2021年01月31日 ・箱根こす人も有るらし今朝の雪 箱根こす人も有るらし今朝の雪 芭蕉(はこねこす ひともあるらし けさのゆき)意味・・今朝起きて見ると、一夜の雪であたりはすっかり 銀世界に変わっていた。しかしいまこの深い雪を 踏みわけて、箱根八里の険を超す人もあるようだ。 険しい路に行悩む旅人に比べ、自分は人々の温か いもてなしを受けて幸なことだ、と挨拶の句です。作者・・芭蕉=ばしょう。1644~1695。出典・・笈の小文。
2021年01月30日 ・ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しとみし世ぞ 今は恋しき ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しとみし世ぞ今は恋しき 藤原清輔(ながらえば またこのごろや しのばれん うしとみし よぞ いまはこいしき)意味・・この先、生きながらえるならば、つらいと感じている この頃もまた、懐かしく思い出されることだろうか。 つらいと思って過ごした昔の日々も、今では恋しく 思われることだから。 血を流すほど辛い思いの今であるが、生きながらえて 今を振り返ると、懐かしく思うことだろうか。 しかし、今の苦悩をどうしたらよいものか・・ 注・・憂し=つらい、憂鬱。作者・・藤原清輔=ふじわらのきよすけ。1104~1177。当時 の歌壇の第一人者。出典・・新古今集・1843、百人一首・84。
2021年01月29日 ・山路きて むかふ城下や 凧の数 山路きて むかふ城下や 凧の数 炭大祇(やまじきて むかうじょうかや たこのかず)意味・・山路を黙々と歩いてきて、峠を越えると突然視界が 開け、城下町が見えて来た。これから向う城下町の 空には、数えきらない程たくさんの凧が揚がって いる。 険しい山道、やっと登りきって一息つく旅人。その 眼下に開ける城下町の景・・・天守閣、町家の甍の 波、いく筋かの大きな通り、小さくあちこちに見え る凧・・・そうしたにぎやかで、しかも穏やかな城 下町の光景を見下ろして、旅人は登り坂の疲れも忘 れるような、ホット救われたような気分になったで あろう。 作者・・炭大祇=たんたいぎ。1709~ 1771。蕪村と親交。出典・・尾形仂編「俳句の解釈と鑑賞事典」。
2021年01月28日 ・鶴岡の 霜の朝けに 打つ神鼓 あな鞳々と 肝にひびかふ 鶴岡の 霜の朝けに 打つ神鼓 あな鞳々と肝にひびかふ 吉野秀雄(つるおかの しものあさけに うつじんこ あな とうとうと きもにひびかう)詞書・・乙酉年頭吟(きのとりねんとうぎん)意味・・霜の降りた朝明け時に、鶴岡八幡宮の神事に 用いる太鼓を打つ音がどどどん、どどどんと 肝を揺り動かように鳴り響いて来る。 神社から響いて来るどどどん、どどどんとい う太鼓の音を聞いていると、厳粛な気分にな り正月の新鮮さをいっそう引き立ててくれる。 注・・乙酉年頭吟=昭和二十年正月に詠んだ歌。 朝け=朝明け、明け方。 あな=ああ。痛切な感動から発した叫び声。 鞳々(とうとう)=太鼓の音を模した語。単に どどどんと描写するのと異なり、神事の荘 重な響きを表す。作者・・吉野秀雄=よしのひでお。1902~1967。慶応 義塾を病気中退。会津八一に師事。出典・・歌集「寒蝉集」
2021年01月27日 ・芦の葉に かくれて住みし 津の国の こやもあらはに 冬は来にけり 芦の葉に かくれて住みし 津の国の こやもあらはに冬は来にけり 源重之(あしのはに かくれてすみし つのくにの こやも あらはに ふゆはきにけり)意味・・芦の葉に隠れて、津の国の昆陽(こや)に 小屋を建てて住んでいたのだが、芦が霜 枯れになって、小屋もあらわになり、気 配もはっきりと、冬がやって来たことだ。 注・・芦=イネ科の多年草、沼や川の岸で群落を 作る、高さ2~3mになる。 こや=小屋と昆陽(こや)を掛ける。昆陽は 兵庫県伊丹市の地。 作者・・源重之=みなもとのしげゆき。~1000。 地方官を歴任。 出典・・拾遺和歌集・223。
2021年01月26日 ・水底を見て来た貌の小鴨かな 水底を見て来た貌の小鴨かな 内藤丈草(みずそこを みてきたかおの こがもかな)意味・・一羽の小鴨が身をひるがえして水中にもぐった かと思うと、ひょいと水面に顔を出して身ぶる いをする。今水底を見て来たよ、とでもいうふ うに得意げな表情をしている。 小鴨の愛くるしく茶目っ気な動作が描かれてい ます。 作者・・内藤丈草=ないとうじょうそう。1662~1704。 芭蕉に師事。出典・・句集「丈草発句集」(小学館「近世俳句俳文集」)
