名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

カテゴリ: 日記


夜な夜なを 夢に入りくる 花苑の 花さはにありて
ことごとく白し             
                  明石海人
 
(よなよなを ゆめにいりくる はなぞのの はなさわに
 ありて ことごとくしろし)

意味・・花園の夢を毎夜見るこの頃だか、その花園には
    色々の花が沢山咲いている。でもその花には色
    は無くことごとく白一色だ。

    癩病を患っている作者は失明が近づいている。
    その時期に詠んだ歌です。

 注・・さはに=多はに。たくさん。

作者・・明石海人=あかしかいじん。1901~1939。
    沼津商業卒。会社勤めの後、癩病になり長島
    愛生園に入り、生涯ここで過ごす。失明した
    後咽喉を切開し喉で呼吸をする。その後歌集
    「白描」を出版。

出典・・荒波力著「よみがえる万葉歌人・明石海人」。


あかねさす 入日の影に 色映えて 見るも輝く 
岩つつじかな
                 詠み人知らず

(あかねさす いりひのかげに いろはえて みるも
   かがやく いわつづかな)

意味・・入日の光に美しさが引き立って、見るもまぶしい
    ほどに咲いている岩つつじである。

 注・・あかねさす=日の枕詞。赤い色がさして光輝くこと。
    入日=西に沈もうとする太陽。夕日。

出典・・風葉和歌集・129。


ときはなる 松の緑も 春くれば いまひとしほの
色まさりけり     
                源宗干

(ときわなる まつのみどりも はるくれば いま
 ひとしおの いろまさりけり)
 
意味・・松の緑は一年中、色が変わらないが、その松
    までも春が来たので今日は一段と色がまさっ
    ていることだ。

    「松の緑も」というこで、他の木々には当然
    春色が訪れている事を語っています。

 注・・ときは=常盤、永久に状態の変わらないこと。
    いまひとしほ=さらに一段と。

作者・・源宗干=みなもとむねゆき。939年没。正四位
    右京大夫。

出典・・古今和歌集・24。


咲けばちる 咲かねば恋し 山桜 思ひ絶えせぬ

花のうへかな
                中務 

(さけばちる さかねばこいし やまざくら おもい
 たえせぬ はなのうえかな)

詞書・・子にまかりおくれて侍りけるころ、東山に
    こもりて。

意味・・花が咲けば散ってしまうかと心配し、咲か
    なければまたひたすらに恋しく思われます。

    亡くなった私の子供と同じように、花にも
    物思いが絶えません。

作者・・中務=なかつかさ。本名・生没年未詳。父
     が中務卿であったので「中務」と呼ばれた。
     960年頃の女流歌人。

出典・・拾遺和歌集・36。


桜花 露にぬれたる 顔みれば 泣きて別れし 
人ぞこひしき
               詠み人知らず

(さくらばな つゆにぬれたる かおみれば なきて
 われし ひとこいしき)

意味・・桜の花の露に濡れた顔を見ると、泣いて別れた
    人が偲ばれて、恋しくなってくる。

    露に濡れた桜の花を見て、泣いて別れた女性を
    連想して偲んでいます。

 注・・桜花=擬人化して、恋する女性の面影を見る。
    露にぬれたる顔=泣き顔を連想する。

出典・・拾遣和歌集・302。


童わが 茅花ぬきてし 墓どころ その草丘に 
吾子はねむらむ
                明石海人

(わらわわが つばなぬきてし はかどころ そのくさ
 おかに あがこねむらん)

意味・・私が小さな子供の頃にはこの墓のある丘でよく
    茅花の穂を抜いて遊んでいたものだ。この草の
    生えている丘には、果かなく死んだ我が子が眠
    っているのだ。冥福を祈っている。

    幼い次女の墓参りに行った時の歌です。作者が
    幼い時はこの墓の近くで茅花の穂で遊んでいた
    のだか、その年頃の次女は今はもう墓に眠って
    いる。まだまだ長生きして欲しかった・・。

