名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

カテゴリ:日記 > 和歌・短歌・俳句


大井川 月と花との おぼろ夜に ひとり霞まぬ
波の音かな        
                小沢藘庵

(おおいがわ つきとはなとの おぼろよに ひとり
 かすまぬ なみのおとかな)

意味・・月と花とが霞むこの朧夜の大堰川、川の波の
    それひとつだけが、霞まない音が聞える。

    月は霞みの中に浮かび、四辺を春の夕暮れに
    包まれた大堰川、視界は一面ぼんやりと霞ん
    で、静寂を破る川水の澄んだ音色だけが聞え
    る情景です。

 注・・大井川=京都市右京区嵯峨嵐山の麓を流れる
     川。現在は大堰川と書く。

作者・・小沢藘庵=おざわろあん。1723~1801。
    京都留守居役。菅茶山(かんちゃざん)、や頼
    山陽らと親交。

見渡せば 柳桜を こきまぜて 都ぞ春の 
錦なりける 
               素性法師

(みわたせば さくらやなぎを こきまぜて みやこぞ
 はるの にしきなりける)

意味・・はるかに京を見渡すと、新緑の柳は紅の桜
    をとり混ぜて、都は春の錦に見えることだ。

    眺望のきく高みから臨んで、都全体を緑と
    紅の織り込まれた錦と見たものです。
    「春の」とあるのは、ふつう、錦と見立て
    られるのが秋の山の紅葉であるためです。

作者・・素性法師=そせいほうし。生没年未詳。860
    年頃左近将監。後に出家。三十六歌仙の一人。

出典・・古今和歌集・56。


春の苑 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つ少女

                   大伴家持

(はるのその くれないにおう もものはな したてる
 みちに いでたつおとめ)

意味・・春の庭園に紅色に映えて咲く桃の花、そして
    その下の照り輝く道に出て立っている娘さん
    よ、ともに美しいなあ。

 注・・苑=庭園。
    下照る=桃の花の色で木下が照りはえている。

作者・・大伴家持=大伴家持。718~785。大伴旅人
    の長男。越中(富山)守。万葉集の編纂を行
    う。
出典・・万葉集・4139。

たのしみは 庭にうえたる 春秋の 花のさかりに
あへる時時        
                 橘曙覧

(たのしみは にわにうえたる はるあきの はなの
 さかりに あえるときどき)

意味・・私の楽しみは、我が家の庭に植えた花々の
    満開を、今年も、春、秋の季節季節に眺め
    ることの出来る喜びだ。

    年々歳々短くなっていく人生に、花の盛り
    を今年も再び見られる感慨は深いものだ。

    楽しみがあると心が浮き浮きして、何事も
    良い方に向かい気持ちも晴れやかになる。
    楽しみがあるという事は良い事だ。花が咲
    く事に楽しみを見出す、小さな事にでもさ
    さやかな事にでも楽しみを見出す。こんな
    事が出来たらなら幸せだ、と詠んでいます。

作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~1866。
    福井の紙商の家業の生まれ。福井藩の重臣
    と交流。

出典・・岩波文庫「橘曙覧全歌集」。


夜な夜なを 夢に入りくる 花苑の 花さはにありて
ことごとく白し             
                  明石海人
 
(よなよなを ゆめにいりくる はなぞのの はなさわに
 ありて ことごとくしろし)

意味・・花園の夢を毎夜見るこの頃だか、その花園には
    色々の花が沢山咲いている。でもその花には色
    は無くことごとく白一色だ。

    癩病を患っている作者は失明が近づいている。
    その時期に詠んだ歌です。

 注・・さはに=多はに。たくさん。

作者・・明石海人=あかしかいじん。1901~1939。
    沼津商業卒。会社勤めの後、癩病になり長島
    愛生園に入り、生涯ここで過ごす。失明した
    後咽喉を切開し喉で呼吸をする。その後歌集
    「白描」を出版。

出典・・荒波力著「よみがえる万葉歌人・明石海人」。


あかねさす 入日の影に 色映えて 見るも輝く 
岩つつじかな
                 詠み人知らず

(あかねさす いりひのかげに いろはえて みるも
   かがやく いわつづかな)

意味・・入日の光に美しさが引き立って、見るもまぶしい
    ほどに咲いている岩つつじである。

 注・・あかねさす=日の枕詞。赤い色がさして光輝くこと。
    入日=西に沈もうとする太陽。夕日。

出典・・風葉和歌集・129。


ときはなる 松の緑も 春くれば いまひとしほの
色まさりけり     
                源宗干

(ときわなる まつのみどりも はるくれば いま
 ひとしおの いろまさりけり)
 
意味・・松の緑は一年中、色が変わらないが、その松
    までも春が来たので今日は一段と色がまさっ
    ていることだ。

    「松の緑も」というこで、他の木々には当然
    春色が訪れている事を語っています。

 注・・ときは=常盤、永久に状態の変わらないこと。
    いまひとしほ=さらに一段と。

作者・・源宗干=みなもとむねゆき。939年没。正四位
    右京大夫。

出典・・古今和歌集・24。


咲けばちる 咲かねば恋し 山桜 思ひ絶えせぬ

花のうへかな
                中務 

(さけばちる さかねばこいし やまざくら おもい
 たえせぬ はなのうえかな)

詞書・・子にまかりおくれて侍りけるころ、東山に
    こもりて。

意味・・花が咲けば散ってしまうかと心配し、咲か
    なければまたひたすらに恋しく思われます。

    亡くなった私の子供と同じように、花にも
    物思いが絶えません。

作者・・中務=なかつかさ。本名・生没年未詳。父
     が中務卿であったので「中務」と呼ばれた。
     960年頃の女流歌人。

出典・・拾遺和歌集・36。


桜花 露にぬれたる 顔みれば 泣きて別れし 
人ぞこひしき
               詠み人知らず

(さくらばな つゆにぬれたる かおみれば なきて
 われし ひとこいしき)

意味・・桜の花の露に濡れた顔を見ると、泣いて別れた
    人が偲ばれて、恋しくなってくる。

    露に濡れた桜の花を見て、泣いて別れた女性を
    連想して偲んでいます。

 注・・桜花=擬人化して、恋する女性の面影を見る。
    露にぬれたる顔=泣き顔を連想する。

出典・・拾遣和歌集・302。


童わが 茅花ぬきてし 墓どころ その草丘に 
吾子はねむらむ
                明石海人

(わらわわが つばなぬきてし はかどころ そのくさ
 おかに あがこねむらん)

意味・・私が小さな子供の頃にはこの墓のある丘でよく
    茅花の穂を抜いて遊んでいたものだ。この草の
    生えている丘には、果かなく死んだ我が子が眠
    っているのだ。冥福を祈っている。

    幼い次女の墓参りに行った時の歌です。作者が
    幼い時はこの墓の近くで茅花の穂で遊んでいた
    のだか、その年頃の次女は今はもう墓に眠って
    いる。まだまだ長生きして欲しかった・・。

 注・・茅花(つばな)=茅萱(ちがや)。初夏、白い毛を
     密生した花を咲かせる。若い花穂を「茅花」
     と呼ぶ。ススキに似ている。

作者・・明石海人=1901~1939。ハンセン病を患い岡
    山県の愛生園で療養生活を送る。手指の欠損、
    失明、喉に吸気管を付けた状態で歌集「白描」
    を出版。

出典・・歌集「白描」。

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