名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2021年03月


後供は 霞引きけり 加賀の守   
                    小林一茶

(あとどもは かすみひきけり かがのかみ)

意味・・加賀守の百万石の威容を整えた大名行列が
    通っている。それは先払いの制止に続いて、
    先箱・先槍・弓・鉄砲・お籠に徒歩(かち)
    の供ぞろいを従えて、人数は数百人、長さ
    は堂々数丁(数百メートル)に及び行列の後
    尾ははるかかなたにあって、霞にまぎれて
    いる。

    参勤交代の威容を賛美するとともに、行列
    の長さを驚きの目で見ています。また「後
    供」で、参勤交代のばからしさを皮肉ぽい
    目線でこれを眺めているようにも思います。

 注・・後供=従者、下っ端の者。
    加賀の守=石川県加賀藩百万石で前田候。
     家祖は五大家老の一人、前田利家。

出典・・八番日記。


心あらむ 人にみせばや 津の国の 難波あたりの 
春の景色を
                 能因法師
           
(こころあらん ひとにみせばや つのくにの なにわ
 あたりの はるのけしきを)

意味・・情趣を理解するような人に見せたいものだ。
    この津の国の難波あたりの素晴しい春の景色を。

    心あらむ(好きな)人の来訪を間接的に促した歌
    です。

 注・・心あらむ=情趣や美を解する心のある人。

作者・・能因法師=のういんほうし。988~。中古三十
    六歌仙の一人。26歳で出家。
 
出典・・ 後拾遺和歌集・43。


さざ浪や 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 
山桜かな
                 平忠度
             
(さざなみや しがのみやこは あれにしを むかし
 ながらの やまざくらかな)

詞書・・旧都(廃都)に咲く花の心を詠む。

意味・・志賀の古い都はすっかり荒廃してしまったけれど、
    昔のままに美しく咲き匂っている長等山の山桜よ。

    古い都を壬申(じんしん)の乱で滅んだ大津京に設
    定し、その背後にある長等山の桜を配して、人間
    社会のはかなさと悠久(ゆうきゅう)な自然に対す
    る感慨を華やかさと寂しさを込めて表現していま
    す。

 注・・さざ浪=志賀の枕詞。
    ながら=接続詞「ながら」と「長等山」の掛詞。
    長等山=滋賀県大津市にある三井寺の背後にあ
     る山。桜の名所。
    壬申の乱=天智天皇の死後(672年)、皇位継承
     を巡る天皇の実子の大友皇子と天皇の実弟大
     海皇子の争いに端を発した古代最大の内乱。

作者・・平忠度=たいらのただのり。1144~1184。平
    家全盛の時も傍流的な存在で正四位・薩摩守で
    終わる。歌人として有名。

出典・・千載和歌集・66、平家物語。


ひさかたの 光のどけき 春の日に 静心なく 
花の散るらむ
                 紀友則

(ひさかたの ひかりのどけき はるのひに しずこころ
 なく はなのちるらん)

意味・・春の陽射しはのどかにゆきわたっているのに、
    どうして桜の花はそわそわと散り急ぐのだろうか。

    のどかな春、のどかに咲いた桜の花。いつまでも
    このままであってほしい。

 注・・ひさかたの=天・空・日・月などにかかる枕詞。
    静心(しずこころ)=落ち着いた心。

作者・・紀友則=きのとものり。生没年未詳。貫之とは従兄
     弟に当たる。古今集の撰者であったが完成前に没
     した。

出典・古今和歌集・84、百人一首・33。


おもふどち 春の山べに うちむれて そこともいはぬ 
旅寝してしが        
                  素性法師
 
(おもうどち はるのやまべに うちむれて そこともいわぬ
 たびねしてしが)

意味・・親しい仲間同士で、春の山辺に連れ立って遊びに
    行き、どこというあても定めないで気の向くまま
    の旅寝をしたいものだなあ。

 注・・おもふどち=親しい仲間同士。
    そことも=どことも決めないで。
    しが=実現できないがもし可能なら・・したい。

作者・・素性法師=そせいほうし。909年頃没。遍照の子。

出典・・古今和歌集・126。


山ざくら 峯にも尾にも 植えをかむ みぬ世の春を
人や忍と

                  西園寺公経

(やまざくら みねにもおにも うえおかん みぬよの
 はるを ひとやしのぶと)

