名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

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************** 名歌鑑賞 ***************


亡き人を なくて恋ひんと ありながら 相見ざると
いづれまされり

思へども よそなるなかと かつ見つつ 思はぬ中と
いづれまされり
                   和泉式部 

詞書・・人に定めさせまほしき事。

意味・・もうこの世では逢えない人を恋い慕うのと、
    生きていながら遠ざかっている人を思い続け
    るのと、辛さは一体どちらがまさっているだ
    ろうか。

意味・・慕っていても振り向かれぬ間柄と、一緒に暮
    らしていても心離れのしている間柄とどちら
    がいいだろうか。

    以上の事を人に決めてもらいたいものだ。

 注・・ありながら=生きていながら。

作者・・和泉式部=いずみしきぶ。生没年未詳。980
            年頃の生まれで70歳くらいまで生きたという。

出典・・和泉式部集。


*************** 名歌鑑賞 ***************


夢路には 足もやすめず 通へども 現に一目
見しごとはあらず
                 小野小町

(ゆめじには あしもやすめず かよえども うつつに
 ひとめ みしごとにはあらず)

意味・・夢の中ではせっせっと通って逢っているが、
    しかし、かって現実に一目お逢いした時の
    胸のときめき、あの幸せとは比べ物になら
    ない。
    
作者・・小野小町=おののこまち。伝未詳。六歌仙
    の一人。

出典・・古今和歌集・658。



道のべの 柳ひと枝 もちづきの 手向けにせんと 
折ってきさらぎ        
                腹唐秋人

(みちのべの やなぎひとえだ もちづきの たむけにせんと
 おってきさらぎ)

意味・・西行にゆかりのある道のべの柳の一枝を、二月
    十五日の忌日に手向けにしょうと思って、こう
    して手折って来たことだ。

    題は「西行忌」です。
    西行の有名な歌を二首織り込んで詠んだ歌です。
   「道のべに清水流るる柳かげしばしとてこそ立ち
    どまりつれ」   (意味は下記参照)
   「願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの
    望月のころ」   (意味は下記参照)

 注・・西行忌=陰暦の二月十五日。
    手向け=神仏に供え物をすること。
    きさらぎ=如月、二月。「来」を掛ける。

作者・・腹唐秋人=はらからあきうど。1758~1821。
    商家の番頭。

出典・・小学館「日本古典文学・狂歌」。

参考歌です。

道のべの 清水流るる 柳陰 しばしとてこそ 
立ち止まりつれ             
              西行

意味・・清水が流れている道のほとりに大きな柳の樹陰。
    ほんの少し休もうと立ち止まったのに、涼しさに
    つい長居をしてしまった。 

願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 
望月のころ
                西行

意味・・願いがかなうなら、桜の下で春のさなかに死にたい。
    釈迦が入滅した、その二月十五日の満月のころに。

    月と花を愛し、その美の世界の中で宗教家として生涯
    を閉じたいと願った西行は、実際に1190年2月16
    日に世を去った。

注・・その=釈迦の入滅(聖者の死ぬこと)の日をさす。


*************** 名歌鑑賞 ****************


悔しかも かく知らませば あをによし 国内ことごと 
見せましものを
                    山上憶良

(くやしかも かくしらませば あおによし くぬち
 ことごと みせましものを)

意味・・ああ残念だ。ここ筑紫で死ぬとあらかじめ
    知っていたなら、故郷奈良の山や野をくま
    なく見せておくのだったのに。

    赴任先の筑紫で妻を亡くして偲んで詠んだ
    歌です。

 注・・あをによし=奈良、国内に掛かる枕詞。
    国内(くぬち)=「くにうち」の約。故郷。

作者・・山上憶良=660~733。遣唐使として3年
    滞在。筑前(福岡県)守。大伴旅人と交流。

出典・・万葉集・797。


*************** 名歌鑑賞 ****************


この三朝 あさなあさなを よそほひし 睡蓮の花 
今朝はひらかず          
                   土屋文明

(このみあさ あさなあさなを よそおいし すいれん
 のはな けさはひらかず)

意味・・この三日ほどの朝ごとに、美しい可憐な花を装
    (よそ)うように咲かせていた睡蓮が、今朝はも
    う開こうとしない。
    つかの間の花の命の短いことだ。

    花は三日の命でも、力一杯花を咲かせそして満
    足して散って行ったのだろう。
    束の間の命であっても、誰にも負けずに力一杯
    花を咲かせた。力を出し切る事は美しい事だ。
   
 注・・三朝=三日ほどの朝。
    あさなあさな=朝ごと、毎朝。
    よそほひ=飾り整える、化粧する。睡蓮の花を
     擬人化している。
    睡蓮=蓮の花に似ている。蓮は水面より上に花
     が咲くが、睡蓮は水面に花咲かす。また蓮の
     葉には丸く切り込みがないが、睡蓮は切り込
     がはいっている。ともに三日咲いて花は散る。

