名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

カテゴリ:日記 > 和歌・短歌・俳句

玉の緒よ 絶えねば絶えね ながらへば 忍ぶることの
弱りもぞする              
                   式子内親王

(たまのおよ たえねばたえね ながらえば しのぶる
 ことの よわりもぞする)

意味・・私の命よ、絶えるならいっそ絶えてしまえ。
    もし、生き長らえたら、心に秘めた耐え忍ぶ
    力が弱まって、恋が外にあらわれてしまうと
    いけないから。 

    恋している相手にも、世間にも知られまいと
    する恋を詠み、心に秘めた恋の苦しさに耐え
    きれなくなった瞬間を歌ったものです。

 注・・玉の緒=命のこと。

作者・・式子内親王=しょくしないしんのう。生没年
    未詳。後白河天皇の第三皇女。賀茂神社の斎
    院を勤め後に出家する。

出典・・新古今和歌集・1034、百人一首・89。

ころころと 小石流るる 谷川の かじかなくなり 
落合の滝
                建礼門院

(ころころと こいしながるる たにがわの かじかなくなり
 おちあいのたき)

意味・・ころころと小石が転げるようなせせらぎが聞こえる
    谷川は落合の滝となって流れている。この滝では河
    鹿が美しい声で鳴いていて清々しさが誘われる。

 注・・かじか=河鹿。蛙の一種。谷川に棲み美しい声で鳴
     く。
    落合の滝=京都市左京区大原の草生川にあり、寂光
     院につながる道路にある小さな滝。

作者・・建礼門院=けんれいもんいん。1155~1213。高倉
    天皇の中宮。父は平清盛。1185年平家が壇ノ浦の
    合戦で敗れると、入水したが助けられ、その後大原
    の寂光院で尼となる。

 


 はなよしれ あきもあかずも まだしらぬ 六十年の春の
末とほき身を
                    冷泉為村
              
(はなよしれ あきもあかずも まだしらぬ むそじの
 はるの すえとおきみを)

意味・・花よ知っておくれ。花に充ち足りたか、充ち足りて
    いないかも未だ分らないで六十年もの春を繰り返し
    て来て、これからの行く末も知らないこの私を。

    自分は充ち足りたかどうかさえも分らぬまま六十年
    を過ごしたとして、花の美(欲望)の前には全く無力
    な人間である事を詠んでいます。

    次の歌は三条西実隆(さねたか)の参考歌です。
   「今はとて思ひすてばや春の花 六十年あまりは
    咲きちるも見つ」

    (六十余年も花の咲き散るのを見てきて、このあ
    たりで花への執着を振り捨てよう)

    この歌はかえって花(欲望)に執着の強さを表現し
    ています。

 注・・あきもあかずもまだしらぬ=花に充ち足りたか、
     充ち足りていないのか、どういうことなのか
     も未だ分らない。

作者・・冷泉為村=れいぜいためむら。1712~1774。
    正二位権大納言。

出典・・樵夫問答・しょうふもんどう(小学館「近世和
    歌集」)


*************** 名歌鑑賞 ****************

友ほしく 何おもひけむ 歌といひ 書という友
ある我にして
                 橘曙覧

(ともほしく なにおもいけん うたといい ふみ
 というとも あるわれにして)

意味・・寂しくなり、どうして友達が欲しいと思った
    のだろう。私には、歌詠みとか本という友達
    がありながら。

    悩みを聞いてくれる友、喜びを分かち合える
    友、それは本であり歌を詠むことである。

 注・・何おもひけん=どうして思ったのだろう。
    にして=・・でありながら。

作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~1868。越前
    国福井(今の福井市)の紙商の長男。家業を異母
    弟に譲って隠棲。歌集「志濃夫廼舎」。

出典・・岩波文庫「橘曙覧全歌集」。



**************** 名歌鑑賞 ***************

はるばると 薬をもちて 来しわれを 見守りたまへり
われは子なれば      
                  斉藤茂吉
(はるばると くすりをもちて こしわれを みまもり
 たまえり われはこなれば)

意味・・はるばると薬をもって駆けつけて来た私を、
    病床の母はただじっと眺めるばかりであった。
    その子であるこの私を。

    「死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ
    天に聞ゆる」などの連作の一首。その事により
    この歌の主語は母となります。医師である茂吉
    は言語障害の危篤の母の見舞いに駆けつけた
    歌です。

    病人の母は、「大丈夫?」と言って薬を持って
    来てくれたのも嬉しいことでしょうが、子供の
    元気な姿を見るのが嬉しく、安心してじっと我
    が子を見守っています。

 注・・薬をもちて=当時茂吉は32歳で東大医科の助手
     であり、付属病院の医師であった。そういう
     事情が含まれている。
    見守り=単に見るの意でなく、じっと見つめる
     事。
    われは子なれば=「見守りたまへり」に続く倒
     置句法。

