中々に とはれし程ぞ 山ざとは 人もまたれて
さびしかりつる
                木下長嘯子

(なかなかに とわれしほどぞ やまざとは ひとも
 またれて さびしかりつる)

意味・・かえって訪問されていた時の方が、もしかして
    人が来るかもしれないと自然と待たれて、山里
    は寂しいものだなあ。

    寂しさの中でも、「自分は見捨てられている」、
    「誰からも相手にされない」と思う寂しさが
    一番辛いものです。
    人が全く訪ねて来なかったら、誰からも顧みら
    れないという寂しさが湧いて来て辛いものです
    が、いつしか諦めてしまう。
    ところが、時たま人が訪ねて来ていると、私は
    まだ忘れられた存在ではないと安心する。だが、
    もう訪ねて来る頃だと思っていても人は誰も来
    ない。すると自分は見捨てられたのかなあ、と
    寂しさが募って来る。
    なまじっか期待しがいのある方が寂しいと詠ん
    だ歌です。
    
 注・・中々に=なまじっか、かえって。
    程=時分、頃、時。
    つる=・・してしまう。

作者・・木下長嘯子=きのしたちょうしょうし。1569~
    1649。秀吉の近臣。若狭の城主。関ケ原の戦い
    を前に逃げ、武将としての面目を失い、京の東
    山に隠棲。

出典・・家集「挙白集」(小学館「近世和歌集」)