名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

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*************** 名歌鑑賞 *****************
 

むかしみし 垂井の水は かはらねど うつれる影ぞ
年をへにける
                         藤原隆経

(むかしみし たるいのみずは かわらねど うつれる
 かげぞ としをへにける)

意味・・昔見た垂井の泉の水は昔と変わらないけれど、
    その水に映っている人の姿は、あれから長い
    年が過ぎたのだとわかることだ。

    変らない自然と我が身の老いへの感慨を詠ん
    でいます。

 注・・垂井=美濃国不破郡の地名。

作者・・藤原隆経=ふじわらのたかつね。生没年未詳。
    1071年頃活躍した人。美濃守・従四位下。

出典・・詞花和歌集・390。


*************** 名歌鑑賞 **************


いかばかり 神もうれしと み笠山 ふた葉の松の 
千代のけしきを
                             周防内侍

 
(いかばかり かみもうれしと みかさやま ふたばの
 まつの ちよのけしきを)

意味・・どんなにか春日の社の神もうれしくご覧になっ
    ているだろうか。三笠山の双葉の松のように千
    代を約束されている若々しい中将の姿を。

    藤原忠通・中将が摂政左大臣になった時にお祝
    いとして詠んだ歌です。

 注・・み笠山=三笠山。奈良市春日野の春日神社背後
     の山を指す。藤原氏や春日神社を暗示してい
     る。
    ふた葉の松=二葉は芽を出した最初の葉。長寿
     の松に、当時12歳の忠通をたとえる。

作者・・周防内侍=すおうのないし。生没年未詳。堀河
    帝に仕える。

出典・・金葉和歌集・322。

 
*************** 名歌鑑賞 ***************


故郷に 今夜許の 命とも しらでや人の
我を待らん        
                                                        菊池武時

(ふるさとに こよいばかりの いのちとも しらでや
 ひとの われをまつらん)

意味・・明日は我々の総力をあげて敵と戦わねばならな
    い。おそらく私には今夜一晩の生命しか残され
    ていないだろう。それでも故郷の菊池の郷では
    そんなことはつゆ知らない妻や子が私を待って
    いることだろう。

        元弘の乱の時、後醍醐天皇の命令で北条英時を
    討とうと兵を挙げた時に詠んだ歌です。

    故郷を想って詠んだ浅野内匠頭の歌、参考です。

    風さそふ 花よりも猶 我はまた 春の名残を
    いかにとやせん     (意味は下記参照)

 注・・元弘の乱=1331~1333年、後醍醐天皇を中心
    とした鎌倉幕府の討幕運動。

作者・・菊池武時=きくちたけとき。1292~1333。

出典・・後藤安彦著「短歌でみる日本史群像」。

参考歌です。

風さそふ 花よりも猶 我はまた 春の名残を
いかにとやせん  
                          浅野内匠頭長矩
             
(かぜさそう はなよりもなお われはまた はるの
 
なごりを いかにとやせん)

意味・・風に吹かれて散る花よりも、私はもっとはかな
    い身で、名残り惜しい。わが身の名残りをこの
    世にどうとどめればよいのであろうか。

      桜の花が散っているこの庭から、遠く山の向こ
    うの赤穂を想うと、わが世の春を楽しむ庶民の
    生活があるだろう。私は、この春が終わった後
    はどうなるのかと心残りがする。

    浅野内匠頭が切腹する時に詠んだ辞世の歌です。
    赤穂では家中、家族、領民一同、今日一日が穏
    やかに暮れたように、明日も穏やかで平和の日
    々がある事を信じて、今日の終わりを迎えてい
    るだろう。家族や親しい者たちとの楽しい団欒
    やささやかな幸せ、それを自分の一瞬の激発が
    奪ってしまったのだ。「皆の者、許せ」と内匠
    頭が胸中に詫びた時、桜の花びらが一ひら、あ
    るともなしの風に乗ってここまで運ばれて来た
    のである。死にたくない。

作者・・浅野内匠頭長矩=あさのたくみのかみながのり。
    1667~1701。34歳。赤穂藩の藩主。「忠臣蔵」
    の発端になった人。



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ふるさとの 潮の遠音の わが胸に ひびくをおぼゆ
初夏の雲
                 与謝野晶子

(ふるさとの しおのとおねの わがむねに ひびくを
おぼゆ はつなつのくも)

意味・・初夏の空を流れてゆく雲を見つめていると、
    潮の遠鳴りを聞きながら育った故郷、堺の町
    のことがなつかしく思い出されます。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。
    堺女学校卒。

出典・・歌集「舞姫」(大塚寅彦著「名歌即訳与謝野晶子」)

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放射能 見えないものに 襲われて 寒気感じる
節電の夏
                              安田大祐

(ほうしゃのう みえないものに おそわれて さむけ
 かんじる せつでんのなつ)

意味・・放射能は白血病などになる猛毒、危険なもので
    ある。だが目にも見えないし、匂いもない。い
    つ放射能に接するか分らないと思うと、寒気が
    する。節電で冷房を弱めているこの暑い夏に。

    平成23年3月11日に発生した東日本大地震の時
    に起きた原発事故の恐ろしさを痛感して詠んだ
    歌です。

作者・・安田大祐=やすだだいすけ。2011年当時大阪・
    清水谷高校2年生。

出典・・同志社女子大学編「31音青春のこころ・2012」。

*************** 名歌鑑賞 ***************


夏の夜を 待たれ待たれて 時鳥 ただ一声も
鳴き渡るかな 
                大江嘉言

(なつのよを またれまたれて ほととぎす ただ
 ひとこえも なきわたるかな)