作者・・斉藤茂吉=さいとうもきち。1882~1953。
    東大医科を卒業。「アララギ」を編集。
出典・・学灯社「現代短歌評釈」。


*************** 名歌鑑賞 ****************


惜しまるる 涙に影は とまらなむ 心も知らず
あきは行くとも
                 和泉式部

(おしまるる なみだにかげは とまらなん こころも
 しらず あきはゆくとも)

意味・・別れを惜しむ涙の中に、あなたの面影は留まり
    ましょう。人の心も知らず、秋は過ぎてゆくと
    も(あなたの心は私に「飽き」てゆくとしても)。

    ある男と日頃親しくしていた女が、遠い地方に
    行くことになった。ついては相手の心にひびく
    あわれ深い別れの歌を代作して欲しいと言われ
    て詠んだ歌です。

 注・・影=面影。
    とまらなむ=留まらなむ。留まるでしょう。
     「なむ」は強い意志を表す。
    あき=「秋」と「飽き」を掛ける。

作者・・和泉式部=いずみしきぶ。年没年未詳、977
    年頃の生まれ。朱雀天皇皇女昌子内親王に仕
    える。

出典・・和泉式部日記。
 


***************** 名歌鑑賞 ****************


別れむと する悲しみに つながれて あへばかはゆし
すてもかねたる
                  前田夕暮

(わかれんと するかなしみに つながれて あえば
 かわゆし すてもかねたる)

意味・・今では冷めた間柄でも、やはりいざ別れると
    なると、寂しさが胸をよぎる。きっぱりゼロ
    の関係になる前に、少し会ってもいいかなと
    いう気になる。それは、未練というほどはっ
    きりしたものではなく、単に「別れ」という
    イベントによる感情のさざ波だ。そして会っ
    てみると、意外とかわいいところが見えてき
    て、なんだか捨てるには惜しいような気がし
    てくる。

    今起きている感情は、すべて「別れ」を前提
    にしたものだからこそ、どうせ別れる相手と
    思えば、多少の欠点は今更気にならない。半
    分思い出になりつつあるから、楽しかった事
    や相手のいいところが、クローズアップされ
    てくる。あれ、本当に別れてしまっていいの
    かな、という迷いまで湧いてくる。しかし、
    じやあ、やり直そうというほどのファイトは
    もちろんない。

作者・・前田夕暮=まえだゆうぐれ。1883~1951。尾
    上柴舟に師事。

出典・・歌集「収穫」(俵万智著「あなたと読む恋の歌
    百首」)


**************** 名歌鑑賞 ****************


夕顔の 棚つくらんと 思へども 秋まちがてぬ
我がいのちかも
                正岡子規

(ゆうがおの たなつくらんと おもえども あきまち
 がてぬ わがいのちかも)

意味・・夕顔の棚を作ろうと思うけれども、その夕顔の
    実がなる秋を待つことも難しい自分の命である。

    病状の悪化により命もいよいよ先が無いと感じ
    ている子規です。ても、生きている限りを
燃え
    尽くしています。夕顔の棚を作り、短歌を通じ
    て。

 注・・夕顔=うり科ひょうたん属。夏の夕方白い花を
     咲かす別名干瓢。
    がてぬ=出来ない。耐えられない。

作者・・正岡子規=まさおかしき。1867~1902。35才。
    東大国文科中退。結核で喀血し脊髄を侵され寝
    たきりの状態になる。

出典・・学灯社「現代短歌精講」。


**************** 名歌鑑賞 ***************


昔だに 昔と思ひし たらちねの なほ恋しきぞ
はかなかりける
                藤原俊成

(むかしだに むかしとおもいし たらちねの なお
 こいしきは はかなかりける)

意味・・昔でさえも、母と死別したのは、はるか昔の
    ことと思っていた。その母のことが年老いた
    今もやはり恋しく思うことである。

    死別した母を恋しく思う気持ちは、折にふれ
    て誰もが味わうことである。長い生涯の心の
    支えともなっていた母は年老いた今も忘れら
    れない。

    俊成は、10才の時に父に、26才の時に母に死
    別。77才の時に詠んだ歌です。

 注・・たらちね=母。
    はかなかかり=心細い、無常だ、むなしい、
     おおげさではない。

作者・・藤原俊成=ふじわらのとしなり。1114~1204。
    正三位皇太后大夫。千載和歌集を撰進。

出典・・新古今和歌集・1815。


**************** 名歌鑑賞 ****************


隅田川 堤に立ちて 船待てば 水上遠く 
鳴くほととぎす
               橘千蔭

(すみだがわ つつみにたちて ふねまてば みなかみ
 とおく なくほととぎす)

意味・・隅田川の土手に立って渡し舟の来るのを待って
    いたら、上流の遠くの方でほととぎすが鳴いて
    いる。

    舟を待つ手待ち時間に鳥の鳴き声を聞きながら
    ゆったりしている情景です。

作者・・橘千蔭=たちばなちかげ。1735~1808。江戸
      町奉行の与力。賀茂真淵に和歌を学ぶ。

出典・・家集「うけらが花」(東京堂出版「和歌鑑賞事典
    」)


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