名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

カテゴリ:日記 > 和歌・短歌・俳句


 松かげの 岩井の水を むすびつつ 夏なき年と
おもひけるかな 
              恵慶法師
                
(まつかげの いわいのみずを むすびつつ なつなき
 としと おもいけるかな)

意味・・松の木かげに湧く岩井の清水を掬い上げすくい
    あげするたびに、あまりの冷たさに今年は夏の
    ない年かなと思う。

 注・・岩井の水=岩石を井筒に囲み湧出する泉の井戸。

作者・・恵慶法師=えぎょうほうし。生没年未詳。992年
    頃活躍した人。中古三十六歌仙の一人。

出典・・拾遺和歌集集・131。

道のべの 清水流るる 柳陰 しばしとてこそ 
立ち止まりつれ             
                                            西行

(みちのべの しみずながるる やなぎかげ しばしとてこそ
 たちどまりつれ)

意味・・清水が流れている道のほとりに大きな柳の樹陰。
    ほんの少し休もうと立ち止まったのに、涼しさに
    つい長居をしてしまった。

    この柳のことを知って、芭蕉は次の句を詠んで
    います。

      田一枚 植えて立ち去る 柳かな     芭蕉

    この柳のところで西行の昔をしのびながら休んで
    いると、いつのまにか前の田では早乙女がもう田
    を一枚植えてしまった。自分も意外に時を過ごし
    たのに驚いて、この柳の陰を立ち去ったことだ。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。俗名佐藤義清。
    下北面の武士として鳥羽院に仕える。1140年23歳
    で財力がありながら出家。出家後京の東山・嵯峨
    のあたりを転々とする。陸奥の旅行も行い30歳頃
    高野山に庵を結び 仏者として修行する。

出典・・新古今和歌集・262。

 


瓜植えし 狛野のはらの 御園生の 繁くなりゆく
夏にもあるかな
                 曽禰好忠 

(うりうえし こまののはらの みそのうの しげく
 なりゆく なつにもあるかな)

意味・・瓜を植えた狛野の原の菜園が、みるみる緑の
    繁みになってゆく。いま夏の、まさしく草木
    が勢いよく成長する時季にさしかかっている
    ことだ。

 注・・狛野=京都府相楽群山城町。瓜が名産。
    御園生=果樹園・菜園。朝廷に供給する果物
     や野菜を栽培した。

作者・・曽禰好忠=そねのよしただ。923~1003。
    丹後掾(たんごのじょう・下級武士の位)

出典・・歌集好忠集。
 


 日下江の 入江の蓮 花蓮 身の盛り人
羨しきろかも
             赤猪子

(くさかえの いりえのはちす はなはちす みの
 さかりびと ともしきろかも)

意味・・日下江の入江に今を盛りと咲き誇っている蓮の花
    のような、、今、春の真っ盛りにいる若い乙女は
    羨ましいことですね。

    この歌の由来は下記の古事記の一節を参照して下
    ださい。

 注・・日下江(くさかえ)=大阪・河内国にあった潟湖。
    羨(とも)しきろ=羨(うらや)ましい。

作者・・赤猪子=あかいこ。古事記の物語の登場人物。
    雄略天皇から結婚をしようと言われ、長年待つが
    そのうちに老女となる。

出典・・古事記

古事記の一節、参考です。

ある時、天皇は野遊びに出られ、三輪山のふもと、美和川
のほとりで洗濯をしている少女に会われました。素晴らし
い美少女でした。天皇は聞かれました。名はなんというか。
「赤猪子(あかいこ)と申します」。恥ずかしそうに少女は
答えました。「そちは結婚するな。今に宮中に召すから」。
天皇のその言葉を信じて赤猪子は待ちました。五年、十年、
二十年・・八十年も待ちました。
赤猪子は思いました。私は天皇のお召しを信じて随分長い
間待った。今は身体も痩せ縮まって、顔も見るかげもない。
でも、私が今日まで待った事を、あの方に知ってもらわな
ければ心が晴れない。赤猪子は決心し、沢山のお土産を持
って、御殿に向かいました。
天皇は、自分が若い日に口にこぼした言葉など、きれいに
忘れておられました。「お前はどこのばあさんだ。何の用
でやって来た」。
薄情なその言葉に、赤猪子は全てを語ります。青春の日の
めぐり逢い。夢のようなお言葉。信じて待った、長い長い
年月を。
ひどく驚かれ、天皇はわびられました。
「私はすっかり忘れてしまっていたよ。それなのに、そち
は、私の言葉を信じきって、いちばん美しい盛りをむだに
過ごしてしまった。なんと可哀そうなことをしたのだろう」
赤猪子は泣きました。涙は、赤い摺り染めの袖を濡らしま
た。
その涙はなんだったのでしょうか。自分の青春への哀惜で
しょうか。天皇の一言でつぐなわれた心の喜びの涙でしょ
うか。初恋に殉じ、恋に一生を賭けた自分の心の誇りだっ
たのでしょうか。
おそらく、その、どの気持ちも入り混じった複雑なものだ
ったのでしょう。そし、赤猪子は泣きながら歌います。

日下江の 入江の蓮 花蓮 身の盛り人 羨(とも)しきろかも

日下江の入江には、蓮が生えていて、美しい花を咲かせる
そうです。その蓮の花のように、盛りの年齢にある人が、
うらやましくてなりませんわ。

およぎゆかん 入江の向こうの 岸遠し はだかとなれる 
小学生徒
                   木下利玄

(およぎゆかん いりえのむこうの きしとおし はだかと
 なれる しょがくせいと)

意味・・入江で泳ごうとして裸になろうとしている小学生
    がいる。向こう岸までは遠いのだが、そこまで泳
    ぐらしい。

    向こう岸まで泳いで渡って見せる、と大きな目標
    に向かって気合が入った小学生の姿です。

作者・・木下利玄=きのしたりげん。1886~1925。東大
    国文科卒。 

 

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