日は日なり わがさびしさは わがのなり 白昼なぎさの
砂山に立つ
                    若山牧水

(ひはひなり わがさびしさは わがのなり まひる
 なぎさの すなやまにたつ)

意味・・太陽は太陽,自分は自分、何のかかわりもなく、
    自分の味わっているこの寂寥(せきりょう)は
    どこまでも自分だけのものだ。そして人影の
    ない真昼の海岸の砂山に立って失意の果ての
    孤独を噛みしめている。

    若さに満ち溌剌として、希望に燃えていた少
    し前までの自分を思い浮かべ、恋愛にも仕事
    にも失敗し、希望も意欲もすっかり失ってし
    まった現在の自分のみじめな姿を詠んいます。
    
    牧水はこの苦悩を,旅をし酒を飲み歌を詠ん
    で克服しています。

 注・・日は日=「日」は太陽。「自分は自分」を補
     って解釈。
    さびしさ=わびしさ。二人の女の子のいる女性
     との恋愛の失敗、文芸雑誌の創刊が資金難で
     失敗、思わしい就職口がない、などの苦悩。
    わがのなり=わがものなり。
    なぎさ=波打ち際。ここでは海岸ぐらいの意。

作者・・若山牧水=わかやまぼくすい。1885~1928。
       早稲田大学卒。尾上柴舟に師事。旅と酒を愛
    す。

出典・・大悟法利夫著「鑑賞 若山牧水の秀歌」。