夕靄は 蒼く木立を つつみたり 思へば今日は
やすかりしかな
                尾上柴舟 

(ゆうもやは あおくこだちを つつみたり おもえば
 きょうは やすかりしかな)

意味・・一日も暮れて、静かに夕靄が蒼く木立をつつ
    んでしまった。思えば今日はまことに平穏な
    一日であったことである。

    ともかく今日は変わった事件にも遭遇せずに
    平安のもとに暮れていった。景色も我も安ら
    かに暮れてゆく一日を、しみじみと回想して、 
    ほっとため息をついています。

    「今日も」でなく「今日は」になっているのに
    注意を要する。
    尾上柴舟の歌集「永日」の中に次のような歌が
    あります。
    「ああ一日 今日という日を 過ぐしけりいざ
    横たへむ 疲れた身を」   
    と言うように、日頃の生活は倦怠感を感じてい
    るのだが、今日は安らかだった、という歌です。

    「今日も」の場合の参考句です。

   「今日も事なし凩に酒量るのみ」   山頭火
     (意味は下記参照)

 注・・蒼く=くすんだ青色。例・・蒼(=青)い月夜。

作者・・尾上柴舟=おのうえさいしゅう。1876~1957。
    東大国文科卒。前田夕暮・若山牧水らと車前草
    社を興す。

出典・・永日(笠間書店「和歌の解釈と鑑賞事典」)


参考句です。

今日も事なし凩に酒量るのみ
                  山頭火

(きょうもことなし こがらしに さけはかるのみ)

意味・・今日も何事も無かったなあと、木枯らしの音を
    聞きながら、静かに酒を量っている。

    なんとなく不満であり、充足しない気分の今日
    この頃である。何かいい事が無いかなあ、胸が
    ときめくような事が無いかなあと期待しつつ、
    今日も普通の日と変わらずに過ぎた。寒い木枯
    らしが吹く中、細々と酒を量って売っている、
    平々凡々の一日であった。

    ありふれた何でも無い様な状態が、実は、いか
    に「幸福」な状態かを詠んだ句です。    
    ある日突然の、大きな病気や怪我・仕事の失敗・
    リストラ・地震や火事・・、この様な不幸事を
    経験すると、平々凡々と過ごせたあの頃に戻っ
    てほしい・・。

 注・・酒量る=この歌の時期は、酒造業を営んでいた
     ので、酒を量って売るの意。

作者・・山頭火=さんとうか。1882~1940。本名種田正一。
     大地主の家に生れる。酒造業を継ぐ。父が放蕩
     して母が投身自殺。その後、種田家は破産。
     1925年出家して行乞流転。

出典:金子兜太「放浪行乞 山頭火120句」