名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2021年01月


箱根こす人も有るらし今朝の雪
                  芭蕉

(はこねこす ひともあるらし けさのゆき)

意味・・今朝起きて見ると、一夜の雪であたりはすっかり
    銀世界に変わっていた。しかしいまこの深い雪を
    踏みわけて、箱根八里の険を超す人もあるようだ。
    
    険しい路に行悩む旅人に比べ、自分は人々の温か
    いもてなしを受けて幸なことだ、と挨拶の句です。

作者・・芭蕉=ばしょう。1644~1695。

出典・・笈の小文。


ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しとみし世ぞ
今は恋しき                  
                                   藤原清輔

(ながらえば またこのごろや しのばれん うしとみし
 よぞ いまはこいしき)

意味・・この先、生きながらえるならば、つらいと感じている
    この頃もまた、懐かしく思い出されることだろうか。
    つらいと思って過ごした昔の日々も、今では恋しく
    思われることだから。

    血を流すほど辛い思いの今であるが、生きながらえて
    今を振り返ると、懐かしく思うことだろうか。
     しかし、今の苦悩をどうしたらよいものか・・

 注・・憂し=つらい、憂鬱。

作者・・藤原清輔=ふじわらのきよすけ。1104~1177。当時
    の歌壇の第一人者。

出典・・新古今集・1843、百人一首・84。

山路きて むかふ城下や 凧の数    
                      炭大祇

(やまじきて むかうじょうかや たこのかず)

意味・・山路を黙々と歩いてきて、峠を越えると突然視界が
    開け、城下町が見えて来た。これから向う城下町の
    空には、数えきらない程たくさんの凧が揚がって
    いる。

    険しい山道、やっと登りきって一息つく旅人。その
    眼下に開ける城下町の景・・・天守閣、町家の甍の
    波、いく筋かの大きな通り、小さくあちこちに見え
    る凧・・・そうしたにぎやかで、しかも穏やかな城
    下町の光景を見下ろして、旅人は登り坂の疲れも忘
    れるような、ホット救われたような気分になったで
    あろう。
 
作者・・炭大祇=たんたいぎ。1709~ 1771。蕪村と親交。

出典・・尾形仂編「俳句の解釈と鑑賞事典」。


鶴岡の 霜の朝けに 打つ神鼓 あな鞳々と
肝にひびかふ
               吉野秀雄

(つるおかの しものあさけに うつじんこ あな
 とうとうと きもにひびかう)

詞書・・乙酉年頭吟(きのとりねんとうぎん)

意味・・霜の降りた朝明け時に、鶴岡八幡宮の神事に
    用いる太鼓を打つ音がどどどん、どどどんと
    肝を揺り動かように鳴り響いて来る。

    神社から響いて来るどどどん、どどどんとい
    う太鼓の音を聞いていると、厳粛な気分にな
    り正月の新鮮さをいっそう引き立ててくれる。

 注・・乙酉年頭吟=昭和二十年正月に詠んだ歌。
    朝け=朝明け、明け方。
    あな=ああ。痛切な感動から発した叫び声。
    鞳々(とうとう)=太鼓の音を模した語。単に
     どどどんと描写するのと異なり、神事の荘
     重な響きを表す。

作者・・吉野秀雄=よしのひでお。1902~1967。慶応
     義塾を病気中退。会津八一に師事。

出典・・歌集「寒蝉集」


芦の葉に かくれて住みし 津の国の こやもあらはに
冬は来にけり      
                  源重之

(あしのはに かくれてすみし つのくにの こやも
 あらはに ふゆはきにけり)

意味・・芦の葉に隠れて、津の国の昆陽(こや)に
    小屋を建てて住んでいたのだが、芦が霜
    枯れになって、小屋もあらわになり、気
    配もはっきりと、冬がやって来たことだ。

 注・・芦=イネ科の多年草、沼や川の岸で群落を
     作る、高さ2~3mになる。
    こや=小屋と昆陽(こや)を掛ける。昆陽は
     兵庫県伊丹市の地。

 作者・・源重之=みなもとのしげゆき。~1000。
    地方官を歴任。

 出典・・拾遺和歌集・223。


水底を見て来た貌の小鴨かな
                内藤丈草

(みずそこを みてきたかおの こがもかな)

意味・・一羽の小鴨が身をひるがえして水中にもぐった
    かと思うと、ひょいと水面に顔を出して身ぶる
    いをする。今水底を見て来たよ、とでもいうふ
    うに得意げな表情をしている。

    小鴨の愛くるしく茶目っ気な動作が描かれてい
    ます。
 
作者・・内藤丈草=ないとうじょうそう。1662~1704。
    芭蕉に師事。

出典・・句集「丈草発句集」(小学館「近世俳句俳文集」)


