ散りける
                文屋朝康 
         
(しらつゆに かぜのふきしく あきののは つらぬき
 とめぬ たまぞちりける)

意味・・白露にしきりに風が吹いている秋の野は、ひも
    で貫き留めていない玉が散り乱れているようだ。

    薄の葉や萩の枝などに露をいっぱい集めた木
    草が秋風に揺さぶられ、露がその度ごとに白
    く輝きながら散っている情景です。

 注・・白露=草葉の上で露が白く光るのを強調した
     表現。
    吹きしく=「しく」は「頻く」で、しきりに
     ・・するの意。

作者・・文屋朝康=ぶんやのあさやす。生没年未詳。
     九世紀後半の人。

出典・・後撰和歌集・308、百人一首・37。
 


あさぢはら ぬしなき宿の 庭の面に あはれ幾世の
月かすみけむ
                  源実朝

(あさじはら ぬしなきやどの にわのおもに あわれ
 いくよの つきかすみけん)

意味・・畑にもされずに浅茅を生した原で、主人のいない
    家の庭に、いったい月は幾年月、澄んだ光で照ら
    して来たことだろう。

    現在の高齢化社会で、若い人は都会に出て行き、
    故郷は空き家になり、人も訪れずに荒れ果てた様
    と同じです。

 注・・あさぢはら=浅茅原。丈の低い茅が生えている原。
    すみ=「住み」と「澄」を掛ける。

作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~1219。28
    歳。征夷大将軍。鶴岡八幡宮で甥に暗殺された。

出典・・金槐和歌集。
 


 病むもよし病まば見るべし萩芒

                 吉川英治

(やむもよし やまばみるべし はぎすすき)

意味・・時には悩むことも仕方がない。しかし
    悩んだ時には萩や芒の柔軟な姿を見る
    ことだ。

    萩の枝は、箒にされるようにしなやか
    である。また芒は風に吹かれるままに
    靡(なび)く。このように萩や芒の姿の
    柔軟な様は尊いものである。

    悩んでいる時は一方的な考えになって
    いるので、萩や芒のように柔軟な考え
    になれれば悩みも軽減されると言って
    います。

 注・・病む=病気にかかる。悩む、心配する。
    よし=縦し。仕方がない、ままよ。
    萩=豆科の植物。花は豆のような蝶形
     の花。枝や葉は家畜の飼料や屋根ふ
     きの材料にされ、葉を落とした枝は
     束ねて箒(ほうき)にされる。秋の
     七草。 
     
作者・・吉川英治=よしかわえいじ。1892~19
    62。高等小学校中退。工員など転々と
    20余種も職を変える。その後懸賞小説
    に入選し、「鳴門秘帖」で作家の地位
    を確立する。    

出典・・村上護「今朝の一句」。


 今はよに もとの心の 友もなし 老いて古枝の
秋萩の花
                頓阿法師 

(いまはよに もとのこころの とももなし おいて
 ふるえの あきはぎのはな)

意味・・今はもう昔のままの心の友は一人もいない。
    老いて年を経た古枝には、秋萩の花が今年
    もまた美しく咲いているのに。

    懐旧述懐歌です。

 注・・よに=世に。(下に打ち消しの語を伴って)
     けっして、全然。
    古枝=古い枝、「経る」を掛ける。

作者・・頓阿法師=とんあほうし。1289~1372。俗
     名は二階堂貞宗。当時の和歌四天王。

出典・・頓阿法師集(岩波書店「中世和歌集・室町篇」)

梓弓 磯辺に立てる ひとつ松 あなつれづれげ
友なしにして
               源実朝

(あずさゆみ いそべにたてる ひとつまつ あな
 つれづれげ ともなしにして)

意味・・磯のほとりに立っている一本松は、何とも
    所在なさそうだ。友もいなくて。

    ぽつねんと手持無沙汰げにしている松に対
    して、自身の寂しい心情から発した共感が
    込められています。

 注・・梓弓=「射る」に掛かる枕詞。ここでは磯
     辺の「い」に掛かる。
    あな=感動を表す語。ああ。
    つれづれ=することが無く手持ちぶさたな
     こと。
    げ=いかにも・・のようである。

作者・・源実朝=みなもとのさねとも。1192~12
    19。28歳。12歳で三代将軍になった。鶴
    岡八幡宮で甥の公卿に暗殺された。

出典・・金槐和歌集・587。
 


里の名も 我が身一つの 秋風を 愁へかねたる
月の色かな
              よその思ひの中宮

(さとのなも わがみひとつの あきかぜを うれえ
 かねたる つきのいろかな)

詞書・・宇治におはしましける頃、月を御覧じて詠
    ませ給ひける。

意味・・里の名も「憂し」を掛ける宇治で、秋風は
    我が身だけに吹くように感ぜられ、寂しい
    月の光にいよいよ愁えに耐えかねる事です。

    参考歌です。

   「月見れば千々に物こそ悲しけれ 我が身
    一つの秋にはあらねど」(意味は下記参照)

 注・・愁へ=心配、悲しみ、嘆き。
    かね=兼ね。兼ねる、合わせ持つ。

作者・・よその思いの中宮=昔の物語に出て来る、
    登場人物。中宮は皇后と同じ。

出典・・風葉和歌集・327。

参考歌です。

月見れば 千々にものこそ 悲しけれ わが身一つの
秋にはあらねど      
                  大江千里

意味・・月を見ると、あれこれと際限なく物悲しく
    なる。私一人だけの秋ではないのだけれど。
    
    秋の月を見て悲しく感じるのは、誰でも同
    じであろうけれども、自分だけがその悲し
    みを味わっているように思われる。

 注・・千々に=さまざまに、際限なくの意。
    もの=自分を取りまいているさまざまな物
     事。

作者・・大江千里=生没年未詳。在原業平の甥。文
    章博士(もんじょうはかせ)で漢詩人。

出典・・古今和歌集・193、百人一首・23。
 


月をなほ 身のうきことの 慰めと 見し夜の秋も
昔なりけり
                 藤原為顕 

(つきをなお みのうきことの なぐさめと みしよの
 あきも むかしなりけり)

意味・・若い頃は不満であっても、月を我が身のつらさ
    の慰めとして見て来たが、その秋も今では昔の
    事になってしまったものだ。

    月を見ては自分を慰めていたのだが、今は月を
    見て昔のその事を思い出すだけで、今はもう慰
    めにはならない。

    生涯不遇であった身の老後の述懐です。

 注・・月をなほ=月をそれでも。月を見て、不満であ
     ってもなお、と補う。

作者・・藤原為顕=ふじわらのためあき。生没年未詳。
    鎌倉期の歌人。為家の子。1260年頃活躍した
    人。

出典・・玉葉和歌集・2004 

このページのトップヘ