 注・・茅花(つばな)=茅萱(ちがや)。初夏、白い毛を
     密生した花を咲かせる。若い花穂を「茅花」
     と呼ぶ。ススキに似ている。

作者・・明石海人=1901~1939。ハンセン病を患い岡
    山県の愛生園で療養生活を送る。手指の欠損、
    失明、喉に吸気管を付けた状態で歌集「白描」
    を出版。

出典・・歌集「白描」。


からさきや 春のさざ浪 うちとけて 霞を映す
しがの山陰       
                  藤原良経

(からさきや はるのさざなみ うちとけて かすみを
 うつす しがのやまかげ)

意味・・唐崎では、春になって湖の氷が解けて
    さざ波が立ち、目を転じると、志賀の
    山陰あたりに霞がゆったりと移動して
    いる。

    琵琶湖湖畔の天地の春の風景を詠んで
    います。

 注・・からさき=唐崎、滋賀県大津市。近江
      八景の一つ。
    春のさざ浪うちとけて=氷が解けて春
     のさざ浪がたつ、の意。

作者・・藤原良経=ふじわらのよしつね。115
    9~1206。38歳。従一位・摂政太政大
    臣。新古今集仮名序作者。

出典・・岩波書店「中世和歌集・鎌倉篇」。


あしびきの 山川の瀬の 鳴るなへに 弓月が岳に
雲立ちわたる 
                                       柿本人麻呂

(あしびきの やまがわのせの なるなえに ゆつき
 がだけに くもたちわたる)

意味・・山川の激しい瀬音が高まってくるにつれて、
    弓月が岳にもくもくと雲が湧き上がって来
    る。

    暗雲たれこめた自然の力強い風景と川の激
    しい音量は、作者の逞(たくま)しく強い意
    志力、精神力を暗示しています。

 注・・あしびきの=「山」の枕詞。
    なへに=前後に述べた事態が同時に進行す
     る意。・・とともに、・・につれて。
    弓月が岳=奈良県桜井市巻向山の最高峰。

作者・・柿本人麻呂=生没年未詳。710年頃活躍し
    た宮廷歌人。

出典・・万葉集・1088。

 


時鳥 声待つほどは 片岡の 森の雫に 立ちや濡れまし

                   紫式部

(ほとどぎす こえまつほどは かたおかの もりのしずくに
 たちやぬれまし)

意味・・ほとどぎすの鳴き声を待っている間は、片岡の森の
    朝露の雫に、立っていて濡れよう。 

    早朝、賀茂神社に参詣(さんけい)したおり、一緒に
    いた人が、「ほとどぎすが鳴いて欲しいものだ」と
    いったので詠んだ歌です。

    曙の美しい情景に片岡の梢が美しく見え、ほととき
    ぎすの声を待つ心のときめきを詠んでいます。

 注・・片岡=京都の賀茂にある丘の名。
    立ちや=「や」は疑問の助詞で「や・・まし」で
    ためらう気持を表わしている。

作者・・紫式部=むらさきしきぶ。970頃~1016頃。

出典・・新古今和歌集・191。


行き暮れて 木の下陰を 宿とせば 花やこよひの 
主ならまし 
                 平忠度

(ゆきくれて このしたかげを やどとせば はなや
   こよいの あるじならまし)

意味・・行くうちに日が暮れて、桜の木の下を今夜の宿と
    するならば、花が今夜の主となってこの悔しさを
    慰めてくれるだろう。

    一の谷の戦いで敗れて落ち行く途中、仮屋を探し
    ている時、敵方に討たれた。この時箙(えびら)に
    この歌が結ばれていた。

    敗者の悲しみとして、明治の唱歌「青葉の笛」に
    なっています。
           https://youtu.be/FMwjw6zfbVQ

    一の谷の 戦(いくさ)敗れ
    討たれし平家の 公達(きんだち)あわれ
    暁寒き 須磨の嵐に
    聞こえしはこれか 青葉の笛

    更くる夜半に 門を敲(たた)き
    わが師に託せし
    言の葉あわれ
    今はの際(きわ)まで
    持ちし箙(えびら)に
    残れるは「花や今宵」の歌

 注・・行き暮れて=歩いて行くうちに暮れて。

作者・・平忠度=たいらのただのり。1144~1184。
    正四位薩摩守。一の谷の戦いで戦死。

出典・・平家物語。

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