何事も かはりはてたる 世の中を 知らでや雪の
白く降るらむ
                 佐々成政

(なにごとも かわりはてたる よのなかを しらでや
 ゆきの しろくふるらん)

意味・・何もかも変わってしまった世の中なのに、そう
    とは知らないからであろうか、去年と同じよう
    に雪は白く降っている。

    成政は織田信長の家臣で越中(富山県)を治めて
    いた。本能寺の変以後は反豊臣秀吉陣営に組し
    ていたが、賤ヶ岳の戦いで秀吉に降伏する。そ
    の結果、越中は前田利家に奪われた。その頃詠
    ん歌です。
    秀吉の時代になり、自分の勢力が衰えると、昔
    の良き日々が思い出され、辛さがつのる。その
    一方そういう辛い事は何も無かったように白い
    雪は降っている。雪でもいい、この悔しさを知
    ってほしい。

作者・・佐々成政=ささなりまさ。生没年未詳。戦国の
    武将。1561年頃より織田信長に仕える。富山城
    を築き越中を治める。

出典・・太閤記(綿貫豊昭著「戦国武将の歌」)。


裏戸出て 見るものもなし 寒々と 曇る日傾く
枯芦の上に
                 伊藤佐千夫

(うらどでて みるものもなし さむざむと くもるひ
 かたむく かれあしのうえに)

意味・・裏戸を開けて外に出て見ると、群がり生える
    枯れ芦ばかりで何も見る物がない。空はどん
    より曇り、日も傾いて寒々とした冬の夕暮れ
    の風景である。

    次の定家の歌と比べると、荒涼とした情景が
    沈鬱と寂しさの伝わる歌です。
    前年の水害による経済的打撃や作歌上で対立
    した寂しさなのかも知れません。

    定家の歌です。
    「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の
     秋の夕暮れ」  (意味は下記参照)
    
作者・・伊藤佐千夫=いとうさちお。1864~1913。
    明治法律学校中退。牛乳搾取業経営。

出典・・増訂 佐千夫歌集(東京堂出版「現代短歌鑑賞
    事典」)

参考です。

見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の
秋の夕暮れ
                 藤原定家
           
意味・・見渡すと、色美しい春の花や秋の紅葉もない
    ことだなあ。この海辺の苫葺き小屋のあたり
    の秋の夕暮れは。

    春・秋の花や紅葉の華やかさも素晴らしいが、
    寂しさを感じさせるこの景色もまた良いもの
    だ。

 注・・浦=海辺の入江。
    苫屋(とまや)=菅(すげ)や茅(かや)で編んだ、
     むしろで葺(ふ)いた小屋。漁師の仮小屋。

作者・・藤原定家=ふじわらのさだいえ。1162~12
    41。新古今集の撰者。

出典・・新古今和歌集・363。


親展の状燃え上る火鉢かな
                夏目漱石

(しんてんの じょうもえあがる ひばちかな)

意味・・親展の手紙が届いた。読んでみると、家族の誰
    にも知らせたくない。幸いにこの手紙が来た事
    は誰も知らない。見られたら大変だ。急いで火
    鉢にくべて燃やしてしまった。

    仲の良い夫婦でも、知られたらまずい事がある。
    知られたら一時的にせよ必ず仲が悪くなる。自
    分がまずい事をしたのだから謝れば良いのだが、
    それは出来ない。知らぬが仏だ。隠し通すしか
    ない。

 注・・親展=手紙・封書の受取人が開封する事を求め
     たもの。
    状=手紙、書状。

作者・・夏目漱石=なつめそうせき。1867~1916。
    東大英文科卒。小説家。

出典・・大高翔著「漱石さんの俳句」。


いつよりか 結びそめけん 朝霜を 知らでいねつる
程をしぞ思ふ
                 細川幽斎 

(いつよりか むすびそめけん あさしもを しらで
 いねつる ほどをしぞおもう)

意味・・いつの頃から朝霜は置くようになったのだろう
    か。こんなに冬らしくなったなったのも知らず
    に、私は鬱々(うつうつ)として朝寝を続けてい
    たのだなあ。

    気づかずにうかうかと世を過ごしているうちに
    頭に霜(白髪)が置くようになり、年をとってし
    まったことだ。

 注・・いね=寝ね。寝ること。
    鬱々=気がふさぎ、晴々しないこと。

作者・・細川幽斎=ほそかわゆうさい。1534~1610。
    剃髪後は幽斎玄旨と号する。歌人・古典学者
    として活躍。

出典・・家集「玄旨百首」。

このページのトップヘ