五月雨は 露か涙か 不如帰 わが名をあげよ 
雲の上まで
              足利義輝

(さみだれは つゆかなみだか ほととぎす わがなを
 あげよ くものうえまで)

意味・・降りしきる五月雨であるが、はかなく消える   
    露なのだろうか。それとも、私の悔し涙なの
    だろうか。そのどちらにも思える。自分が死
    んだ後、高く鋭く鳴く不如帰よ、どうか雨雲
    を突き抜け、より高みへと飛翔して広い晴天
    で私の名を広げておくれ。

    室町幕府十三代将軍足利義輝は幕府の権威を
    回復をしようとしていたが、政敵に襲われて
    暗殺された。
    剣の才に優れ、塚原卜伝に奥義を受けた義輝
    は、押し寄せる敵に刀を抜いて戦い、非業の
    死を遂げたという。部下に天命すでに尽きた
    りと語り、この辞世の歌を詠んだという。

作者・・足利義輝=あしかがよしてる。1536~1565。
     29歳。室町幕府十三代将軍。剣の達人。

出典・・宣田陽一郎著「辞世の名句」。