2021年01月25日 ・何事も かはりはてたる 世の中を 知らでや雪の 白く降るらむ 何事も かはりはてたる 世の中を 知らでや雪の白く降るらむ 佐々成政(なにごとも かわりはてたる よのなかを しらでや ゆきの しろくふるらん)意味・・何もかも変わってしまった世の中なのに、そう とは知らないからであろうか、去年と同じよう に雪は白く降っている。 成政は織田信長の家臣で越中(富山県)を治めて いた。本能寺の変以後は反豊臣秀吉陣営に組し ていたが、賤ヶ岳の戦いで秀吉に降伏する。そ の結果、越中は前田利家に奪われた。その頃詠 ん歌です。 秀吉の時代になり、自分の勢力が衰えると、昔 の良き日々が思い出され、辛さがつのる。その 一方そういう辛い事は何も無かったように白い 雪は降っている。雪でもいい、この悔しさを知 ってほしい。作者・・佐々成政=ささなりまさ。生没年未詳。戦国の 武将。1561年頃より織田信長に仕える。富山城 を築き越中を治める。出典・・太閤記(綿貫豊昭著「戦国武将の歌」)。
2021年01月24日 ・裏戸出て 見るものもなし 寒々と 曇る日傾く 枯芦の上に 裏戸出て 見るものもなし 寒々と 曇る日傾く枯芦の上に 伊藤佐千夫(うらどでて みるものもなし さむざむと くもるひ かたむく かれあしのうえに)意味・・裏戸を開けて外に出て見ると、群がり生える 枯れ芦ばかりで何も見る物がない。空はどん より曇り、日も傾いて寒々とした冬の夕暮れ の風景である。 次の定家の歌と比べると、荒涼とした情景が 沈鬱と寂しさの伝わる歌です。 前年の水害による経済的打撃や作歌上で対立 した寂しさなのかも知れません。 定家の歌です。 「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の 秋の夕暮れ」 (意味は下記参照) 作者・・伊藤佐千夫=いとうさちお。1864~1913。 明治法律学校中退。牛乳搾取業経営。出典・・増訂 佐千夫歌集(東京堂出版「現代短歌鑑賞 事典」)参考です。見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮れ 藤原定家 意味・・見渡すと、色美しい春の花や秋の紅葉もない ことだなあ。この海辺の苫葺き小屋のあたり の秋の夕暮れは。 春・秋の花や紅葉の華やかさも素晴らしいが、 寂しさを感じさせるこの景色もまた良いもの だ。 注・・浦=海辺の入江。 苫屋(とまや)=菅(すげ)や茅(かや)で編んだ、 むしろで葺(ふ)いた小屋。漁師の仮小屋。作者・・藤原定家=ふじわらのさだいえ。1162~12 41。新古今集の撰者。出典・・新古今和歌集・363。
2021年01月23日 ・親展の状燃え上る火鉢かな 親展の状燃え上る火鉢かな 夏目漱石(しんてんの じょうもえあがる ひばちかな)意味・・親展の手紙が届いた。読んでみると、家族の誰 にも知らせたくない。幸いにこの手紙が来た事 は誰も知らない。見られたら大変だ。急いで火 鉢にくべて燃やしてしまった。 仲の良い夫婦でも、知られたらまずい事がある。 知られたら一時的にせよ必ず仲が悪くなる。自 分がまずい事をしたのだから謝れば良いのだが、 それは出来ない。知らぬが仏だ。隠し通すしか ない。 注・・親展=手紙・封書の受取人が開封する事を求め たもの。 状=手紙、書状。作者・・夏目漱石=なつめそうせき。1867~1916。 東大英文科卒。小説家。出典・・大高翔著「漱石さんの俳句」。
2021年01月22日 ・いつよりか 結びそめけん 朝霜を 知らでいねつる 程をしぞ思ふ いつよりか 結びそめけん 朝霜を 知らでいねつる程をしぞ思ふ 細川幽斎 (いつよりか むすびそめけん あさしもを しらで いねつる ほどをしぞおもう)意味・・いつの頃から朝霜は置くようになったのだろう か。こんなに冬らしくなったなったのも知らず に、私は鬱々(うつうつ)として朝寝を続けてい たのだなあ。 気づかずにうかうかと世を過ごしているうちに 頭に霜(白髪)が置くようになり、年をとってし まったことだ。 注・・いね=寝ね。寝ること。 鬱々=気がふさぎ、晴々しないこと。作者・・細川幽斎=ほそかわゆうさい。1534~1610。 剃髪後は幽斎玄旨と号する。歌人・古典学者 として活躍。出典・・家集「玄旨百首」。