作者・・ 土屋文明=つちやぶんめい。1890~1990。東
     大哲学科卒。明治大学教授。

出典・・笠間書院「和歌の解釈と鑑賞辞典」。


*************** 名歌鑑賞 ****************


塩之入の 坂は名のみに なりにけり 行く人しぬべ
よろづ世までに         
                  良寛

(しおのりの さかはなのみに なりにけり ゆくひと
 しぬべ よろづよまで)

意味・・塩之入峠が険しいというのは、うわさだけに
    なったものだ。その坂道を行く人は、通りや
    すいように作り直してくれた方のことを、い
    つまでも有難く思い顧みなさい。

      塩乃入の坂は、まことに恐ろしい坂で、上を
    見ると目もとどかず、下を見ると肝が縮こま
    るような坂なので、千里を行く馬も進みかね
    たという坂道。このような危しい道を歩きや
    すい道に作り変えた先任者に感謝の気持ちを
    詠んでいます。

 注・・塩之入(しおのり)の坂=新潟県与板町と和島
     村の境にある峠。「親知らず子知らず」の
     絶壁を思わせる険しい坂道であった。
    しぬべ=偲べ。「しのべ」と同じ。思いしたう。

作者・・良寛=1758~1831。

出典・・谷川敏郎著「良寛全歌集・1066」。 


************** 名歌鑑賞 **************

いにしへの 古き堤は 年深み 池の渚に
水草生ひにけり    
               山部赤人

(いにしえの ふるきつつみは としふかみ いけの
 なぎさに みくさおいにけり)

詞書・・故太政大臣藤原家の築山のある池を
    詠んだ歌。

意味・・ずっと昔から見慣れた池の堤ではあるが、
    主もなく年月を経て、渚にはびっしり水
    草が生えてしまったものだ。

    時の経過をまざまざと見せる旧庭の荒廃
    を述べて鎮魂の意を込めて詠んだ歌です。

 注・・年深み=年月を経る。「池」の縁で「深
     み」と詠んだもの。

作者・・山部赤人=やまべのあかひと。生没年未詳。
    奈良時代の初期の宮廷歌人。

出典・・万葉集・378。


*************** 名歌鑑賞 ****************


思ひきや わがしきしまの 道ならで うきよのことを
とはるべしとは     
                   藤原為明

(おもいきや わがしきしまの みちならで うきよの
 ことを とわるべしとは)

意味・・思ったであろうか、いや思いもかけなかった
    ことだ。自分が家の職としている和歌の道の
    ことではなく、こんな世俗的なことで尋問さ
    れようとは。

    1331年後醍醐天皇の鎌倉幕府討伐の議に参加
    した嫌疑で拘引された時に詠んだ歌です。
    この歌を見て北条則貞は「感歎肝に銘じけれ
    ば、涙を流して理に伏し」、ために「咎なき
    人」になったという。

 注・・しきしまの道=敷島の道。和歌の道。歌道。
    うきよ=俗世間。

作者・・藤原為明=ふじわらのためあき。1295~1364。
    正二位権中納言。後醍醐天皇の北条氏討伐の議
    に参加した嫌疑で拘引された。

出典・・太平記。


*************** 名歌鑑賞 ****************


思ひ出でて 人に語るは まれなれど よなよな常に
見ゆる夢かな
                   藤原為相
            
(おもいいでて ひとにかたるは まれなれど よなよな
 つねに みゆるゆめかな)

意味・・思い出して人に語ることはめったにないが、毎夜
    毎夜いつも見る夢である。

    昔、辛い経験したことをあえて他人に話すことは
    しないが、自分一人は夢の中でそれを繰り返し見
    ているのだ、という心情です。

作者・・藤原為相=ふじわらのためすけ。1263~1328。
    鎌倉幕府の北条貞時と親交。正二位権中納言。

出典・・為相百首(小学館「中世和歌集」)


*************** 名歌鑑賞 ****************


人もさぞ 我をおろかに 思ふらむ 我も人をば 
おろかにぞ見る
                 二条良基
             
(ひともさぞ われをおろかに おもうらん われも
 ひとをば おろかにぞみる)

意味・・世の人もさぞや私を愚か者だと思っているだろう。
    私もまた世の人を愚か者に見えることだ。

    「一銭の金にもならないようなことをして、愚か
    だなあ」
    「目先の利益しか見ない、もう少し先を見たなら
     なあ、愚かだなあ」
    
作者・・二条良基=にじょうのよしもと。1320~1388。
    北朝の天皇に仕える。太政大臣。

出典・・後普光院殿百首(岩波書店「中世和歌集・室町篇」)

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