受け継ぎて 国の司の 身となれば 忘るまじきは
民の父母
上杉鷹山
(うけつぎて くにのつかさの みとなれば わするまじきは
たみのちちはは)
たみのちちはは)
意味・・米沢藩の藩主となったが、藩主の決意として忘れては
ならないのが、民は自分の子供として、我が子を思う
父母の立場で藩政を司る事である。
ならないのが、民は自分の子供として、我が子を思う
父母の立場で藩政を司る事である。
側近の細井平洲は「人の父母と申すものは、子どもを
不憫(ふびん)に思って、我が身が飢え凍える苦しみ
よりは、子どもらの飢え凍えるのを悲しむというのが
人情であります。従って、君が人の上に立ち、一国の
民を子と思われるのであれば、君一人だけが安楽に
いようなどとの心はなくなるはずのものでございます」
と言っています。
これを鷹山が藩主として誓いの言葉として歌に詠んだ
ものです。
不憫(ふびん)に思って、我が身が飢え凍える苦しみ
よりは、子どもらの飢え凍えるのを悲しむというのが
人情であります。従って、君が人の上に立ち、一国の
民を子と思われるのであれば、君一人だけが安楽に
いようなどとの心はなくなるはずのものでございます」
と言っています。
これを鷹山が藩主として誓いの言葉として歌に詠んだ
ものです。
作者・・上杉鷹山=うえすぎようざん。1751~1822。米沢藩
の藩主。
の藩主。
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