意味・・山桜の若木を、山の頂にも尾根にも植えておこう。
    私は見ることが出来ないが、満開に咲き誇る春を、
    後の世の人々が賞美するだろうと。

            この別宅の庭には峯になったところも低地になった
    ところもあるが、そのどこにもみんな山桜を植えてお
    こう。そううすれば、ずっと後世の人も、私が全盛期
    にどれほど素晴らしい景色を眺めていたか、想像し
    てくれるだろうから。

    公経の絶頂期に西園寺にて詠んだ歌です。自分の
    権威を誇示するかのように、京の北山に広大な別
    宅を構えた。田園だった地域を大々的に造成して、
    山林や池を作って奥深い感じを出したという。この
    別宅は後に足利三代将軍義満が手に入れ、現在
    の金閣寺を造営した。

 注・・見ぬ世の春=私は見ることのない春。
    西園寺公経が京都北山に建てた寺。後に足利
    義満が金閣寺を建てる。

作者・・西園寺公経=さいおんじきんつね。1171~1244。
    従一位太政大臣。金閣寺の前身である西園寺を
    健立。

出典・・後藤安彦著「短歌で見る日本史群像」。


あさみどり 柳の糸の うちはへて 今日もしきしき
春雨ぞ降る
                 藤原為基 

(あさみどり やなぎのいとの うちはえて きょうも
 しきしき はるさめぞふる)

意味・・浅みどりの柳の糸が長く垂れて、その柳の枝に、
    今日も静かに春雨が降り続いている。

 注・・うちはへ=打ち延へ。引き続いて、ずっと長く。
    しきしき=頻頻。しきりに。

作者・・藤原為基=ふじわらのためもと。生没年未詳。
     鎌倉・南北朝期の歌人。

出典・・風雅和歌集・109。


亡き母を したひよわりて 寝たる児の 顔見るばかり
憂きことはあらじ         
                   橘曙覧

(なきははを したいよわりて ねたるこの かおみる
 ばかり うきことはあらじ)

意味・・亡くなった母に向って、お母さん、お母さんと
    言って泣き続けていた児の疲れて寝てしまった
    顔を見る事ほど辛いことはないだろう。

    曙覧の門人の妻が亡くなった時に詠んだ歌です。

 注・・したひ=慕ひ、慕って。
    よわりて=呼わりて、呼び続けて。
    憂き=辛い。

作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~1868。早く
    父母に死に分かれ、家業を異母弟に譲り隠棲。
    福井藩の重臣と親交。

出典・・岩波文庫「橘曙覧全歌集」。


あおによし 奈良の都は 咲く花の 薫ふがごとく 
今盛りなり
                 小野老

(あおによし ならのみやこは さくはなの におう
 がごとく いまさかりなり)

意味・・奈良の都は、咲いている花が色美しく映える
    ように、今や真っ盛りである。

    奈良の都の繁栄の様子を捉えています。

 注・・あおによし=奈良に掛る枕詞。
    薫ふ(にほふ)=色が美しく照り映える。

作者・・小野老=おののおゆ。~737。太宰小弐とし
    て帥(長官)大伴旅人の配下にいた。

出典・・万葉集・328。


水の音に 似て鳴く鳥よ 山ざくら 松にまじれる
深山の昼を
                 若山牧水

(みずのねに にてなくとりよ やまざくら まつに
 まじれる みやまのひるを)

意味・・人家から遠く離れた山中の静かな春の昼、松
    の緑の中に咲きまじった山桜があざやかに浮
    き立ち、あたりにはうららかな春の日ざしが
    充ち満ち、どこかで一羽の小鳥が鳴いている
    が、その声が小鳥というよりはなんだか細い
    水の音を思わせて澄んでひびいている。
    
 注・・水の音(ね)=「ね」という場合は「声」で「
     水音」とは感じが違い、もっと細く、もっ
     と澄んだひびきを持ち、チロチロとかチョ
     ロチョロとかいうような細く流れる水のひ
     びき。
    深山=深山渓谷などというほどの大袈裟なも
     のでなく、人里離れた山中くらいの意。

作者・・若山牧水=わかやまぼくすい。1885~1928。
    早稲田大学卒。尾上柴舟に師事。旅と酒を愛
    す。

出典・・歌集「別離」。

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