意味・・夏の夜、ほととぎすが来て鳴くのを待ちに
    待っていたが、ただ一声鳴いただけで飛び  
    去って行った。

作者・・大江嘉言=おおえのよしとき。生没年未詳。
    1010年頃死亡。能因法師・相模等と親交。

出典・・大江嘉言集(樋口芳麻呂著「王朝秀歌選」)

*************** 名歌鑑賞 ***************


世をいとふ 名をだにもさは とどめおきて 数ならぬ身の
思ひ出にせむ               
                                                              西行

(よをいとう なをだにもさは とどめおきて かず
 ならぬみの おもいでにせん)

意味・・あの人は世を厭(いと)い浮き世(憂き世)を捨てた
    人だったよと、名前だけでもこの世にとどめおい
    て、ものの数にも入らないこの我が身(名)を人々
    に思い出してもらいたいものだ。

    自分は名を知られたい、後世に語り継がれたいと
    詠んだ歌です。そのために出家を決意して、全く
    自由の身になりたい。1ヶ月でも2ヶ月でも旅を
    したいと思えば出来る自由な身分になりたい、と
    いう気持ちです。武士の身分を捨て、自由に振り
    舞う身になり、和歌の道に邁進して行くことにな
    ります。

    「名を残す」歌、参考です。

    滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてな
    ほ聞こえけれ      (意味は下記参照)

 注・・いとふ=厭ふ。いやだと思う、世を避ける、出家
     する。
    さは=そのように。出離の志を持った人であった
     と。
    思い出=人に思い出してもらおう。自分の思い出
     にしよう。ここでは人の思い出と解釈。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1190。俗名佐藤義清
    (のりきよ)。鳥羽院北面武士。23歳で出家。

出典・・山家集・724。

参考歌です。

滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて
なほ聞こえけれ    
                  藤原公任

(たきのおとは たえてひさしく なりぬれど なこそ
 ながれて なおきこえけれ)

意味・・滝の水の音は聞こえなくなってから長い年月
    がたってしまったけれども、素晴らしい滝で
     あったという名声だけは流れ伝わって、今で
     もやはり聞こえてくることだ。

    詞書によれば京都嵯峨に大勢の人と遊覧した折、
    大覚寺で古い滝を見て詠んだ歌です。
    後世この滝を「名古曾(なこそ)の滝」と
     呼ぶようになった。

 注・・名こそ流れて=「名」は名声、評判のこと。
    「こそ」は強調する言葉。名声は今日まで流れ
     伝わって、の意。
       
作者・・藤原公任=ふじわらのきんとう。966~1041。
    権大納言・正二位。漢詩、和歌、管弦の才を兼
    ねる。和漢朗詠集の編者。

出典・・千載和歌集・1035、百人一首・55。

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夏の夜の 伏すかとすれば 時鳥 鳴く一声に
明くるしののめ         
                紀友則

(なつのよの ふすかとすれば ほととぎす なく
 ひとこえに あくるしののめ)

意味・・夏の夜、横になったかと思うと、ほととぎす
    の鳴く一声でもう白み始める明け方であるよ。

 注・・しののめ=夜明け方。

作者・・紀友則=?~905。「古今集」撰者のひとり。

出典・・古今和歌集・156。

*************** 名歌鑑賞 **************


なべて世の はかなきことを 悲しとは かかる夢みぬ
人やいひけむ
                 建礼門院右京大夫

(なべてよの はかなきことを かなしとは かかる
 ゆめみぬ ひとやいいけん)

意味・・世間の人はよく、この世ははかなくて悲しい
    ものだと簡単に言ってしまうが、それは今度
    の私のように恋しい人を死なせてしまうとい
    う恐ろしい目にあったこともなく、またそん
    な夢を見たこともないからこそ、そんな気楽   
    なことが言えるのではないだろうか。

    恋人の平資盛(すけもり)が源平の戦いで壇の  
    浦で負けて入水したのを伝え聞いて詠んだ歌
    です。つい最近まで元気な姿で会っていたの
    に、この世は本当にはかないものだと悲しさ
    を実感した歌です。

 注・・なべて=並べて。おしなべて、一般に。
    はかなき=無常である、あっけない。

作者・・建礼門院右京大夫=けんれいもんいんうきよ
    うのだいぶ。1157頃~1227頃。高倉天皇の
    中宮平徳子(建礼門院)に仕えた。この間に平
    資盛との恋が始まる。1185年に壇の浦で資盛
    ら平家一門は滅亡した。

出典・・後藤安彦著「短歌で見る日本史群像」。
  

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生きかはり 死にかはりして 打つ田かな

                   村上鬼城

(いきかわり しにかわりして うつたかな)

意味・・鍬(くわ)を振り上げ黙々と田を耕している
    男がいるが、この田は父祖代々、毎年毎年
    耕し続けて来たものであることを思うと、
    胸迫る思いがすることだ。

    田園風景は、日本古来のものであったが、
    最近は機械化が進み、また、米を外国から
    輸入する時代になって、このような風景も
    いつまで続くだろうか。

 注・・生きかはり=生まれ変る意。
    死にかはり=人が死んで代が変ること。
    打つ田=田打ち、田を耕す。

作者・・村上鬼城=むらかみきじよう。1865~19
    38。耳症のため父の職を継ぎ裁判所の代書
    人となる。

出典・・句集「鬼城句集」(石寒太著「命の一句」)



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